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ねえ、人形売りの少女のうわさ、知ってる?
しらね。
知らない。
俺知ってる。確か、呪いを使って人を殺してくれる人形を売ってくれるんだろ?
はあ、何それ? 今流行りの異世界小説か何か?
ガセネタ乙。
ちょっと待ってよ。本当なんだって。私、実際にお店に行ったし。
行ったって、どこへ?
○○○○××××。
検索したが、ただの商店街で何も出ないぞ?
ウソ乙。
俺、民俗学専攻なんだが、○○地方にそれと似たような伝承が伝わってるんだ。
お前、何者だよ。顔と名前と住所教えろや。
教えない。だが、興味深い事件が江戸時代に起きている。謎の大火災で、街一つが焼け野原になったんだが、生き残った人たちが、「人形様を怒らせてはいけない」「人形の呪いは実在したのだ」と話していたそうだ。その人形が何なのか分からないが、俺は人形の呪いは本当にあると信じて研究している。
長文乙。
私の話に戻すけど、○○○○街で、最近連続失踪事件が起きてるでしょ? 私、それ呪いの人形のしわざだと思うの。
ああ、今日もテレビでやってたな。あれ怖いよな。というか、なぜそれを結び付けるし。
だって、私、実際に呪い殺したもの。
は?
頭イッてるのか?
詳しい話したらバレるから言わないけど、一晩経ったらあっという間に消えてたよ。
ヘエー。
信じられね。
だいたい、どうやって店の住所知ったんだよ。
他の掲示板行ってみ? 店の住所のっけてるとこあるから。リンクは……
マジだ。のってた。近いし、今度行ってみようかな。
信じてねーけど、本当に売ってくれたら知らせてくれや。俺、消えてほしい人間いっぱいいるから。
人数増えてきたから、とりあえずもう一度聞くわ。
ねえ、人形売りの少女のうわさ、知ってる?
放課後になり、旭高校ではそれぞれ部活動が始まっていた。
体育館では女子バレー部が活動していた。広い体育館にコートが二つ設置されている。一年生用と二、三年生用らしい。彼女たちは走っていた。先頭が三年生、それに二年生、一年生と続いている。体力に差があるのは歴然で、列の後方の部員ほど疲労の顔が目立つ。全員汗まみれで、白いシャツの背中に、下着の線がはっきりと見えている。
列の一番後ろには、部員の中で最もつらそうにしている子がいる。名を、東千歳という。部員の中では、落ちこぼれとささやかれていた。一年生であれば「まだまだこれからだ」となるかもしれないが、彼女は二年生である。すでに体力面では一年生に負けている。結局最後まで彼女は最後尾だった。
ランニングが終わると、ようやくボールを触れるようになる。しかし、いきなり試合形式でスパイクを決めるということはやらず、いくつかのグループに分かれて輪になり、ボールを打ち上げてパスするのを繰り返す練習を行う。
そこでも、千歳は目立っていた。よくボールを打ち上げる角度を間違え、輪の中から外れ、そのたびに誰かがボールを取りに行く。そしてその人に謝る。その繰り返しだった。
また、試合形式の練習でも同じだった。彼女は網のすぐそばにいてスパイクする人のためにボールを打ち上げる役なのだが、そこでもあらぬ方に飛ばしてしまう。そのたびに、味方と相手のボールのラリーが中断する。
三年生は、「またか、でも仕方ないか」という目で彼女を見つめ、「ドンマイ!」と励ましの言葉をかける。二年生ももちろん「ドンマイ!」と先輩の声に合わせて叫ぶ。だが、同級生には不満がたまっていた。邪魔だな……、とひそかに考えている者もいる。
代表するかのように、ある日一人の少女が千歳に声をかけた。それは、試合形式の練習が終わった直後の休憩の時であった。
「ちょっといいかな」
同じクラスの、香田佐緒里だ。二年生だけでなく三年生よりもバレーが上手く、次期部長と二年生と一年生の間で噂されている。
「うん……」
千歳は、佐緒里を見上げた。自分は座っていて彼女は立っているから当然なのだが、とても背が高く感じる。空高くそびえ立つ壁のようだ。
「何してるの、ノロいな。時間がもったいないでしょ」
佐緒里に千歳の腕をつかみ、無理やり立たされた。腕に痛みが走り、さっきまでずっと使いっぱなしだった足にも負担がかかる。
「あまり時間を取るつもりはないから」
突き放すような口調でそう言った。矛盾している。言葉自体には、自分のためにわざわざ時間を取ってくれたという喜びを感じるのに、口調は冷たい。千歳には、佐緒里が何を考えているのかは分からなかった。
次期部長は、二人っきりになれる所で話したいのだろう。外へ出られる所に向かっている。後頭部しか見えず、彼女の表情をうかがうことはできない。
「クスクス……」
二年生だけで固まったグループが、二人を見てコソコソ話しながら笑っている。佐緒里は普段はあの集団の中心人物だ。
千歳は一年生だけのグループに所属している。だが、実際は会話に参加するようなことはなく、笑い話を隅で聞いているだけだ。
三年生は、佐緒里と千歳に目を向けつつも、やはり自分たちの話しをやめることはない。
きっと皆、わたしと佐緒里の話しをするんだろうなぁ……。腕を引っ張られながら、そんなことを思った。
「さて、話しをしましょうか」
四段しかない階段の一番下に、佐緒里は腰かけた。千歳もその隣に座る。
「あなた、バレー下手すぎ」
単刀直入だなと思った。この人は、分かりやすく自分に正直だ。感じたことを、言動や行動として表に出さないと気が済まない。だからこそ、皆を導くリーダーシップが身についたのかもしれない。
「さっきの練習だって、失敗してる時が無いと言っていいくらいひどかった」
彼女は、まっすぐ目を合わせてくる。
「バレーの才能無いんだよ、きっと」
そうだろうと思う。
「皆、迷惑だって言ってるよ。せっかく三年生を全国に連れて行きたいのに、これじゃモチベーションが下がる一方だもの」
やっぱりそうだったのか。
「やめて」
……え?
「な、何を……?」
やっと思っていることを声に出すことができた。
「決まってるわよ。この部活を止めてほしいの」
「そ、それは……」
言葉に詰まった。
「それは、何? はっきり言って」
佐緒里の顔は、相手を威嚇する猛獣のように恐ろしく見える。
「バレー好きだから……。やめたくない……」
千歳は、中学まではバレーは観る専門だった。テレビで試合をしていれば必ずチェックし、近くの街で開催する時は、お父さんに頼んで連れて行ってもらった。だが、高校デビューの時、挑戦することにした。最後の青春をバレーで終わらせたかった。それが、どれほど下手くそでも。
「志保子先輩も、やめてほしいって言ってたよ」
吐き捨てるように言った。
「う、うそ……」
「うそじゃない。あたしと二人っきりで食事に行った時、話してくれたの。ウチにいてもらっちゃ困るって」
志保子先輩とは、バレー部現部長だ。もちろんエースで、佐緒里よりも上手い。下手くそな千歳に一番声をかけて励ましてくれた。その優しい先輩がどうして……
「皆、部長に遠慮して言わないだけだよ。あたしは、我慢できなくて今話してるけど」
「で、でも……」
「千歳は趣味でやってるのかもしれないけど、あたしたちは本気だから――」
佐緒里はダルそうに立ち上がった。
「お願いだから、邪魔しないで」
彼女は、千歳を置いて体育館へ戻っていった。
日が傾いて涼しい風が吹き始めた。暑さに慣れた体に鳥肌が立った。
2に続きます。