プロローグ その2
……ぎぃぃぃいい………
その時軋む音を響かせながら扉が開いた。
俺はゆっくりと顔を上げる。
目の前に現れたのは青白い顔をしてげっそりとした男。
目は落ちくぼみ、頬は痩せこけ、生気の無い瞳。
だが今の俺にとってそんな事はどうでもよかった。
その男の胸ぐらを掴み、勢いよく手前に引き寄せる。
「長いんだよおおお! いつもいつもおおお!」
「し、しょうがないじゃないか……腹の調子が悪いんだ……」
青白い男が口を開いた。
だからどうした、俺だってここを使う権利があるのだ。
この瞬間にも腹の底から込み上げる悪意、すなわち猛烈な便意が俺の存在を獣へと変貌させていた。
こんな問答をしている場合では無い!
俺の防波堤はもはや決壊寸前だ。
もしかしたら少し頭が出ているかもしれない。
青白い男を引きずり出し、滑り込むように扉をくぐる。
流れるような動きで扉を閉め、ズボンを下ろし、便器へすっぽりと尻を合わせる!
合わせたと同時にそれの解放運動が沸き起こる。
噴出する悪意の奔流、もはや止める事は不可能だった。
「ふぅ……助かったぜ……ったくあのクソ親父、朝っぱらから一時間もトイレに籠ってんじゃねぇよ」
青白い顔をした男は俺の親父だ。
いつもトイレが長く、最低三十分は籠る。
なので、朝は親父よりも先にトイレを奪い取らなければならない。
これが我が家の開かずの扉の正体だ。
開かないのは何かしら理由がある、例えそれがどんな扉でも。
しいて言えばどんな怪談話にも裏はある。
無いはずがない、俺は心霊や怪談の類はまったく信じていないからだ。
なぜ信じないかって?
簡単な事だ。
信じたら怖いじゃないか。
「父さん仕事で二、三日帰らんから……飯は適当に食べておくれよ……」
トイレの扉越しに親父の声が聞こえてきた。