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ねえ、人形売りの少女のうわさ、知ってる?  作者: 和田喬助
第五話 『人形の怪異』
22/29

 昔々、まだ戦国武将たちがお互いの陣地をかけて激しくぶつかりあっている時代、ある地方では不思議なうわさがありました。

「街外れの山の階段を登っていくと神社があって、そこには恨みを晴らす人形が奉られているらしい」

 そんなバカな、とほとんどの人は笑うだけでしたが、本当に辛くて晴らせないような恨みを持った人は、こっそりとその神社を訪れました。

 ある時、小さい子どもを抱えた貧乏そうな女性がやってきました。その女性はおそるおそる辺りの様子をうかがい、一歩一歩階段を上がっていきます。

 そこには、見たところいたって普通の外観の神社がありました。それほど大きくなく、誰も人の姿はありませんが、落ち葉はきれいにまとめられていて、手入れは行き届いているようです。

 石畳を進み、女性はお金を放り込みました。腕の中で泣く子どもをあやしながら、頭を下げて祈ります。

 少しして、子どももいい加減泣きやまないのでそろそろ帰ろうと振り返ったとき、そこには神主と思われる中年男性が立っていました。まるで気配を感じなかったので、女性は驚いて腰を抜かし、その場で尻餅をついてしまいました。

「大丈夫ですか?」

 体が大きくて優しそうな神主は、女性の背中を包み込むようにしながら起こしてくれました。

「ありがとうございます。驚きました。まったく気がつかなかったものですから」

 女性は頭を下げました。

「いえいえ、この体なのに存在感が薄いとよく言われるもので、特に気にしてないのです」

 神主は微笑みました。

「ところで……」

 女性が神社を去ろうとした時、神主が後ろから声をかけました。

「あなたはなぜここへ参拝なさったのですか。良かったら話を聞かせてくれませんか」

「え……?」

「うわさは知っているでしょう? 私が奉った人形の話しを。神の前です。誰かに話しをしたら、それだけでスッキリするものです」

 その言葉を聞いて、女性は溜まっていた言葉を吐き出し始めました。

 女性には夫がいたのですが、ある時夫がとんでもないことを言ったのです。

「この子を売ろう」

 夫は、二番目の生まれたばかりの女の子を売る話しを女性にしました。もちろん反対したのですが、夫は貧乏な生活に耐えきれなくなったのか、女の子を連れて姿を消してしまいました。女性は、夫のことを強く恨んでいました。

「なるほど……。きっと神はあなたの話しを聞いていたでしょう。どうか、今日はお帰りください」

 神主は、急な下り道を心配し、ふもとまで付き添ってくれました。女性は神主に感謝しました。

 それからしばらく経って季節が変わった頃、再び女性が訪れました。

 話しによると、夫は一月ほど前に自殺したそうです。子どもを売ったのはいいがたいして金にならず、空腹が過ぎて自ら命を絶ったというのです。女の子はその後、巡り巡って優しい貴族の老夫婦に買われたそうです。女性は、ありがとうございました、と一礼して帰っていきました。


 うわさの人形は、神社の祭壇に奉られています。その人形は元々、神主が子どもの時母親からもらったものでした。黒い生地に彼岸花の刺繍が入った着物を着た可愛らしい人形です。

 辛い思いをしたとき、彼はその人形に恨みの言葉をぶつけました。誰かにぶつけたらスッキリするからです。

 やがて彼がこの神社を継いだ時から、その人形は祭壇に奉られました。そして、恨みを晴らす人形としてふもとの街の人たちにうわさを流したのです。

 それからしばらくして、だんだん参拝客が増えるようになりました。かつては三日に一人くればいい方だったのが、人形の不思議な力に吸い寄せられるかのように一日に二~三人は訪れるようになりました。次第に繁盛し、神社も財力に任せて大きくなり、それに比例するかのようにうわさも大きくなりました。そして、今では神社で人を見ない時がないほどになりました。

 その神社では、参拝客の中で奇妙な規則がありました。互いの顔を見ないことです。帰り道にふもとから登ってくる人の顔を見てしまえば、恨みは晴らされなくなると言われていたからです。


 すっかりその地方で有名な神社になったある朝、祭壇を見た神主は首をかしげました。早朝にお供えしておいたはずの果物がなくなっているのです。

 泥棒でも入ったのだろうか。念のため出入り口を確認しましたが、全部閉まっていました。不思議なこともあるものだと思い、その時はそれ以上考えることをしませんでした。

 でも、翌日も庶民からもらった果物が消えてしまったのです。神主は確信しました。必ず誰かが盗みに来ている。今日は見張ろう。そうしてその夜は寝ないで監視することにしました。

 早朝になり眠くなってきた頃、祭壇から物音が聞こえました。慌てて駆けつけると、そこにはボロボロの布切れをまとった人間がいました。でも、足がありません。

「ゆ、幽霊だー!」

 そこにいたのは幽霊でした。果物をつかむと、さっさと壁を通り抜けて消えてしまいました。

 翌日は、ふもとから雇った若い者に見張らせました。すると、今度は狼の群れが現れました。でも皆足がありません。まぎれもない、妖怪でした。

 それを聞いた神主は、さっそく陰陽師に話しを聞いてもらうことにしました。祭壇まで来てもらうと、

「神主さん、この人形は何ですか」

「これは、私が子どもの時に母からもらったものです。参拝客は、これを神と崇めています」

 すると陰陽師は、

「この人形から妖気が漂っている……。うわさに聞きましたが、参拝客は皆恨みを晴らしにここへ来るのだとか。この人形は、人々の恨みを溜めこんでいます。その恨みは次第に妖気へと変わり、妖怪がそれに集まってくるでしょう」

「よ、妖怪。そんなものが本当に……」

「陰陽師の言うことが信じられませんか? ですが、あなたは幽霊を見ているのでしょう? あれは、れっきとした人間の妖怪です。それに、あなたの話しを聞くに、その人形は母親からもらって五十年くらい経っているようだ。あと五十年ほどするとその人形は付喪神となり、自らの妖気に毒されて妖怪となります。おそらく、手がつけられないほど強大な妖怪となるかもしれません」

「それを防ぐにはどうしたら……」

「その人形を供養してさしあげなさい。そして人々に、恨みを晴らす人形など存在しなかったと話しを流すのです。人々の信仰を絶てば、この神社は妖気の集まり所ではなくなります」

 それは神主にはできません。あの人形のおかげで、ここまでやってこれたのです。今さらやめられるわけがありません。

「それなら、陰陽師を雇いなさい。惹き寄せられてくる妖怪を退治するしかないでしょう」

 そうしてこの神社には陰陽師が住み込みで雇われ、集まってくる妖怪は退治され、人々の信仰は深くなり、江戸の時代を迎えることとなります。


2へ続きます。

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