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栄光学園は、一週間ほど世間より夏休みが遅く始まる。だから、今は他の学校の生徒がグースカと寝ている時にも登校しなくてはならないのだ。その時だけはうらやましく感じるが、夏休み最後の一週間は栄光学園の生徒だけ休みとなる。その間だけ優越感に浸れる。
テスト期間は終盤に差し掛かっている。お昼休みを迎え、生徒たちは各々のグループに分かれ、互いの健闘をたたえ合っている。
彩子も自分のグループで弁当を食べているが、今日は彼女だけペースが速い。それは、ある目的があるからだ。
「ごちそうさま。じゃあ、ちょっと用事あるから!」
そう言って、弁当箱をバッグに仕舞うと、教室を出た。
彼女の足は、まっすぐ職員室に向かっていた。階段を下りて、上級生の脇をすり抜けて、途中三年生の担任の先生とすれ違って、職員室に着いた。
「無言電話なんかどう?」
彩子の友人の舞は、昨日そう勧めてきた。
「変な電話がひっきりなしにかかってきてみな? 気が滅入るから」
いたずらを企む子どものように、舞は興奮して顔が上気している。
「無言電話……。でも、家に固定電話なんてないし、ケータイも一つしか持ってないから……」
「じゃあ、いっそのこと普通にアドレス交換しちゃいなよ。『先生と仲良くなりたいです』って言ってさ。そして、夜中にメールとか電話とかして、『どうしても話ししたい』って何度も言うの。これは、精神的にキツイと思うよ」
「え、それって、学校で呼び出されて怒られておしまいじゃない?」
心配そうに尋ねると、
「バカなこと言わないで。怒られたぐらいでやめちゃ、日高先生奪われちゃうよ? ウザいくらいメールを送りつけるの。そして、電話番号もアドレスもブロックされたら、公衆電話からかけてみて。もちろん夜中に。近いエリアに二つ電話ボックスある所知ってるから、後で教えてあげる。そして極めつけは……」
舞は足元を指さした。
「学校に忍び込んで、職員室から電話をかける! 声を事務員っぽく変えて、『緊急の会議です』って誘い出すの。夜中に職場から呼び出されるほど、嫌なことはないはずだから」
後は、自分で考えてみな。そう言って、背中を叩かれて「頑張って」と後押しされた。
そうして、彩子は職員室のドアを開ける。
まだ大半の先生が食事をしていた。日高先生は一年生の学年主任の男性教師とおしゃべりしながらコンビニ弁当を食べている。いつかあの弁当が、彩子の手づくり弁当に変わる日がやってくるのだ。
一方、大橋先生は一人でパソコンをいじりながらカップヌードルをすすっていた。それだけ見ていると、あまり食生活は良くない印象を受ける。
「あの」
彩子は、先生の後ろから声をかけた。
「ん?」
ラーメンを口に含みながら、こちらを向く。背中まで伸びる髪がサラリと揺れた。目は化粧で大きく見せ、食べ物が入って少し膨らんでいる頬は、きめ細かい肌で綺麗だ。さすが、男子に人気だけあって美しい。
「教えてもらいたいことがあるんですけど……」
彩子のその言葉に、先生はすぐにラーメンを飲みこみ、ペットボトルの水を飲んで口直しをした。
「どうしたの? 理科関係なら教えられるけど」
ティッシュで口を拭いて、近くのゴミ箱に捨てた。
「違うんです。実は、恋の相談がしたくて」
もじもじさせてみせる。
「恋の相談?」
生徒にそんなことを聞かれたことがないため、先生は少し声が裏返る。
「はい。こんなにお綺麗な先生なら、きっと自分のためになる話をしてくれると思って……」
「いやいや、わたしに恋人がいたのは、もう高校生までの話しよ。五年以上ブランクがあるから、参考になる話ができるとは思えないけど」
