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実は、年末に大掃除ネタとして考えていたお話です。
逆お気に入り1000人突破記念ということで、投稿します。ほかのお話を待っていた方、すみません。
また、作者の息抜き作品の為、設定の甘さには目を瞑っていただけるとありがたいです。
「カーマイン様の家に行くのを今すぐ止めなさい」
「魔力なしの掃除婦の分際で、この国で一番魔力が高い……引いては王に匹敵するほど高貴なカーマイン様にどうやって取り入ったの」
私がいつものように出勤しようとした時、待ち構えていた貴族のご令嬢二人に口々にそう告げられた。
朝早くから一部の隙もなく綺麗に髪を整えて、貴族の令嬢らしく美しく装っている事から、私を追い出した後すぐに屋敷に押しかけて後釜に座ろうというんだろう。そんな恰好では掃除婦なんて勤まらないと思うけど、それは二の次三の次なのね。いや、一応私の仕事は侍女なんだけど、掃除特化である事には間違いがないので掃除婦呼ばわりをされても否定はしない。
私の派遣先の主であるカーマイン様は、正式名をカーマイン・エル・セル・ルーシルといい、この国ルーステイルの宰相補佐の地位にある高位貴族で、魔力至上主義のこの国においては国王に匹敵する魔力の持ち主らしい。
カーマイン様に取り入れば、なにかしらの恩恵に浴することできると思う者が大勢いるようで──確かに王よりは近づきやすいし、金髪碧眼の美丈夫で文字通りの独身貴族な相手だから、婚姻という結びつきを求めて、まずは近くに侍ろうと接触する機会を狙っている女性が、そりゃあもう山のようにいる。
私は一介の侍女(女官に非ず)、それも魔力なしという、この国では底辺の地位にいるせいで、こういう態度を取る人と本当によく遭遇するんだけど、これで今月は……何回目だったかな?覚えてないや。突撃して来る人は多くても全部撃退されている辺り、一部の女性にカーマイン様の噂が広がってもおかしくないんじゃないかと思うんだけど、そうでもないみたい?
そんなことを思いながら、私は完璧な外面を維持したまま、そのお嬢様方に一礼した。
「お嬢様方、まずは道の端に寄っていただけませんか。そこは往来の真ん中ですから、大層目立っておりますよ?その後、お時間があるようでしたら事情をご説明いたします」
貴族の令嬢はまず一人で出歩かないから、馬車でここまで乗り付けて来たみたいだけど、その馬車が思いっきり道を塞いでいるんだよね。
目立つ、という言葉に反応した二人はちょっと慌てて馬車を移動してくれた。貴族だから余計に世間体は大事みたい。
だから私も人目に付かないところに移動しようなんて言わなかったんだけど、やっぱり正解でした。貴族階級に無礼打ちなんてことも、人目に付かないところでは普通にあるから、保身は重要です。
「まず、誤解を解いておきたいのですが」
と、前置きをして、お嬢様方に説明をした。
「改めまして、私はリッカ・タチバナと申します。国営の家事代行派遣機関に在籍をしております」
なにそれ、という顔をする二人にもう何度も繰り返したか分からない説明を口にして、深々と一礼した。
「ルーステイル王に雇われた、高位貴族専門の派遣侍女でございます」
高位貴族の人の家って、普通に侍女とか執事とかの使用人がいるって思うでしょう?それがこの国では大きな間違いなんだってさ。
──魔力が高い人の方が、地位が高い。
これ、この国の不文律。
魔力で動かす道具とかが多く、国の仕組みその他モロモロの理由でどうしてもそうなるらしいんだけど、結果として魔力が高い人は必然的に武官だろうと文官だろうと上位の地位を占めるので、身の回りを世話する侍女や侍官みたいな、誰でもできる作業は必然的に魔力の低い者に回ってくる。
ところが、ごく一部の本当に魔力の強い高位貴族になると、本人とその一族が垂れ流す魔力の近くに居続けるだけで、魔力の弱い人間は魔力酔いって言う症状が起きるんだって。
症状は本当に酔っぱらいみたく酩酊感があったり、気分が悪くなったり、または気分が昂揚して呂律が回らなくなったりと様々なんだけど、しばらくの間ならともかく長期間症状が出ると命に係わるので、病気の間は休暇を出されることになる。その回復期間も個人差が大きくて、数日で回復するときもあれば、数か月かかっても回復しない時もある。
魔力を遮断する魔道具っていうのもあるらしいんだけど、魔力酔いを起こす……起こせる人ほどになると数時間しか効果がないみたいで、症状の改善にはならないし、反対に垂れ流す側の魔力を抑える方の魔道具も似た様な性能しかないので以下同文。
で、使用人が居ない間はどうするのか?というと、これもまあ当たり前なんだけど、やたらな使用人を雇えないのが実情だ。だって、まず身元がしっかりしていることが大前提な仕事だからね。新しく雇いました、調度品を盗まれました、そのまま行方不明になりましたじゃあ、目も当てられない。
かといって、雇用期間に対しては短期間で回復する魔力酔いの症状が消えるまでの為に、多くの使用人を抱えるのも費用の面や防犯性や機密性の意味からしてよろしくない。高位貴族ともなれば一介の使用人にも、礼儀作法なんかも完璧をもとめるだろうし、その教育にも時間と労力と費用がかかる。
どこの高位貴族も同じように困った事ではあったけど、一応それぞれの家で解決すべきことであるので、国としては特に何も措置はしていなかったんだけど、事情が変わったのがここ近年……十数年前のことだ。
