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ねえ、人形売りの少女のうわさ、知ってる?  作者: 和田喬助
第五話 『人形の怪異』
24/29

 不思議な客があったのは、お昼頃のことでした。

 剣をたくさん腰に差した侍でした。若々しい人ですが、表情は硬いです。その侍は、庭で遊んでいる杏子をちらっと見ると、すぐに神社の中へと消えていきました。

 その侍が出てきたのは、わりとすぐでした。用事を済ませた侍は、そそくさと神社を後にしました。

 小さい杏子にはよく分かりませんが、何か怖いなと感じました。その侍からは、まるで自分がとって食われそうな雰囲気があるのです。近づいてはならない人だと、感覚的にそう思いました。

 杏子は、自分の陰に隠れたあんこを見ました。隠れたい気持ちは分かります。だって怖いんですもの。

「怖いの?」

 杏子は尋ねました。

「いえ、あんな人間、全然怖くないわ。あんな人間一人、すぐに食ってしまえる。でもね、まだ力が足りない。一人食ってしまえば、数十人も相手しなくてはならなくなる。今は耐える時なの」

 難しいことを言うのでよく分かりませんが、とりあえず怖がってはいないようです。

「家に入ろっか」

 杏子は、安全な家の中で遊ぼうと思いました。そうして、あんこを抱えます。

「ええ、あたしはそろそろ祭壇に戻っていた方が良さそうね。また今度遊びましょ」

 あんこはクスクスと笑いました。

「そうなの? もっと遊びたかったなぁ」

 杏子は、残念そうに口をとがらせます。

 そしてその日は、もう二人が会うことはありませんでした。


 翌日の昼前、杏子はお父さんの留守を確かめると祭壇からあんこを取り出しました。

「あら、行動の早い子ね」

 フフッと微笑みました。

「ねえあんこ、聞きたかったことがあるんだけど」

 杏子は足下をうろつくあんこの手を捕まえました。

「なあに?」

 あんこは見上げて答えます。

「どうしてあんこは動けるの? もしかして、妖怪?」

 彼女の質問に、一瞬だけあんこの表情が硬くなりました。

「あら、誰かあたしのこと妖怪と言っているのかしら」

 あんこの声は、いつものような明るい声ではありません。落ち着いた低い声です。

「ううん、違うの。でもよくお父さんがあたしに色んな妖怪の話しをしてくれるの。だから、あんこも妖怪なのかなって思って」

 杏子は首をかしげます。

「まだ妖怪じゃないわ。付喪神って知ってるかな」

「知らなーい」

「作られてから百年経った物は、命を持つの。それが、あたし。分かった?」

 フフッと笑って答えた。

「分かったー」

「ならいいわ」

 その日、杏子は一日中あんこと一緒に遊んだり草原でお昼寝したりしていました。常に二人は一緒で、とても楽しそうです。

 夕方になっても家に入ってこない杏子を心配になって、お母さんが辺りを探しました。すると、草原で仰向けに寝転んでいる娘を見つけました。胸がへこんだり膨らんだりしているので、ただ寝ているだけと知って、ふうと安心しました。娘は、同じく仰向けで寝ている人形の手をしっかり握っていました。

 夜になっても、お父さんは帰ってきませんでした。


 翌日の夜、そろそろ寝ようと杏子はお布団に入りました。でも、外から物音がするのが聞こえました。何だろうと窓からのぞくと、数え切れないほどの侍が神社を取り囲んでいました。

 何かあったのかなと祭壇のある大きな部屋まで行くと、外へ通じる大きな戸を叩く音が聞こえます。

「早く出てこい」

「出てこないと火を放つぞ」

 お客さんなら戸を開けないといけないですが、さっき窓から様子をうかがった時、前に一人で来た侍と同じような怖さを感じました。だから、思いました。今は絶対戸を開けてはならないと。