「そんなことはないです。あたしにはまだ一回も恋人ができたことがないので、上手く付き合う方法を教えてほしいんです」
「……分かったわ。どこにする? 進路相談室?」
先生が席を立とうとすると、彩子は慌てて肩を押さえて止めた。
「あ、あの、こういう相談、他の人には聞かれたくないので、出来ればメールか電話がいいなと……」
メールねぇ、と先生は腰に手を当てて考える。まあ、真面目そうな生徒だし、夜中に少しだけならいいかな。
「先生、仕事があるから、夜中に少しだけしかお話しできないかもよ? それでもいい?」
「はい! もちろんです。ありがとうございます。それで、早速……」
彩子はスマホを取りだした。
「あら、放課後まではカバンに入れておく決まりでしょ? まあ、いいか。今日だけは許してあげる」
やはり、どんな理由でも誰かに頼られるのは嬉しいものだ。先生もスマホを引き出しから出した。
そして、二人は電話番号とメールアドレスを交換した。
「ありがとうございました!」
一礼して、彩子はその場を離れた。
職員室の出入り口で振り返ると、大橋先生は再びラーメンをすすっていた。
ふん、のんきにラーメンなんか食いやがって。見てろよ。日高先生はあたしのものなんだから。
彩子は、ふうとため息と一緒に妬みを彼女に向かって吐くと、職員室を後にした。
最初のメールは、手が震えるほど緊張した。
「お仕事お疲れさまです。早速ですが、あたしの恋する相手の話をします。具体的には恥ずかしくて言えませんが、違うクラスの男の子です。背が高くてスポーツマンで、普段は一匹狼的な人です。でも、同じ部活の人たちには慕われているようです。そんな高みにいる人と、どうしたら話すきっかけをつかめるでしょうか。お答えいただけるとうれしいです」
つかみは無難な方がいいだろうと思い、一応こんな感じにしてみた。時刻は二三時五分。
忙しいと言っていた先生も、さすがにこの時間には帰っているはずだ。思い切って、送信した。
送信されたことを知らせる通知を見ると、ハアとため息をついてスマホをベッドに投げた。そして、自分もそこに寝転がる。
とうとう始まった。日高先生を我がものとする作戦が。
メールの内容は、もちろん全部ウソだ。紙に理想の男子像を書きまくって、それを一つの形に仕上げた。今まで見てきた芸能人の素敵な部分を切り取って、上手く合わさるように組み合わせた。日高先生とは異なる要素もあるが、それには目をつぶろう。人間、妥協も大事なのだ。
メールが帰ってきたのは、十五分後だった。
「彩子ちゃんも勉強お疲れ(*^_^*) あの後一年生の先生に聞いたら、数学が一番得意みたいだね(^_^)/ わたしと気が合うかもw そんなにかしこまった文でなくても、気軽に話してもらって構わないよ。
さて、文を読む限り、なかなか格好いい人なんだね。わたしも、そんな人と付き合いたいな(^_^) 直接話すのが難しいなら、まずは彼のクラスに通う練習から始めるといいかな。気になる人のいる場所に行こうとするだけでも、緊張するでしょ? がんばってみて!」
ずいぶん軽い文章が返ってきたものだ。顔文字をバンバン使って、さすが大学を卒業したてだけのことはある。自分がクッソ堅い文を送ったのがバカバカしくなる。
それにしても、普通に答えてくれるんだなと感じた。顔文字のおかげか、結構親しみがある。あれ……、もしかして、大橋先生と仲良くなれる……?
いやいや、何を考えているんだ。彼女を陥れて日高先生を奪い取らなくちゃいけないんじゃないか。彼女は敵なんだ。それを忘れちゃいけない。少し近づいて、アッと言わせるだけなんだ。
「ありがとうございますm(_ _)m 参考にします(^o^)」
彩子は、歯をギリッと噛みしめて鋭い目つきで、そのメールを打って送った。
6へ続きます。




