第1章 学校の7不思議
季節は夏、いつもの朝、いつもの街並み、いつもの通学路、いつもの学校。
セミ達の合唱を聞きつつあくびをしながら当たり前の光景を頭に刻み、噂話や昨日のドラマの話で盛り上がっている女子共を一瞥し、てくてく歩いて行く。
何も無いのが一番幸せだ。
誰も消えるなんて考えず、いつもの明日がやってくる、そう、それが通常の世界。
「気楽なもんだ……」
「な~にが「気楽なもんだ……」だ、気取ってんじゃないよ! 朝からだらしない顔しちゃってさぁ、おじいちゃんに見えるぞ」
声がした方を見ると、そこにいたのは幼馴染であり、俺と同じソロモン高校の1年の女番長、ナイアス・スプリガンだった。
「ただでさえ友達居ないんだからさぁ、もっと居なくなるよ?」
朝っぱらから失礼な事を平気で言い放つナイアス。
「うーるせぇ、大体居ない友達がどうやって居なくなるってんだ? だが訂正しておく、俺にだって友達の一人や二人いるんだぜ?」
「あんたが誰かといるの見た事ないんだけど」
「ば、ばっか! 男はなぁ無駄に群れるモンじゃねぇんだよ」
肩に乗せた木刀に学生鞄をぶら下げながら俺はナイアスに言う。
「ふ~ん……じゃああれは何?」
ぴっとその指が差した先にはバスケットボールを投げ合いながら談笑しているクラスメイトの姿があった。
登校の時間だと言うのになぜ道端で談笑しているのだ、話すなら教室でもかまわんだろうが。
「ふっ……あれは弱い男達だ。真に強い男とは孤独を愛し、孤独を伴侶とするのさ」
自分で言っていて恥ずかしくなり、ナイアスから目線を逸らす。
「さっきから言ってる事がよく分からないけどまぁいいわ、そんな事よりアレよ! あんた今日から二、三日暇でしょ? 付き合って欲しい事があんの」
「何故その事を知っている! さては俺のストーカーかっ!」
「誰がよっ! 頼まれたってそんな事しないわ! 昨日あんたの親父さんから頼まれたの! 二、三日留守にするから息子をよろしくってね。じゃなきゃあんたに声なんてかけないっつーの」
やはりか、親父め、よりにもよってこいつに頼むなんて……
ナイアス・スプリガンとは年が同じで、家も隣同士で幼馴染だった。
昔から男勝りな性格でいつも揉め事に首を突っ込んでは他の男の子達をボコボコにしていた。
彼女の家は門下生200人の合気道の道場を開いており、親父さんは世界でも有名な人物、いわゆる達人と呼ばれる人だ。
一人娘が故か親父さんの溺愛ぶりは推して知るべし、そりゃもう、凄い。
自分の手の届かぬ所で変な男にたかられるのが心配、という理由で、幼い頃からナイアスへ稽古という稽古、特訓という特訓を重ねたのだ。
泣きながら娘に稽古をつけるあの親父さんの顔は忘れない、普通は逆だ。
そのかいあって、ナイアスは道場の師範代であり、男勝りのたくましい女性へと成長をとげ、高校入学初日に女先輩方に見染められ、4、5人に囲まれたのを返り打ちにした事がきっかけで1年の女番長の地位を築いたのだった。
だがその事を知っていても知らなくてもナイアスに恋慕する男は後を絶たない。
ひょろっこい男から筋肉ムキムキのいかついお兄さんまで種類を問わずモテるのだ。
身長165cm 意思の強そうな大きな瞳、端正な顔立ち、腰より長い明るめの茶髪、それを……フォーテールとでも言うのだろうか、後ろで4本に束ね垂らしており、タイトな制服のせいか強調されるふくよかなバスト、俺の見立てではEカップはあるだろう。
ウエストは見事に絞られており、ヒップも小ぶりだが中々弾力のありそうな……
「黙りこんだと思ったら何人の体を舐め回すようにジロジロ見てるわけ……!」
その言葉で俺のナイアス成長観察記録は終わった。
「いやそのほら……美味しそ……成長したなぁって思って」
襟を掴んで交差するのは止めて頂きたいものだ、どんどん力を入れるのも……こいつ俺を殺す気か……
「く、くるし……ぎぶあっぷ! 降参ですから止めて……」
「目が覚めた? ベリアル君。ところでさっきの返答は? ヒマでしょ?」
俺の襟から手を離し、目を細めてナイアスは言った。
「あ、あぁ。だがデートだったらお断りだぜ?」
俺がそう言うと何故かナイアスは顔を赤くしてまた襟締めが決まった。
朝から2度も首を絞められるなんて今日は厄日だ。
結局俺は親父がいない間ナイアスに付き合う事になってしまった。
そこで一度話は終わり、俺は一人で、ナイアスは女友達と学校へ向かって行く。
詳しい説明は放課後するから帰らないでねー、と離れた所で声がした。
「放課後ねぇ……部活あるんだけどなぁ……ま、いいか……」