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 夜ご飯を食べた後、彩子は浴槽の中に肩まで浸かっていた。

 どうしてこうなったのか、彼女には分からない。

 大橋先生を追いつめるために、夜中にメールや電話をかけてストレスを与え、日高先生への恋心を崩すはずであった。友達の舞から、その作戦を譲り受けた。

 だが、ふたを開けてみれば、大橋先生はかなりおせっかいな人だと分かった。つまり、彩子のメールや電話に、すべて丁寧に応じたのである。


「彼と仲良くなるには、次に彼が所属している女の子のマネージャーと知り合いになることが大切ね(^_^) 本当は彼の友人から話を聞ければ一番だろうけど、まだ勇気がないでしょ? 彼の好みのタイプとか、好きなファッションブランドとか、色々聞き出すの。ね、がんばってみて(^_^)/」


「マネージャーと友達になれた? 良かったね(^o^) まだ焦ることはないよ。もし恋が本気なら、彼の部のマネージャーになってみたら? 強制はしない。でも、ちょっとでも一緒にいられる時間の長い方が、だんだん彩子ちゃんを見てくれるようになって、あなたを理解してくれると思う(*^_^*) がんばって!」


 こんな感じのメールがよく送られてきて、たまに電話をかけても的確なアドバイスをくれた。架空の人物をでっち上げて相談を持ちかけているのに、先生のその言葉は本物だった。

 どんなに夜中でも、先生は話しに付き合ってくれた。一時間以上話し込むこともよくあった。彩子が必死にウソの話しをしていても、先生は聞き役に徹して真剣に耳を傾けてくれた。

 そんな生活を一週間続けた後、彩子は自分のしていることがバカらしくなってきた。なんて自分はみじめで汚いのだろう。大橋先生はとてもいい人だ。彩子がでっちあげた話しを全く疑おうとしない。

 はっきり言って、彩子は先生のことを好きになってしまった。先生と生徒の枠を取っ払って、友達になれると思ってしまった。

 でもそうすると、日高先生と大橋先生との関係を認めてしまうことになる。それはしたくない。彼は自分のものなのだ。

 お風呂に入っていると体中に血が巡って、頭の回転が良くなる。混乱している頭を落ち着かせるには最適な場所だ。

 そうだ。大橋先生と直接対決しよう。そうして、どっちが日高先生に告白するか決める。ただ、勝負の方法はどうしようか。

 彩子は、お湯の中に揺れる自分の裸体を見下ろした。背は低くてやせぎみで、細身の体が彼の好みならいけるかもしれない。ただ、胸も一緒にやせる必要はないと思う。断言できるが、かなり小さい。男の人は、ほとんどが胸の大きい人を好むと雑誌で読んだことがある。

「胸の大きさなんか気にしないよ」

 と表では言っていても、視線は胸をしっかり捉えていて、大きさをしっかり確認しているのだ。

 雑誌で連載しているライターの言葉を、彩子は一生忘れないだろう。

「貧乳が好きな男は、結婚できない男だ」

 一方、大橋先生は背が高くてモデル並にやせていて綺麗だ。しかも、胸もCカップくらいはありそうである。もちろん顔は芸能界で食べていけそうなほど美しく、とてもじゃないが彩子は彼女に勝てない。

 見た目勝負は、不利と思っていいだろう。

 何かないか、彼女に勝てる方法が……。思い出せ、何かヒントはなかったか……。

「あっ……」

 そろそろ体を洗おうかと思っていたら、あることを思い出した。

「カップラーメン……」

 そう、大橋先生は、職員室でカップラーメンを食べていた。大人の女性なら、弁当くらいつくってきてもおかしくないところを、彼女は楽に済ませていた。

「料理!」

 料理ならば、先生に太刀打ちできるのではないか。カップラーメンを食べているのを一回見ただけで料理しない人だと決めつけるのは早計だが、少なくとも毎日弁当をつくってくる人ではないことは確かだ。

「日高先生にふさわしい弁当をつくればいいのよ!」

 今も昔も、女性には掃除洗濯、そして料理ができる力を求められている。そちらを完璧にこなせてこそ、真の女子と言えるのではないだろうか。

 テレビの街頭インタビューを思い出せ。既婚者が全員見た目が良かっただろうか。否! 太っている人やブサイクの人だっていたではないか。

 そう、要は相手をどれだけ想っているかが大事なのだ。二日くらい前に、大橋先生自らそんな話しをしていた気がする。本人は、どれだけ料理ができるだろう。彩子は、フンと鼻を鳴らした。

 外堀を埋めていくような回りくどい作戦は、自分には合わない。正面からぶつかる方が性に合っている。

 女子力対決よ! 拳をギュッと握りしめて、明日直接会って決闘を申し込むことにした。


 翌日の昼休み、ご飯を早めに済ませて再び職員室を訪れた。相変わらずそこはお昼ご飯タイムで、ほとんどの先生が食事をとっている。

 大橋先生も、自分のデスクで休んでいた。今日はコンビニ弁当らしい。料理が苦手という予想は、案外当たっているかもしれない。

「先生」

 今日も後ろから声をかけた。

「ん?」

 頬をご飯で膨らませ、くちびるの横にご飯粒がついている。それにすぐ気がついて、先生は舌でペロッと舐めとった。

「今日の夜、どこかで話しできませんか?」

 いつもメールくれて感謝してますとか、先生を尊敬してますとか、そんな言葉をすっ飛ばして、単刀直入に訊いた。

 ゴクンとご飯を飲み込むと、水を飲んで口直しをした。

「どうしたの? メールじゃ話せないこと?」

 さすが先生だ。察しが早い。

「はい。二人っきりになって話せるところがいいんですけど……」

 彩子はうつむきながら、深刻そうな表情をつくる。

 よほど大事なお話があるんだろうと先生は思い、姿勢を正して、

「分かったわ。街の中心部に、行きつけの居酒屋があるの。そこ、一部屋ずつ区切られているところがあるから、ゆっくり話しができるんじゃない? わたし、お酒飲んでいる方がしゃべりやすいタイプだから」

 彩子としてはその辺のカフェでもいいかと思っていたけれど、先生がそれがいいというのなら従ってもいいだろう。どうせ、おせっかいの先生だったらおごってくれるはずだ。文句は言わない。

「大丈夫です。部活、七時くらいに終わるので、その時間に職員室に来てもいいですか?」

 彼女の提案に、先生は「ちょっと待って」と声を潜めて言った。

「女子高生を居酒屋に連れて行ったことがばれると、何かと疑う人が出てくるから、一緒に学校を出ることは避けたいな。そうね……。校門前に七時に待ち合わせでどう? その時間に絶対仕事終わらせるから」

「分かりました。七時ですね。一年生は道具の片づけがあるので、ちょっと遅れるかもしれません」

「オッケー。じゃあ、それを見込んで学校出るね」

 先生は、親指と人差し指で丸をつくった。ウインクが綺麗だなと思った。

「それじゃ、よろしくお願いします」

 彩子の宣戦布告が、放課後に始まろうとしていた。


7へ続きます。

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