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投稿が遅くなりました。すみません。
あと、ジャンル別で日間一位になっていてびっくりしました。こんな色物の内容に、皆様ありがとうございます。
凡そ二年と半年前、カーマインの所に彼女がやって来たのは、従兄である国王クロムの勅命があったからだった。
「稀人の調査を頼む」
「断る」
バッサリ切って捨てると、通信用の魔道具を通して映るクロムの顔が歪んだ。
「仕事だ」
これを言われると断れないのが辛いところだ。ただ文句の一つや二つ、言ってやらないと気が済まない。
「私はここから絶対出ないからな。対象者がこの環境に耐えられない場合は、そこで終了だ」
「構わない」
言質を取った事にまず満足した。使用人たちが一日で音を上げるのだから、何もしなくても勝手に出て行ってくれるだろう。
簡易調査報告書が転送されてくるので、それにざっと目を通す。
橘六花 女、二十一歳。出身国、地球の日本。魔力なしといったごく基本的な情報と共に、探査魔法にかけた結果が載せられていたが、特にこれといった問題が見つからない。
もしや、体よく仕事を押し付けようという魂胆だろうかと顔を上げると、国王はこちらの考えを読んだ様に言った。
「そこに書いてある通りに、特に問題はないのだが、ないのが問題だと取調官の私見があった」
住む人間は全て魔力なしの為、技術のみで高度文明を築いたようだが、その為かこちらには理解し難い仕組みの道具の存在や文化がある。知識の中には武器の類も多い。平和で戦いのない生活を送っていたと言う、本人の申告と相反する。
魔力の必要がない道具の類をこちらで再現できるようだったら、安全を確認の上、対処するので、まずは実現可能かどうか検証したいというのが趣旨のようだ。
「魔道具作成の第一人者だからな。お前に確認してもらう他はない」
「魔力を使わない道具か。興味はあるが、検証するだけで現物を作る等の話になった場合は、他の者に依頼してくれ」
「そうだな、興味がそそられたらで構わん。ただ、本人は働きたいと言っていた故、侍女として派遣する。少なくとも趣味で脅すような真似は、検証が済むまでは後回しにしてくれ」
「……考えておこう」
考えるだけで、断るのは変わらないのだが、一応目上の相手であるのでそう言っておく。そんな自分の思惑が透けて見えたのか、国王は自分に良く似た顔をまた歪めた。
「まだ治らないのか、お前の人嫌いは」
「ほっといてくれ」
魔道具作りは趣味の片手間だし、人形作りは本当に好きでやっている。公爵家継嗣として、子を設けなければならないのは分かっているが、国境を覆う巨大な結界を維持する為に日々魔力を注ぎ、宰相として王の補佐をし、王を、引いては国家を守る義務は果たしているのだ。弟も妹もいるのだから、子作りの義務くらい大目に見て貰いたい。
「幼い時の経験は後を引くから、無理もないとは思う。が、お前はそれで幸せなのか?」
「幸せだとも」
これもまた即答した。
「人は裏切る、騙す、嘘をつく。欲を隠しもしないですり寄ってくる輩のなんと醜いことか。うんざりだ。本当ならば、同じ場所にいるのさえも嫌なのを我慢しているんだから、これ以上は無理だ」
ここまでカーマインが人嫌いになったのは、両親の身分が高すぎた事と、魔力至上主義の弊害とでもいえばいいのだろうか。
カーマインが幼い頃は、政情が不安な時代であった。
クロムとカーマインの両親は双子の兄弟であり、クロムよりも後から生まれたカーマインの方が魔力が強いと発表された為に、本人の全く預かり知らぬ所で政争の道具にされたのだ。
当時、父は既に公爵位に降りていたし、王位には全く興味を持っていない。それを公言していたにもかかわらず、魔力の強さのみで玉座に付くように推すものたちと、あくまでも正統な王を位に付けるのだという二つの奔流の中で揉まれ、飲み込まれかけた。
即ち、誘拐・暗殺の手がどこに居ても伸びて来たし、反対に大の大人に変な追従を言われる。従兄としてクロムと仲良くしていたが、悪感情を持たせるような意見を耳に吹き込み仲を裂こうとする輩も山のように居た。
外に出かけると嫌な事しかない為、出不精になっていた所へ持って来て、初めて自分の手で暗殺者に反撃した時に、加減が出来なくて殺してしまい、残虐非道な子供だと噂を流される。
王位など望んでいないのに何事かを企んでいるかのように思われて、王位簒奪の罪を着せられかける事も数回。事実無根だと証明するのに、多大な労力を使い心底うんざりした。
「とっとと結婚して、子供を作ってくれ。そうしたら、すぐに王位継承権を返上する」
平穏を求めて、そう何度もクロムに訴えた。それでも蟻が蜜に群がるように自分の傍に寄ってくる者は減らなかったが、宰相になってからは仕事をやる代わりに、出仕を拒んで人と接する事自体を減らした事が、上手く自分の中で均衡を保つことに繋がっているようだった。
人形作りに手を出し始めたのも、完全に自分の思い通りになり、裏切らない物が欲しかったからだが、今では余計な有象無象を振り切るための道具ともなっている。とにかくこれを見ると、多少の変な性癖には耐性がある相手でも裸足で逃げ出していくのだから、便利なものだ。