高位貴族の内、十貴族と言われる特に魔力の強い家の人たちから少しずつ、一緒の家に暮らせない人が出始めたんだって。それまでは母屋と離れみたく親子で棲み分けをして、何とか使用人たちも耐えられるくらいの環境だったのが、短期間でも魔力酔いの症状で倒れる使用人が続出したらしい。……雑務の維持が出来なくなる位に、ばたばたと。
物理的に距離を空けるのは家族全員が大人ならまだしも、子供のいる家は無理なので、大量の使用人を抱え込んで定期的に入れ替えて何とか回していたんだけど、その辺りでやっぱり身元の怪しい人間を雇ってしまったり、その身元の怪しいのが他国の間諜であったり、暗殺者だったりなんてことが実際に何度かあって、これは困ったことになったと貴族同士で相談を始めたのが切欠だったらしい。
根本的な問題解決の方法として、魔力が低くて国の治安維持に問題が出るよりも高いことによる弊害が大きいことから、今までは魔力を高める相手と婚姻を結んでいたけど、その偏向を改めることがまず見直されたけど、すぐに効果があるわけではない。
魔力の強い低位貴族階級の子女を行儀見習いと称して教育することも、今まで以上に広く実施されたけど、必要な人数にはとても足りない。
で、集められたのが魔力の全くない私みたいな子供たち。
魔力至上主義とはいえ、魔力皆無な子供はある一定の数が存在して、魔力の入る余地が体にあれば、膨大な魔力の前にさらされた時に器から魔力があふれて魔力酔いになるが、最初から器がなければ反応しないということが分かったためだった。
魔力がないからと口減らしされる傾向にある子供を救済する意味合いもあって、使用人としての教育をされてから高位貴族専門の使用人として働くようになったんだって。
国営なのは身分を国王が保証する形をとって、身柄を保護するため。やっぱり相手は高位貴族だから、魔力がないってことで万が一不当な扱いをされないように配慮されたから。
派遣先で見聞きしたことは決して漏らさない、魔法というか暗示というか──私は、あれは呪詛だと思うんだけど、認識阻害に意識混濁が加わったようなものを掛けられて働いている。
私は数年前からその機関に登録して働き始めたので、他の同僚に比べれば新人だから、実はカーマイン様ほどの方に派遣されること自体が異例の事だったんだけど、様々な事情が重なって今の状態になっている。ただ、突撃して来るお嬢様方はこの辺りの仕組みを知らない人ばかりなので、非常に羨まれるというか恨まれるのだ。
「つまり、どういうことなの?」
「私を雇っているのは国であって、カーマイン様ではありませんので、私を馘首しても次の使用人が派遣されるだけなのです」
だから私をどうにかしても無駄なんだよね。それに私に手を出したら、最終的な決定権があるのは国王になっているから、その意向に逆らったことになる。
お嬢様たちは下級貴族だろうから、使用人として入り込むのは悪くないとは思うよ。多分、魔力酔いに対しては結構な耐性があると思うし。でもね、カーマイン様に関してはそれ以上の事情があるのですよ。
「私は国の機関から派遣されている身ですが、特にカーマイン様は難しい方ですので、近くに侍る相手も厳選されているようだと聞き及びました」
色々な意味で耐えられる人間が少ないってことを言いたいんだけど、お嬢様方は違うように取ったみたい。まあ、誤解されるように言ったんだけどさ。
「まあ、無礼な!」
「私たちが選ばれないと言いたいの?」
「いえ、そうではなく……」
私はここで何かを決意したような顔を敢えて作って、二人の顔を見た。
年のころは十代後半くらいかな?確実に年下なのは間違いなし。あまり人生経験豊富な感じでもなさそう。気位は高いかもしれないけどまだあどけない感じがしないでもないから、カーマイン様のお屋敷をみれば一発で何が「難しいか」を納得してくれるだろう。
「お嬢様。お時間はまだよろしいですか?仮初の主であろうとも、個人情報を漏らしてはならないので、私には阻害魔法がかかっているのですが、お嬢様方が勝手にご覧になったという形を取れば、お見せできるものがあるのです。そのためにはカーマイン様のお屋敷まで一緒に来ていただかなければならないのですが、いかがでしょうか」
お嬢様方は「カーマイン様のお屋敷の中に入れるの?」と是非もなく頷いた。お嬢様。多分あなたたち、ご両親が暮らしている本家と勘違いしていますよ。阻害魔法の範疇に含まれるので、言わないけど。
本人がいる家の場所を漏らしてもいいのかって?
これ、カーマイン様本人から許可を得てやっていることだから。本当の阻害魔法は、抜け道なんてものはないのよ。
私は早く行きたいというお嬢様方に、御者席に乗せてもらって道を案内した。
面倒くさいので、さっさとカーマイン様の現実を見て退散してもらおう。私と派遣先の主、カーマイン様とは雇用関係でしか結ばれていないのだから、百聞は一見に如かずを地で行って貰うのが一番早い。
説明しても信じてもらえない事をやっぱり何度も繰り返している私は、手っ取り早方法を取ることにしたのだった。
投稿するときに、高機能執筆フォームを起動したら真っ白に消えてしまい、自分も真っ白になりました。幸いコピーがあったので何とかなりましたけど、レイアウト変更してからなんだか不安定ですね。
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