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 人形店の捜索をしているうちに、日はすっかり落ちていた。西の空には、かろうじてオレンジの光が見えるが、天空の八割は漆黒の闇が支配している。

 ドーナツ屋に入ると、拓也は迷うことなくトングとお盆を手に取った。そして、すぐに二つドーナツを選んだ。すでに、何を食べるかは決まっていたようだ。

 彼に習って、千歳もドーナツを二つ選ぶ。お財布が心配だから、一番安いものにした。

 レジは二つとも対応中だ。ベビーカーを押す女性や、お年寄りのカップル、学生と思われる女の子三人組が順番を待っている。

 一つ前に並んでいた拓也の番がきた。お盆をカウンターに置くと、彼女に手招きした。

「一緒にお金払いましょう。その方が早いです」

 彼女の言葉を待たずに、彼はお盆を取って自分のドーナツの横に置いた。

 後でお金渡せばいいか。そう思って何も言わなかった。

「ご一緒にお飲物はいかがですか」

 店員からそう言われると、拓也はコーヒーを頼んだ。

「東さんはどうしますか?」

 振り返って訊いてきた。

「……じゃあ、カフェオレで」

 彼はここでドーナツを食べるつもりらしいから、じぶんもそうした方がいいだろう。そうなれば、少しでも苦いものが飲みたくなる。

 お金を払って商品を受け取ると、拓也はキョロキョロと空いている席を探し始めた。店内は平日にもかかわらず混雑している。夏休み効果は大きいようだ。

 結局二人は、店の一番奥の窓側の席に落ち着いた。

 席につくと、拓也はすぐにコーヒーを音を立ててすすった。ミルクも砂糖も入れていない。

「あの、忘れないうちに……」

 千歳は、財布を取りだした。すると、

「いいですよ。僕のおごりです」

「で、でも」

「誘ったのは僕ですし、こんな時にお金を払うのは男の仕事です。少しくらい格好つけさせてください」

 フフッと彼は恥ずかしそうに笑った。

「あ、ありがとうございます」

 ここは彼に従うことにした。

「あまり長く話し込むと東さんの家の人に心配されるので、早速話しますが……」

 もう一口コーヒーを飲んだ。

「東さんに謝らなくちゃと思ってまして」

 彼はまっすぐ彼女を見た。

「あ、謝ること……?」

 カフェオレをすすっていた彼女は、カップを置いて姿勢を正した。

「はい。僕、知ってたんです。東さんがいじめられていたことを……」

 視線を外すことなく、そう告白した。

「…………」

 思わぬ言葉に、千歳は絶句した。

「学校中にあなたの裸写真が貼られているのを見たんです。最初は誰だか分からなかったんですけど、風の噂で東さんだと知って……」

 何も返事できない。

「新入部員の紹介であなたに会った瞬間、分かりました。ああ、写真を貼られていた人だって」

 体が動かない。うつむいたまま、彼の話を聞き続ける。

「東さんが図書委員になった時、僕、なんでバレー部を辞めたのかって尋ねましたよね。本当は、いじめに関することは触れないでおきたかったんです。そんなことをしたら、きっと傷つくと思ったので」