「誰か傍に置けというなら、これに耐えられる者なら考える。これは少し激しい篩の様なものだからな」
「激しすぎるわ、阿呆!」
罵られたが、痛痒にも感じなかった。
そんな中で、六花が屋敷にやって来たのは、時々依頼される結界の外の魔物を狩って帰ってきた時だった。
魔物は魔力を吸って成長するため、結界の近くには頻繁に発生する。小さな魔物は放っておいても問題はないし、いつもは国境警備隊が何とかするのだが、今回は手負いの魔物で、とどめを刺さないで放置するには危険すぎる。
どうせ国境までは転移魔法で一瞬だし、結界の見回りついでに身分を隠して定期的に魔物を討伐して回っているカーマインにとって、討伐依頼が回って来るのは珍しいことではなかったが、討伐そのものは問題なくとも、腐った血を浴びてしまった為、結界の外で水を浴びたがどうにも臭いが取れない。どうせ汚れるからと汚れた格好のまま行って戻ってきたのも悪かった。
鼻が麻痺したことが幸い、とにかく風呂に入ろうとしていた所に鉢合わせして、
「臭い、離れてください!」
と罵声を浴び、前日にボヤを出したためにあちこちが汚れたままになっていた事に、烈火のごとく怒られ……これに関してはこちらの体を慮っての叱咤だったようだが、礼儀作法がなっていない事よりも、感情が素直に出ている所に好感が持てた。……例え罵られようとも、その感情と行動が一致していたから、嘘をつく人間ではない事に安堵を覚えたのだ。
さらに、わざと見せた訳ではなかったが、製作中の人形を見た時はしげしげと観察した後にこう言った。
「顔が可愛くないです。女の子のお人形なんだから、可愛くてナンボでしょ?リアルすぎてキモいですよ、これ」
文句をつけてきたのに腹が立ち、どんなものか記憶を見せてみろと要求して、改めて精神探索魔法を掛けることを了承させたのだが、実際に記憶を覗いて驚いた。
確かに知識の中には様々なものがあり、兵器やそれに転用可能な知識が山の様だったが、カーマインの琴線に触れたのは、もっと違う箇所だった。
「あの、白く巨大な、甲殻類のような鎧を着た人形はなんだ?あれに乗って敵と戦うのか?」
「いや、あれは今の技術では実現不可能なんですよ。特にあれは、自重で立つことはできても動くことが碌に出来ないらしいんで、現実にあったら無用の長物です。……動かなくても、あれが好きな人は実物大の大きさのものを足元から見上げるだけで満足だったみたいですけどね」
「ああ!搭乗する人間の大きさからするに、かなり大きなものだな?動かなくとも、近くで見てみたいという気持ちは、ものすごく分かるぞ。私だって行けるものなら行ってみたいくらいだ」
あれに乗って戦うとは、お前の国の防衛水準は随分と進んでいるのだな、と続けると、六花は額に手を当てて静かに首を横に振った。
曰く、六花の居た世界では、戦争が世界中で全くなくなった訳ではなく、自分のいた国も百年前は戦争をやっていて、今は平和だがその頃の記録が残っている。平和になってからは娯楽の幅が広がって、今の技術水準で出来る事よりも、はるか先を行く技術ですら不可能かもしれない物を、空想で産み出しては小説にしたり、絵巻物の様なものにしたり、はたまた役者に演じさせたり、動く絵を自分で動かして楽しんだりしているらしい。
かなり昔に書かれた絵巻物の作者の書いた道具が、現実に使えるようになっている物もあり、空想とはいえ一概に馬鹿に出来るものでもない。
「特に、私がいた国はそういう方面に突出していたようで、空想の産物を商売の道具にしているのが沢山居たんですよ」
「……では、あの、禍々しい全身を覆う鎧を着て戦う戦士は……」
「空想です。現実には居ません。ただ、子供達には大人気です」
「国の外から押し寄せてくる、異形の魔物も?」
「あれも空想です。ただ、どういう訳かああいう魔物や神が居たという伝説がそりゃあもういっぱい残っていまして、敵役の化け物の外見は、伝わっている魔物や悪神なんかを元に作られています」
「お前の兄らしき者が作っていたのは、それらを小さくした人形か?」
そう言うと、六花はがっくりと肩を落とした。
「あー。……見えちゃいましたかぁ」
「何をそんなにがっかりしているのだ?妹の作っている衣装も、素晴らしかったぞ」
「……ソレハ、ドウモアリガトウゴザイマス」
要は、カーマインは彼女の持つ知識にすっかり心酔してしまったのだが、六花にとっては非常に不本意なことであったらしい。
「チュウニビョウ加速した?余計な知識を入れすぎたかも……」
と呟いていたので、意味の分からない単語はあったが、改めて技術の素晴らしさを褒め称えておいた。ゴーレム作成の様な魔法はあるが、記憶の中にあった関節が動く多種多様な人形はこちらにはないものだ。
可愛くない、と言われた理由も分かった。あちらの人形は目の割合が大きいものが多く、着ている服も……鎧も、細部まで素晴らしく凝っている。
その他にもこちらの技術と合わせれば、対侵入者用の罠として使用できそうな知識が豊富にあったため、カーマインはそれからかなり長い間、新しい人形作りと、クロムに継続依頼されている対侵入者用の罠や仕掛けの作成に忙殺されることになったのだった。