第1章 呪われた?文芸部
同じ4階にある文芸部までの道のりはお互いに無言だった、怪談の正体が何であれ、この暗黒に包まれた廊下は異質だった。
時に警備員をやり過ごし、残っている先生をやり過ごし、文芸部の部室へと辿り着いた。
ふと校庭で何かが動いている気配を感じ、廊下の窓から外を見る。
するとそこには一人の少女がランニングをしている姿があった、ナイアスから懐中電灯を借り、窓ガラス越しに走っている背中と頭を照らす。
自らを照らす明かりに気付いたのか、その少女は走るのを止めてこちらを向き大きく手を振って来た。
俺が反応に困っていると、その少女らしき声が耳に届いた。
「いつもー! 見回りー! ご苦労様ですぅー! もう少し走ったら帰りますのでー!」
それだけ叫ぶとお辞儀をして再び走り出したのだった。
あぁ、そうだな、もうすぐ連合陸上大会だ。頑張って下さい……
はからずとも7不思議の内の3つが解決してしまった。
今度あの女生徒に会ったら夜に走っている理由を聞いてみよう、それで詳細はわかるんだ、わざわざ校庭まで降りる必要はないだろ。
「ベリアルどしたのー? 早く明かり返してー見えないー」
「あぁ、悪い、ほらよ」
ナイアスへ懐中電灯を返す、がそこで俺はある事に気付いてしまった。
ここは4階で窓が閉まっているのにどうして声が聞こえたんだ……? そう思い校庭に視線を戻すが少女の姿は無かった、考えてみたら下半身が明かりに照らされていなかった、俺は全身を照らしたつもりだったのに……
「な、なぁ……変な事聞いていいか?」
「何よ?」
「い、今さ、声聞こえ無かった?」
「はぁ? 聞こえないわよ。また驚かそうとしたって無駄だからねっ!」
「で、ですよねー……」
やばい、あれは本物だったのかもしれない。
そう思うと一気に血の気が引いた。だ、駄目だ、考えるな。落ち着くんだ、素数を数えて落ち着くんだ……
一方、俺がそんな葛藤をしてるとは露知らず、左手で明かりを受け取ったナイアスは右手で勢いよく文芸部の扉を開けた。
ガラガラビタン! と静まり返った廊下にその音が反響する。
「お前っ! この音で気付かれたらどうすんだよっ!」
「大丈夫よ、きっとそんなに響いてないわ、多分ね」
ナイアスの事だ、気が抜けて力の加減を間違えたのだろう、最低だ。
だがそのおかげで少し気が紛れた様に思う。
暗い文芸部の中を懐中電灯の細い光が照らす。
6つの机を合わせ、長い机のように配置している、その上に並ぶ6台のデスクトップパソコン達。
その中に1つだけ青い光を画面から放つパソコンが有った、誰もいないはずの部屋で起動しているパソコンが……
「おいこれ……きたんじゃないか?」
「そ、そうね……でもほら鍵も開いてたし、誰かが消し忘れたのかも知れないよ? とりあえず見てみよう……」
ナイアスがパソコンへ近づいて行く、パソコンの駆動音だけが部屋の中を満たしている。
しかし俺にはこの部屋にもう一人の気配が感じられた、ナイアスが気付いていない訳がない、恐らく気付いていながらも無視しているのだ。
周囲を見渡しながら、カチカチとパソコンをいじるナイアスに俺は近づいて行く。
「見て、きっとこれよ。執筆途中の作品……」
画面を見ると確かに途中で文章が止まっている、俺はナイアスからマウスを譲り受け、アイコンをある部分へと伸ばす。
クリックするとそこに表示されたのは更新履歴、最新の履歴は……
21時36分、腕時計を見て現時刻を確認する、時計の針が示していた数字は……21時40分だった。
間違いない、誰かがこの部屋に居る、俺達が入ってくるのを察して息を潜めたのだ。
その時、視界の隅で部屋のカーテンが動いたのを俺は見逃さなかった。
「動くな! 貴様ここで何をしている! ゆっくりと両手を上げて出て来い!」
アメリカの警察さながらのセリフを吐いて俺は愛剣、傲岸不遜を抜き放ち、揺れるカーテンに向ける。
ナイアスを見ると、パソコンモニターの青い光に不安げな表情が照らされていた。
「あの……貴様こそウチの部室に忍び込んで何カッコつけてやがるですか……」
その声はカーテンからでは無く、俺の背後から聞こえた。
俺が振り返ると同時に部屋の電気が付く。
スイッチに手をかけながら、小さなぬいぐるみを抱いた少女がそこに立っていた。
整った幼い顔に黒髪のショートカット、赤いカチューシャが印象的な少女だった。
「貴様らは夜中の部室に入り込み、何をしてやがると聞いているです」
やばい、これは良くない展開だ。
カッコつけたのに果てしなく間抜けじゃないか、しかし部屋に入った時は少女の姿は無かったはずなのだが……
「今までどこに隠れてたの? 全然分からなかったけど……」
「不法侵入をし……人のパソコンをいじった上……、存在感が無かったと言いやがるのですか貴様らは……ウチはずっとここに居たのに……」
こちらを向きながら少女は表情を変えぬままプルプルと体が震えていた。
しかし現実で怒りを表現するのにプルプルする人間なんて初めて見たぜ。
「ご、ごめんね? お姉さんと来たのかな? 君いくつ?」
ナイアスが少女に近づきながら話を続けようとするが、少女はぶつぶつと独り言を言うだけで答えようとはしなかった。
「うっせぇクソアマが、ウチはこれでも貴様等と同じ学年ですよ、あんまり調子こいてんじゃねぇですよ!」
上半身は私服だが、よく見ると確かにソロモン高校のカーディガンを羽織りスカートも制服の物だった。