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ねえ、人形売りの少女のうわさ、知ってる?  作者: 和田喬助
第一話 『いらない後輩』
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 千歳にとって、誰かに興味を持ってもらう話をするのは苦手だった。

 彼女の趣味は小説を読むことだが、好きな作家や作品はどれもマイナーなものだ。たぶん、教室にいる子に今読んでいる本の話しをしても、首をかしげるのを見るだけだろう。

 クラスには、だいたい四つほどの女子グループがある。千歳も一応、そのうちの一つに所属している。ただ、部活の休憩時間と同様に近くで話しを聞いているだけで、たまに話しかけられた時に一言くらい反応するだけだった。話しかけられないときは、図書室から借りた本を読んでいる。

 また、そのグループで「今度どこかへ遊びに行こう」という話題になっても、誘われれば行くし、そうでなければ別に構わなかった。自分に関係のない話しであれば、聞き流すだけだ。

 画びょう事件の次の日も、一人で登校した。上空に低気圧が停滞しているらしく、早朝から小雨が降っていた。雨が地表を濡らし、すっかり冷やしてしまった。そのせいか、少し肌寒い。

 同じグループの子や部活の先輩に「おはよう」と声をかけられ、千歳もあいさつした。あいさつだけして、彼女を追い越して先に行ってしまう。いつものことだ。

 今日はいつもより少し早く着いてしまった。寒くて足が自然と早くなった。

 教室にはまだ五、六人しかいなかった。本でも読んで時間を過ぎるのを待とう。そう思って、自分の机にカバンを置いた。

「ん?」

 机の中から、何かが落ちた。あれ、筆記用具でも忘れていったのだろうか。かがんで拾おうとすると、

「え?」

 床に落ちていたのは、空になった紙パックのジュースだった。側面がつぶされていて、ストローがまだ刺さっている。校舎内にいくつか設置されている自動販売機で売られている種類だ。

 どうしてこんなものが。昨日の放課後、誰かが飲んでここに入れっ放しにしたのかも。部活の休憩中に飲んで、ゴミ箱へ捨てるのが面倒くさかった可能性もある。

 でも、明らかに不自然だ。仕方なく、その紙パックを拾って黒板の横にあるゴミ箱に捨てた。

 怖い。そう感じながらイスに座った時、足が机にぶつかって、

「キャッ!」

 大量の紙パックが千歳の机の中から出てきた。中身の入っていない乾いた音をたてて、周辺にばらまかれる。千歳は、まるで目の前に毛虫を差しだされたかのように驚いて、イスから転げ落ちた。

「ど、どうしたの? 大丈夫?」

 祥子という同じグループの子が駆け寄ってくる。千歳の手を引っ張って立たせてくれた。

「千歳ちゃん、何これ? 何でこんな所に紙パックが入ってるの?」

 祥子の疑問に、分からないと一言震え声で答える。

「いたずらかなぁ。それにしちゃ、度が過ぎてる気がする」

 そう言いながら、紙パックを集めるのを手伝い始めた。放心状態だった千歳も、慌ててかき集める。

「ゴミ箱持ってくるね」

 祥子が黒板横のゴミ箱を持ってきた。

「見て。中身空っぽ。たぶん、元々ここに入ってた物を、千歳ちゃんの机の中に入れたんじゃないかなぁ」

 本当だ、とつぶやいた。集めた紙パックをゴミ箱に入れる。

「机も床も汚れちゃってるから、布巾を濡らしてくる」

 祥子は教室を出ていった。

 その様子を見届けていた千歳は、突然後ろから手首をつかまれた。

「ちょっと……。あたしに付き合って」

「佐緒里……?」

 強引に引っ張られた千歳は、放り出された紙パックをそのままにして教室から連れていかれた。


 佐緒里が連れ込んだ部屋は、同じ階にある図書室だった。まだ朝早いから、他に誰もいない。小雨の降る音だけが、静寂をかき消している。

 部屋の奥の本棚にまで追い詰め、千歳が背中をピッタリと付けたところで、佐緒里は両手で棚を突いて逃げられないようにした。

「これで分かった?」

 佐緒里は頭一個分低い千歳を見下ろした。

「な、何が……?」

 おびえきった声で答える。

「あなたはバレー部にいらないの。それが分かったのかって聞いてるの」

「まさか……、画びょうを靴に入れたりジュースを机の中に入れたのは佐緒里?」

「当たり前でしょ。他に誰がやるのよ。皆、空気を壊したくないからってやりたがらない。本当に空気を壊しているのは千歳だってこと、どうして気づかないのかしら」

「下手くそなのは謝る。でも、もうちょっとチャンスが欲しい。絶対追いついて見せるから」

「バカなこと言わないで! バレーをなめてんじゃないわよ。並大抵の努力じゃ上手くはならないわ。あんたみたいなチビだとなおさらね」

「や、やってみないと分からない……」

「一年半それをやって、このザマなんでしょ。もう無理なのよ。あなたにはこのスポーツは向いてないの。今日限りで辞めてちょうだい」

 佐緒里の荒い息が千歳の顔にかかる。

「裏切りたくない」

「裏切る? もう先輩やあたしたちを裏切ってるじゃない。こんなに運動音痴だと思わなかったもの」

「違う。いつも応援してくれる先輩たちを裏切りたくない。継続は力なりって教えてくれた。佐緒里だってそう教えてもらったはずだよ」

「……だから?」

「まだ続けたい。部活も辞めない。わたしも一緒に先輩を全国大会に連れていきたい。それが恩返しだと思うから」

 千歳は、それまでうつむいていた顔を上げ、しっかりと佐緒里の瞳を見つめた。

「………………」

 少しの間、佐緒里は黙って見下ろした。そして、

「はっきり言わないと分からないようね」

 突然、千歳の顔が両手につかまれた。痛みに顔をしかめる。

「あたしはあなたのことが嫌いなの。だから遠くに行ってほしいの」

 千歳を自分の体に引き寄せると、左を向いて仰向けに押し倒した。後頭部を鈍い音をたててぶつけ、失神寸前になる。

「二度と人前に出られないようにしてあげる」

 千歳のブレザーのボタンを外して無理やり脱がせた。リボンを取ってシャツも剥ぎ取る。そしてスカートを取った。

 うーん、とうめきながら少しずつ立ち上がろうとする。だが、佐緒里に再び頭を打ち付けられた。

「まだ寝てなさい」

 懐からカメラを出し、下着姿の千歳を真上から三枚撮った。次は真横から二枚撮った。そして、

「最後にもう一つ仕事してね」

 下着も靴下も全部脱がせて生まれた時のままにし、三枚撮った。

「これから言うことをよく聞きなさい。もし退部届を出さなければ、今撮った写真を全部ネットで公開するからね。学校にも貼りだすから。いいわね?」

 ふん、と鼻を鳴らすと、足早に図書室を出ていった。

 頭を二回も打ち付けられ、涙を流す余裕もない千歳は、全裸のまま冷たい床の上に転がっていた。

5へ続きます。次回、いよいよ人形売りの少女が登場します。お楽しみに。

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