「杏子!」

 閉じられている祭壇から声がしました。走っていくと、祭壇の戸を叩く音がします。

「杏子、あたしをここから出して。早く!」

 叫ぶようなあんこの声に、杏子は素早く戸を開けてあんこを取り出しました。

「大変なことになったわ」

 あんこは腕の中から飛び出ると、床に着地しました。

「ここからも見えるでしょ? あいつらは、あたしを捕まえにきたの。だから、あたしと一緒に逃げるの。分かった?」

「どうしてあんこを捕まえるの?」

 杏子は首をかしげます。

「前に来た侍の正体が分かったわ。奴は、領主の使いの者だったみたい。陰陽師が話しをしていたの。あたしを利用して金儲けしようとしている」

「あんこを売るの?」

「違う。お殿様があたしを使って信仰を集め、お金を得ると同時に領民の支持を取り戻す算段みたい。今のお殿様、あまり人気じゃないみたいだし」

 何を言っているかさっぱりですが、とりあえず今そこまで迫っている侍に背を向けて逃げなくてはならないことは分かりました。

 あんこは杏子の着物を引っ張ると、

「早く、火なんて放たれたら、あたしは燃えてしまうわ。逃げないと」

 その瞬間、大きな戸が破られました。火で燃やされています。

「神社の者がいたぞ、捕まえろ!」

 突然、大勢の侍がこちらに走ってきました。

 反射的に、杏子はあんこを抱いて逃げました。裏手から外へ出ます。

 後ろから陰陽師の声がしました。おそらく、騒ぎを聞きつけて来てくれたようです。

「陰陽師……。妖怪ならともかく、人間相手に勝てるわけが……」

 あんこは心配そうにつぶやきました。


 しばらく走りましたが、追っ手はまだ迫っているようです。煙の臭いがしてきました。どうやら、林を焼き払って人形を持っている者を探しているようです。

 杏子が人形を持っているのを侍に見られています。おそらく、捕まるのは時間の問題でしょう。大人の男から逃げられるとは、とうてい思えません。月明かりで足下がしっかり見えるのはいいですが、同時にそれはすぐ見つかりやすいことを意味していました。

 杏子が立ち止まりました。ハアハアと荒く息を吐いています。体力的にも辛くなってきました。誰かに追われているということが、彼女をさらに追い込みます。あんなに綺麗だった着物も、今は泥だらけでボロボロです。

 すると、後ろに気配を感じました。数人の侍がこっちに向かっているのが見えました。向こうもこちらに気がついたようです。

「待て!」

 走ってきました。杏子もせいいっぱい走りましたが、あっという間に追いつかれてしまいました。

「捕まえたぞ!」

「これか、例の人形は?」

 あんこは、お札がたくさん張られた風呂敷に包まれました。あんこはそこから出ようと妖気を飛ばしますが、風呂敷を破ることは出来ません。どうやら、お札によって阻まれているようです。

「その子どもはどうする?」

「神社の関係者は全員殺す命令だ。仕方ない」

「もったいない。こんなに可愛いのに」

 あんこには見えませんでしたが、肉と骨を切り裂く音が聞こえました。そして、肉体が倒れる音も。

 あんこは風呂敷の結び目をかみ切ると、そこから脱出しました。そして、杏子を見ました。そこには、胸と腹を一直線に切られて血を流している女の子の姿がありました。もう死んでいます。目をめいいっぱい開けて、驚いた表情をしています。

「人形が逃げた」

「くっ、やはり妖怪の類だったか」

「早く捕まえるんだ」

 侍が手を伸ばして捕まえようとしますが、あんこは軽い身のこなしでかわします。

 その時、あんこの中に溜めこまれていた妖気が一気に解放されました。その力で、彼女は姿を変えていきます。

「な、なんだこれは……」

 侍たちは後ずさりして様子をうかがいます。

 小さい人形はどんどん大きくなり、気がつくと十三歳くらいの少女の大きさになっていました。見た目はすっかり人間です。

 あんこは袖を振りました。妖気の塊が三つ飛んでいき、それぞれ侍の体を貫きました。侍はその場に倒れました。

「幼い子どもを切るとは、お前らは本当に人間か」

 あんこは、近くに倒れている杏子に近寄りました。体に触れて動かしてみても、全く息を吹き返す様子はありません。あんこは、杏子の目を閉じました。

 あんこは涙を流していました。ああ、一緒に草原で遊んでいたあの可愛らしい少女は、もういないのです。もう、あの世へ行ってしまったのです。涙が落ちると、そこにあった草は枯れてしまいました。

 あんこは、杏子が着ている着物の袖を少しちぎると、懐に仕舞いました。そして、今まで逃げてきた道を引き返していきました。


「なんだ、あの少女は」

「分からん。だが、あの妖術、間違いなく妖怪だ。殺せ」

「くっ、なんだ、あの袖からでる禍々しい妖気の塊は」

 あんこは、神社まで戻るとそこにいた侍共を殺しまくりました。妖術を使いこなす彼女に、彼らはかないません。敗走する者までいます。でも、彼女はそんな者でも逃がしはしません。妖気の塊をぶつけて殺します。

 神社の関係者は、全員殺されていました。お母さんや住み込みの陰陽師の死体が、庭に転がっています。

 全員殺し終わると、あんこはふもとへ下りていきました。そして、妖気の塊を使って建物を壊します。

 ふもとの街は大騒ぎになりました。大火事があちこちで起き、何かに体を貫かれた人の死体があちこちに転がっています。

 正体不明の大火事に、誰も為す術がありませんでした。

 その騒動は、三日三晩続きました。

 そして三日後、京都から到着した陰陽師によってその人形の大妖怪は封印されました。

 その妖怪は、封印されて地下深くに閉じこめられるまで、「杏子、杏子……」と、女の子の名前を叫んでいたそうです。

 その妖怪は、神社があった山の上に眠っています。

 ふもとの街で生き残った人の間では、今回の騒動のうわさが広がっていました。領主が人形を利用しようとしていたことも、幕府の調べですぐに判明しました。

 その人々の間で、人形の妖怪に恨みを買ってはならないという教えが生まれ、「人形の怪異」としてその地方で子々孫々まで伝えられたということです。

第五話は終わりです。第六話をお楽しみに。

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