闇の先
……頭が痛い……ガンガンする……どうなったんだ、体育館で床に引きずり込まれて……ナイアスとミトラはどうなった……
割れるように痛む頭を押さえ、ゆっくりと瞼を開ける。
そこは暗闇が支配するあの体育館では無く、俺の体は苔むした石畳の上で寝転がっており、肌を通して石畳の温度が伝わり気持ちいい。
全身の神経に集中し、指先から肘、膝、関節という関節、筋肉という筋肉に力を入れる。
首だけ左右に動かし見渡してみるが、残念ながら2人の姿は無い、くそっ……どこだここは……体は異常無いみたいだが……腰に手をやると木刀も無事にベルトの間に収まっていた。
頭の中で鳴り響く鐘のような痛みに耐えながら、のろのろと起き上がり、もう一度周囲を見渡してみる。
気温は同じくらいだが湿度は低く、今いる場所は丘の上だろうか、周りには石柱が等間隔で並び、円を描いている。
その中心に俺は立っており、さんさんと照りつける太陽に、視界いっぱいに広がる山々、そして風に揺れる草原。
「嘘だろ……まさかホントに異世界に来ちまったのか……?」
普通ならいきなり異世界にとは思いつかないだろうが、なんせ空に浮かぶ太陽が2つあるのだからそう思わずにはいられない。
2つの太陽はお互いに輝きを競いながら遥か上空に位置しているがやたらと大きい、元の世界の約10倍くらいの大きさか。
あの太陽はよほど惑星の表面温度が低いのだろう、視線を動かし遠くを見渡すと街の様な景色が見える、あそこに行けば何か分かるだろうか。
その街並みを見据えながら足を進めたのだが、そこで俺は思い切り、いやかなり派手にすっ転んだ。
2.3メートルは転がっただろう、さっき自分が立っていた位置が離れて見える。
どうも何かがおかしい、いくら足元を見ていなかったとはいえ、こんなにも転がるだろうか……
首をかしげながら、今度は足元をしっかり見ながらその一歩を踏み出す。
……おかしい……
もう一歩、今度は思い切り力を込めて踏み出す。
「うわわわわ!」
踏み出した瞬間、俺の体は跳び上がっていた、一歩前は軽く体が浮く程度、力を入れていないのにだ。
地に足が着き、覆わず自らの体を見直してしまう。
もう一度、今度はクラウチングスタートのポーズを取り、足に力を込めて大地を蹴る。
1度、2度、3度。
驚きだった、体がとても軽い、気付けば俺は、全速力で自転車を漕いでいる時と同じくらいのスピードを出していた。
「おいおいおい! この調子であの街まで行っちまうか! ひゃっほーーう!」
何故か分からないがこの地では体が軽い、前に前に引っ張られていくようだ。
そのスピードに浸りながら俺は目指す、あの名も知らぬ街へと。
かれこれ30分は走っているが、疲れが来ない、多少スピードを落としているものの、自転車の通常速度は出している。
スピードを出すつもりは無いのだ、感覚では少し早歩きをしている程度なのだから。
丘を降り、草原を抜け、林を抜け、再び小高い丘へと辿り着いた、そこからは例の街並みがはっきりと見える。
高い建物が中央にそびえ立ち、その周囲には家屋が建ち並んでおり、町の周りはぐるりと石作りの壁で囲まれていた。
まるで要塞のように街を囲むソレは四方から人々を吸い込み、吐きだしており、どうやらそこに出入り口があるようだった。
「とりあえず行くかな、鬼が出るか天使が出るか、あいつらの事も分かるかも知れないしなっと」
俺はそう言いながら大地を蹴る、ここまでの行程で分かった事だが、6m程の高さであれば飛び降りても平気だった。
跳ねる様に丘を下り、人々が往来する道まで疾駆する。
入口まで辿り着いた時、視線を感じ振り向くと、ぽかんと口を開けながら俺を見る数人の男女と子供、しまった、何かやっちまったか?
「ど、どうもこんにちはーいい天気ですねーそれじゃあ俺はこれでー」
作り笑いをしながらその人々手を振りながら街の中へ進んで行く、当の人々はただうんうん、と首を縦に振るだけ、
「返事くらいして欲しいモンだぜまったく」
ブツブツ言いながら街の入口をくぐると、やはりそこは別世界だった。
俺が入った通りは商店街のような所らしく、あちこちで人々が買い物に興じていた。
果物や野菜を売る店、肉屋、魚屋、アクセサリーの露天商に酒場まである、ただ俺がいた世界と違うのはどれも見た事の無い食料品、そして人間の他にも歩いている者がいたのだ。
種は様々で、体が木で出来ている人、色黒で頭や額から角を生やしている人、緑色の肌をした小柄な人、熊と同じくらいの大きさの獣の上で遊んでいる小人。
ざっと見ただけでこれだ、もしかしたらもっと沢山の種族が居るのかもしれない。
「喉乾いたな……何か飲み物買うか」
お金を確かめる為ポケットの財布を取りだすが、そこで問題に気付いた、ここは異世界だ、元の世界の金が通用するわけが無い……どうしたもんか……
「仕方ない」
俺が出した結論はいたってシンプル。
「……どこかにお金落ちてねーかなーっと……」
財布をポケットにしまって、地面を舐めるように目を凝らしながら街を練り歩く事にしたのだった。