第1章 校舎へ
……こらこら、何で赤くなってそっぽ向いてやがる、どうして大事そうに握られた手をさすっている、何故俺をチラチラ見るんだ。
「じ、女子みたいな叫び声あげる男に握られたって痛くなんか無いんだからっ! 驚いても無いし! どうせ合気道やってる超合金だもの! でも私だって……」
言いかけてナイアスは涙目になっていた。
顔を赤くしたり怒ったり涙目になったり忙しい奴だ、そうかこいつもやはり怖いんだ。
「お前怖いんだろ。さっきも俺と一緒に悲鳴上げてたしなぁ」
顔がニヤけているのが分かる。
「と、とにかく! 話を続けるよ! 皆帰っちゃったし時間無いんだからね!」
見渡してみると確かに誰も居ない、教室には俺とナイアスだけ、時を刻む時計の音と開いた窓から入る風とカーテンが戯れている。
そのカーテンの間から差し込む夕日がナイアスの顔を照らす。
夕焼けの独特な光に染まった端正な横顔はどこか物憂げであり、不覚にも俺はその表情に見とれてしまっていた。
嫌いやイヤ! 俺は何を考えているんだ、何で見とれているんだ、答えろベリアル・ストライクス。
「ベリアル……? 文芸部の話だけど……」
「あぁ! 自殺した子がどうしたんだっけ?」
ナイアスの言葉で正気に戻る俺、一体どうしたっていうんだ。
「その自殺した女の子の側には1台のパソコンがあったの、そこには書きかけの小説と、ただ一言。「ごめんなさい」とだけ。それからと言うもの数週間に1度、書きかけだった小説が加筆されていってるって話よ」
「ほぅ……今までで一番怪談らしいな……」
口でそうは言っても俺の頭には怪談の話は殆ど入って来なかった。
それほどナイアスは綺麗だった、今なら男がこぞって思いを寄せるのが理解できた気がする。
俺の考えなど知る由もない彼女はそのまま話を続けた。
「最後の7つ目、これも旧校舎なんだけど……校舎の1番端の北階段、午後22時に屋上へ上る、そして下に降りるといつまで経っても1階へ着かず……そのまま異世界へ行ってしまうという話よ」
「行方不明が2件、正体不明が5件。やはり怪談だけあって最後は階段で閉めるのか?」
最後まで聞くとなんだかバカバカしくなってしまった。
やってやろうじゃないか、なんだか面白そうだ。
「どうかしらね……とりあえず今日の19時半に校門で待ち合わせでどう? わかったわ、じゃあ19時半ね! 一回帰って準備してくるねえぇぇ……」
それだけ言うとナイアスはさっさと行ってしまった。
「ちょ、おい待てよ! 勝手に時間まで決めやがって俺の意見は聞いてくれないのか……」
ため息をつきながら、ふと壁にかかった時計を見ると時刻は17時半を回った所だった。
作戦実行まで猶予は2時間か、のんびり帰ってもお釣りが来るな。
「家が隣なんだから一緒に帰ろうとか言って欲しいぜまったくよぉ」
一人になった教室で愚痴りながら戸締りをする俺。
……誰かに見られている気がする。
視線を感じた、じぃっと見つめられているような感覚、カーテンも窓も閉めた、だとすれば……教室。
ぐるりと見渡すが、何も無い、もちろん誰も居ない。
「気のせいか……」
俺は鞄を肩にかけて足早に教室を後にしたのだった。
カナカナとひぐらしが鳴いている、その優しくも寂しげな音色を聞きながら家まで自転車を走らせる。
家に帰り、昨日の夕飯の残りを平らげて食器を洗う、のんびりしようと思っていても染み付いた動作はさっさとその目的を終わらせてしまう。
携帯をいじりながらソファでくつろいでいるとメールの着信音が鳴る、ナイアスからだった、そこにはただ一言『遅れないように、19時半』とだけ。
「ったく……わかっ……てる……よ、と」
ナイアスに返事を送り、そのまま携帯ゲームを起動させる、ちょっとした時間潰しにと思っていたのだがふと時計を見ると時刻は18時50分、没頭しすぎた。
慌てて着替えを済ませ家を出る、自転車に跨りつつ、
「一応親父に言っておくか……」
連絡義務は無いのだが何かあっては遅いので、自転車を走らせながらカコカコと文面を作る。
『親父へ
ナイアスと一緒に夜の学校探検をしてくる。どうやら旧校舎に行方不明になる階段があるらしいぜ、もし俺が行方不明になったらそこを探すといいかも知れない。気をつけて帰って来やがれ』
「送信……と。とりあえず武器は持って行くか……教室に置きっぱなしだ」
しばらく走り、やっと校門が見えた、時刻は19時20分、間に合った。
見ればそこには合気道の道着に着替えたナイアスが既に到着していた。
「悪い、待たせたみたいだな」
「私も今着いたばっかりだから大丈夫だよ」
なんてテンプレートな会話だろう、俺も多少は緊張しているがナイアスはもっと緊張しているのが表情で分かる。
「何で道着なんだよ……少しは女っぽい服装したらどうなんだ?」
「い、いいじゃない別に! これが一番動きやすいのよ!」
「さいですか。さて……行くか……よっと」
鼻を鳴らして抗議するナイアスを横目に閉じられている校門に手をかける。
校門の高さはおよそ2メートル、太い金属の棒で格子状に作られている為に昇るのは簡単だ。