 それじゃどうして、という思いで、千歳は顔を上げて彼の顔を見た。

「でも、連続失踪事件が旭高校でも起き始めてから、好奇心が災いしてしまいました。元バレー部のあなたなら、何か知ってると思ったんです」

 すみません、何も知りません。ぼそっと彼女はつぶやいた。

「そのことはいいんです。実は、こんなものを持ってまして」

 カバンから、スマホを取りだした。少し操作すると、画面を見せた。

「メールで、友達からあなたの裸写真が送られてきました。見逃せませんでした。僕も男です。つい保存してしまったんです」

 千歳は、思わず彼のスマホを奪い取った。ばっちりと鮮明に写っている。

「お願いがあります。東さんの手で、それを削除してほしいんです。同じ図書委員として活動するうえで、けじめをつけたいんです」

 彼は、体を丸くしてうつむいていた。奪われたスマホを取り返そうともしない。

「……この写真のことを忘れてくれると、誓ってくれますか?」

 震え声で、彼にそう尋ねた。

「もちろんです。絶対に思い出すこともしません」

 彼はもう一度、彼女をまっすぐ見つめた。

「……分かりました。正直に話してくれてありがとうございます」

 そっと、自分の裸写真を削除した。そしてスマホを彼に返す。

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。そして、すみませんでした」

 拓也は、額がテーブルにつきそうなほど深々と頭を下げた。

 彼は、スマホをカバンに仕舞った。


 ところで、と今度は千歳が話を切り出した。

「どうして北見くんは、この街の事件を調べてるんですか?」

 ずずっとコーヒーをすすって一息ついた拓也は、目をキラリと輝かせた。

「気になります? なぜ僕がそんなことを調べているか」

 こくん、と彼女はうなづいた。

「はい、わたしが入部した時にはすでに新聞記事を集めていたようでしたし」

「僕は、新聞記者、あるいはジャーナリストになりたいんです」

 新聞記者、ジャーナリスト、と千歳はつぶやく。

「誰も知らないことを調べて書いて、記事にしたいんです。父さんが新聞社で働いているのが影響しているかもしれません。そのための第一歩として、この街の連続失踪事件に取り組んでいるんです」

「自分の夢のためだったんですね。趣味なのかと思ってました」

「もし納得できる記事ができたら、どこかの会社に売り込むつもりです。今のうちからコネを作っておいた方がいいでしょう?」

 クスリと彼は笑った。

「なるほど……。じゃあ、あのオカルトめいた噂に興味を持っているのはどうしてですか?」

 千歳としては、一番気になっていることを尋ねる。

「警察は、大規模な誘拐事件だと考えているようです。ある組織が、人材を必要として無理やり連れていっているという線で捜査しているのです。あるいは、外国の工作員による集団拉致事件……とも言われています」

 はい、と彼女は相づちを打った。

「はっきり言って、今から僕個人が同じ路線で調べていては、彼らには勝てません。国の組織の捜査力には劣ってしまいます。だから、僕は別の道をたどってみることにしたんです」

 それが、人形売りの少女、ですか、と訊いた。

「その通りです。ネットでは、拉致事件派とオカルト派に分かれています。でも、オカルト派の方が過半数なんです。どうしてか分かりますか?」

 いえ、と否定した。

「実際に人形を使って人を殺した、という人のスレッドが立っているんです。個人を特定されないように、その人はあまり詳しいことは語っていませんが……」

「その話、ウソっていう可能性はありませんか? ネットじゃ、ガセネタはよくある話ですよね……?」

「確かに。でも、その人は一つ具体的な情報を書いていました。その人形店の住所です。この街の、さっき僕たちが行ったあの店です。見た所廃屋みたいでしたけど。外観についても書いてあったんですが、ほとんど一緒でした、さっきの建物と。これは、最大の手掛かりです。たとえ、オカルトめいたことでなくても、あの廃屋には何かあります」

「そうですか……。これからは、どう調べるんです?」

「あの店をずっと見張っているつもりです。誰かが出てくるかもしれないし、訪れる人がいるかもしれない。その方から、ぜひ話を聞きたいものです」

 話しのできる人なら彼の目の前にいるが、彼女はもちろんそんなことを話すつもりはない。

 その後は、他愛もない世間話をしてお茶会は終わった。

 外に出ると、すっかり夜になっていた。ただ、街灯があちこちにあるから足元はそれほど暗くない。

「ありがとうございました。おごってもらって。あの、一つやりたいことがあるんですけど、いいですか?」

 千歳は真面目な顔だ。

「え、何ですか?」

「別の日でいいので、一発殴らせてください。わたしの写真をずっと持っていたお返しをしたいので。ここでは、人の目が気になりますし」

 彼は一歩後ずさったが、「はい」と答えた。

「それで気が済むのなら、僕もすっきりします」

 約束ですよ。そう言って、千歳は手を振って駅から流れてくる群衆に混じっていった。


5へ続きます。

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