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ねえ、人形売りの少女のうわさ、知ってる?  作者: 和田喬助
第五話 『人形の怪異』
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 江戸の時代になって五十年ほど経ったある日、その神社の一人娘が祭壇のある大きなお部屋に侵入しました。

 彼女の名前は杏子あんこと言い、五歳になったばかりです。白い生地に綺麗な花の刺繍がされた着物を着ています。

 とててっと駆けてくると、いつも気になっていた祭壇を見上げました。お父さんから、祭壇にお供えしてあるものには絶対触ってはいけないよと言われていました。お年頃の彼女にとって、ダメと言われていることはやりたくなるものです。つい、お供えしてある果物に触れてしまいました。

「あら、お父さんからダメって言われているでしょう?」

 クスクスと声が聞こえました。

 バレたのか。杏子は慌てて辺りを見回しますが、誰もいません。お父さんは朝からふもとの街へ出かけていますし、お母さんは家で家事をしているはずです。

「どこを見ているの? ここよ」

 祭壇から含み笑いがします。もう一度見上げると、自分の頭と同じくらいの大きさのある人形が、軽く手を振っていました。

「人形が動いてる!」

 思わず後ずさりしました。驚きました。どうして人形が動いているのでしょう。

「あら、人形が動いちゃ悪い?」

 相変わらず人形は小さく笑っています。

「悪くないけど……」

 杏子は混乱していました。いつも自分の部屋で遊んでいる人形は、決して動くことはありません。でも、祭壇にちょこんと座っているこの人形は首をかしげたり大きな目をぱちくりとさせたり、まるで小さい人間のようです。

「じゃあ、いいんじゃない? あたしが動いていても。いいでしょ?」

「う、うん……」

 杏子はうなづくしかありませんでした。

「ねえ、あなたにお願いがあるんだけど、いいかしら」

「なあに?」

「ここから連れ出してほしいの。ずっとここにいて飽き飽きしちゃった。一緒に遊びましょ?」

 まさか、人形から遊びを誘われるとは思いませんでした。

「うん、いいよ」

 ちょうどヒマだったので、誘いに乗ることにしました。

「それじゃ、ここから出して。自分じゃ、祭壇から出られないの」

「どうして?」

「難しい言葉を使うと、結界が張られているの。つまり、見えない壁があって、あたしは出られないの。でも、あなたはその壁をすり抜けられる。分かった?」

「うん」

 分かっていないけど、とりあえず人形を祭壇から出せばよいのです。彼女はその通りにしました。腕を伸ばして人形を胸に抱えます。

「ありがと」

 そう言うと、人形は彼女の腕から飛び出しました。そして、足下に立ちます。

「外に行きましょ? 建物の中はもう飽きちゃった」

 人形が先に行ってしまうので、杏子もその後を追います。


 外は雲一つないいい天気です。二人は、境内の草原を歩いていました。たんぽぽがたくさん咲いていて、人形は一つ一つの花の香りを楽しみながら、ふと立ち止まります。

「何かして遊ばない?」

 人形は提案しました。

「かくれんぼ!」

 杏子は元気に答えます。

「いいわね。じゃあ、あたしが見つける役をやってあげる。あたしの小さい体で隠れたら、あなたが見つけるのは難しそうだから」

 クスクスと笑い、数を数え始めました。

 杏子は、林の中へ入っていきました。少し離れたところに水車があり、そこの倉が彼女のいつもの隠れ場所でした。お父さんやお母さんが探す役をする時は、必ずそこに隠れます。

 人形が数を数え終えました。目を開けて、辺りをうかがいます。フフッと笑い、林の中へ入ります。目をつぶっていても、音でどこへ行ったかは分かりました。

「どーこかな」

 人形は探すフリをしながら林を進みます。不思議な力でとっくに居場所は分かっていますが、すぐ見つけては面白くありません。もったいぶらせて、やっと見つけたという風にしてあげるつもりです。

 林を進んでいると、かすかに妖気を感じました。それをたどっていくと、タヌキの死体が落ちていました。もう妖怪化しているようです。そのタヌキは、人形に気がつくと素早く立ち上がりました。

「おいしそうな妖気の塊があるぞ。食べてもいいか?」

 そのタヌキは、じゅるっと舌なめずりをしました。

「あら、誰に向かってそんなことを言っているのかしら」

 人形はひるむことなく余裕の表情です。

「お前に決まっている、人形。せっかくもう一度この世でやっていけるんだ。お前を食って生き延びてやる」

「そのセリフは、これから死ぬ者がいう言葉よ」

 人形は片方の袖を内側から振りました。妖気を飛ばして、タヌキに命中させます。吹き飛ばされたタヌキは、木にぶつかって再び息絶えてしまいました。

「あたしに会ってしまったなんて、運の悪いこと」

 人形は、タヌキに近寄るとそれをムシャムシャと食べてしまいました。


 ある程度時間が経ったので、もう見つけてあげることにしました。水車の倉をのぞきます。

「みーつけた」

 クスクスと笑いながら顔を出しました。

「やっと見つけたよー。遅いー」

 杏子は、待ちくたびれてほっぺたを膨らませます。

「だって、あなたが隠れるのが上手いんだもの。大変だったわ」

 人形は、ふわふわと浮かび上がって杏子の頭をなでました。

「本当に? わたし、隠れるの上手だった?」

「ええ、本当よ。天才ね」

 人形は、口を袖で隠して小さく笑いました。

「やったー! 最近、お父さんとお母さん、すぐ見つけちゃうから面白くなかったの」

「今日はあたしの負けね。次はこうはいかないから」

 彼女へ悔しそうな表情を見せます。

 次は、人形が隠れる番でした。人形は隠れるのが上手で、小さい体を駆使して神社の大きな倉の中に身を隠しました。

 杏子が数を数え終わってだいぶ経ちましたが、全く辺りに気配がありません。そうっと外の様子を見てみると、杏子は境内の真ん中に立ち尽くして泣いていました。

「どうしたの?」

 近づいて心配そうに訊きます。

「だって……全然見つからなくて……」

 悔しくて泣いてしまったようです。

「あらあら、それじゃ、今の勝負はあたしの勝ちってことでいいかしら?」

 クスクスと笑いました。

「ダメ! まだ終わってない」

「でも、あたしはもう姿を見せてしまったもの。かくれんぼにならないわ」

「じゃあ、やり直し! 次で決着つける」

 気を取り直して、次は杏子が隠れることになりました。

 今度は、すぐに水車の倉に隠れているところを見つけ、人形が勝ちました。


 遊び終わると、人形は祭壇に戻りました。

「楽しかったわ。また遊びましょ」

 クスクスと笑いました。

「うん、いいよ」

「ところで……」

 人形は杏子を見下ろしました。

「あなたの名前を教えてくれる? まだ聞いてないから」

「杏子」

 短くそう答えました。

「いい名前ね。杏子。あたしとあなたは友達よ。友達のあなたに頼みがあるの」

「頼み?」

「あたしにはまだ名前がないの。だから、名前をちょうだい」

 名前? と杏子は首をかしげます。

「そうよ。お互いに名前を知っておいた方が、もっと仲良くなれるわ」

 人形の提案に、杏子はうーんと考え込みます。でも、すぐに顔を上げました。

「じゃあ、わたしと同じ名前にする。あんこがいい」

「あんこ? 漢字ではどう書くの?」

 そう言われて、杏子は困ります。

「わたし、漢字分からないから、ひらがながいい」

「ひらがなで、あんこ? いい名前ね」

 フフフッとあんこは笑った。


3へ続きます。

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