第1章 初めての××
その校門をよじ登り校庭へ降り立つ、少し遅れて降り立つナイアス。
ウチの校庭は明かりが無い為、夜になると真っ暗だ。
街灯が多少照らしてくれているが全然足りない、なので校庭で行う部活は日の入り時間に左右されるのだ。
「どこから行こうか? ナイアスお嬢様」
「やめてよ、そうね……じゃあ音楽室から行こうかな」
「ではお供します」
「だからそれ止めてってばー」
緊張のせいか俺の冗談も切れが無い、お互いにその緊張を紛らわしながら校舎へと足を進めていった。
ナイアスに行き先を決めてもらったがそれは2番目に行く所だ、とりあえず俺の武器を手に入れないとやはり不安だからな。
俺の分身、妖刀 怪異破断滅消を取りに行かなければならない、なんとしても。
「すまんナイアス、やっぱり先に俺の教室に寄ってもいいか?」
「いいけど……どうして?」
歩きながらナイアスは怪訝な顔を向ける。
この先何があるか分からないし、怖いから武器が欲しいとは言えない、だが言わないとそのまま音楽室に直行するだろう、さてどうしたものか……
「ちょっと今日忘れ物しちゃってな、それが無いとこの先支障が出るかも知れないんだ」
よし、我ながらとても自然な言い訳が出来たぞ、これで怖いからとか変な誤解を招く事はないだろう。
「ふーん……じゃあ先にベリアルの教室に行きましょ」
何だか物言いたげな目を俺に向けながらナイアスは校舎の1画へと歩みを進める。
「おい、そっちは入口と方向が違うぞ?」
俺は校舎の中央玄関を指さしながら、入り口とはてんで違う方向へ歩みを進めるナイアスに言った。
「こっちでいーのよ、まさかとは思うけど……ベリアルはこの時間に玄関が開いていると思うの? 先生達は裏の通用口から帰るんだよ?」
言われてみればそうだ、腕時計を見るとっ時刻は20時を回ろうとしている、いくら先生が残っていたとしても中央玄関からは帰らないだろう、そこには学生の下駄箱しか無いのだから。
はて……だとしたらナイアスは何処から校舎に侵入すると言うのだろうか。
こちらを見ようともせずにスタスタと足早に歩くナイアスの後姿を見ながら俺はそう思っていた。
「そういう事は事前に調査済みなんだよね、えーと……ここだったはず……あったあった」
校舎の角まで来るとナイアスは植え込みの中に手を突っ込んでガサガサと何かを探っていた。
ズリズリと植え込みから引っ張り出されたソレは中くらいの脚立だった。
「この脚立、用務員さんがいつもここに放置してるんだ。それでこれを……ありゃ……ベリアルも手伝ってー、引っかかって取れないー」
「はいはい、よくもまぁ調べたもんだね」
ナイアスの言葉を受けて俺は植え込みの中に頭を突っ込む。
明かりは無い為、手探りで脚立と引っかかっている部分を探し、外す。
ただ引っかかっていた枝を数本折っただけなのだが。
「んしょ……ありがと!」
植え込みから顔を出した俺に礼を告げてからナイアスは校舎の壁に脚立をかけ、少し高い場所に位置する窓まで登っていく。
カシャンカシャンと鳴る脚立の音が夜の校庭に響いていた。
「ほら、ベリアルもぼさっとしてないで上がって来てよ」
脚立を登りきったナイアスが俺を急かす、もちろん俺の方は向いていない。
「上向いたら蹴り飛ばすからねー」
「えっ?」
声をかけられ反射的に上を見上げる、引き締まったふくらはぎが道着の裾から覗いており、次に視界に入ったのは靴の底だった。
「ぐべっ!」
鼻を強打された俺は思わず声を上げる。
「見るなって言ったでしょ!」
そう言ったナイアスは目の前の曇りガラスの付いた窓と格闘していた。
……何で俺が上を向いた事が分かったんだ……
なるべく音を立てないように上を見ないように脚立を登りきった俺とその窓が開いたのはほぼ同時だった。
「へっへーん、私の捜査は完ぺきだったって事ね! 計画通りに進んでいいわー」
そのセリフは俺に言ったのかはたまた自分自身への褒め言葉なのだろうか、相変わらず俺を見ない所を見ると後者だろうな。
「んで……ここはどこなんだ? 校舎の端っこみたいだけど……」
開いた窓から顔を出すとあの独特な香りが俺の鼻腔を満たす、フローラルな香りと湿った空気、カビとアンモニアが混ぜ合わさった刺激臭。
「そうか……男子トイレか……しかし臭っせぇなぁ、鼻がもげぞうだで」
片手で鼻をつまみ、口で呼吸をしながら慎重に窓からトイレ内へ侵入する、我ながら器用なもんだ。
「ごごは掃除しでも臭いがら皆づがわないのよ、ひと気が無いがらネズミもだぐざん。ぷはっ! それでますます人が来ないから悪循環なんだよね」
同じく鼻をつまみ話しながらトイレから出るナイアス、そして俺も後に続く。
「よっし! 侵入成功! 目指すはベリアルの忘れ物―」
「随分楽しそうじゃないか、電気くらい付ければいいじゃないか、なんでこんなに暗いんだよ」
「今の時代省エネよ、省エネ。ただでさえ人が来ない所にこんな時間まで電気付けてるはずないでしょ」