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あと海まで何マイル?

作者: かずひら しい

1.プロローグ


『海から8,5km』


川沿いの土手にあるサイクリングロードには、250mごとにそんな看板が立っている。


「一番初めのには、なんて書いてあるんだろう」


ある日、友がその看板を見て言った。僕らが見た事あるのはせいぜい8kmまでだ。


「『海』かもしれないよ」


「それだけかよ~」


思いついたことを言うと、友は大笑いする。


「そんなに笑わなくても」


僕は少しムカッとした。


「終点に『海』って看板が立っているところを想像したら、おかしくて……」


友はあわてて笑うのをやめたけど、目のふちをこすっている。


涙が出るほど笑ったのかよ。


でもたしかに海の前なのに、看板へ『海』と書いてあったら面白いかもしれない。


「見に行ってみたいな」


川下の方を見ながら友は言った。


「学区外だよ。自転車じゃ行けない」


4年生は親が一緒じゃないと、自転車に乗れる範囲が学区内と決まっている。


見つかると先生にひどく怒られた。


「歩いていけばいいじゃん」


その辺の公園に行くように友は簡単に言う。


「8,5kmって遠くない?」


言われてみると“一番初めの看板”が気になってきた。でも8,5kmを歩くのにどのくらい時間がかかるのか、全然想像つかない。


「遠いだろうけど、今は夏休みだぞ」


「夏休みだと近くなるの?」


「バ~カ。早く出られるってこと」


一応冗談なんだけど、おもいっきりバカにされた。


でも遠足みたいにお弁当をもって家を早く出れば、遠くたって辿り着くはずだ。


それを言うと、友は大きく頷いた。


「そう、遠足。お弁当と水筒と、おやつ持って」


「バナナはおやつにはいりますか?」


僕がしたお約束の質問に、友はニヤリと笑って「はいりません」と答えた。




僕らはいつの間にか『海』の看板を見に行く事に決定していた。メンバーは二人。


明日決行なので、他の人に声をかける時間がなかった。


大体、看板を見るために長い距離を歩く……なんて計画に乗るのはコイツぐらいだ。




2.スタート、なんだけど


「時間厳守って意味わかる?」


時計はすでに11時をまわっていた。約束は10時集合だ。


今朝ラジオ体操の時、あれだけ確認したのに……奴は1時間も遅刻した。


段々強くなっていく日差しの中待っていたせいで、水筒の水は半分に減ってしまった。


「ごめん……寝ちゃって」


手に持った野球帽をいじりながら言う。


どうやら朝ごはんの後また寝たらしい。


「宿題は?」


もっと早い時間に出発しなかったのは、『午前中の涼しい時間に宿題をしましょう』という夏休みの決まりがあるからだ。


毎年8月31日に泣きつかれるので、先に言っておいた。


「ほら、早く行こうよ」


都合の悪い話になったので、奴はそう言ってさっさと歩き出した。


「あ、ちょっと待って」


それを止め、自分の肩掛けカバンから使い捨てカメラを取り出す。


「そんなの持ってきたの?」


奴は目を丸くした。


「こうやって写真を撮ったり、途中の様子を書いたりしたのをまとめれば、立派な自由研究になるだろ?」


「頭いいなぁ」


「まあね」


「で、それ自分だけ?」


奴がニコニコしながら言う。


「まぁ一緒に行くんだから、共同でもいいよ」


後で泣きつかれるくらいなら、初めからそうしておいたほうがいい。


「さすが~ありがとう」


「じゃあ撮りっこしよう。スタート地点だ」


『海から8,5km』の看板を背に、それぞれ写真を撮る。


「レッツゴー」


『海』の看板を目指して、二人で歩き始めた。




しかし何歩か歩き出して、ある事に気づいた。


「筆記用具、持ってきてる……?」


「わけないじゃん」


自分が持ってきた自由帳を何枚か破り、予備に持ってきたエンピツと一緒に渡す。


「共同だけど、書くのはそれぞれだからな」


「ヘイヘイ」


丸写しだと結局いつもと同じだ。自分の力でやってもらいたい……って、同級生だよな?


何故か自分が年上みたいなんだけど。


でも小さい頃から二人でよく遊ぶ。


近所に同級生が奴しかいないのもあるけど、夏休みなんてほとんど毎日一緒だ。


それは……悪くないと思っている。




3.海まで5,3マイル


川は幅もかなり広いので青空がとても広い。


遠くに入道雲が見えるのに、サイクリングロードは太陽が照りつけてとても暑かった。


土手の下にある河川敷には屋根のついた休憩所が見えて、自転車を止めた人が川を眺めている。


「ほら、もうお昼になった」


遠くでチャイムが鳴っているのが聞こえる。12時だ。


「もう少し歩く?」


「当然」


僕が寝坊して遅くなった分を取り返さなくてはいけない。


そのまま歩くと、道の脇に大きなサイクリングロードの地図があった。


「随分広いんだなぁ」


川は4つの市にまたがって流れている。


「上流を目指さなくてよかった」


麦わら帽子のつばを持ち上げ、地図を見ていた友は言った。


上流の終点は海まで行くより3倍の距離がある。単純に20km以上はあるってことだ。


僕がそう言うと「8,5の3倍なら25,5。もう少しちゃんと計算しろよ」と言われた。


別に間違ってないと思うけど、細かい奴だ。




そのうち川岸は、テトラポッドが置いてある地域になった。


釣りをしている人たちがいる。


「釣れるのかな~」


「何人もいるからね。釣れるんじゃない?」


友はあまり釣りに興味がないようで、立ち止まらずにスタスタと歩いて行く。


まだ1kmほどだけど、今までこの辺りまで来たことがなかった。


今度は釣り好きのイトコを誘って来てみよう。


そう思って先にいく友を追いかけた。


気が付くとテトラポッド地帯は終わり、また陸地の河川敷が続く。


かなり広い部分には野球のグラウンドがあって、どこかの野球チームが練習をしていた。


「あ、見て見て!」


友が指を指す遠く川下から、何かが走ってくるのが見える。


「わっ、水上バイクだ」


2台の水上バイクが、水面に白いしぶきを一直線に残して川上に消えていった。


「あれ乗ってみたい」


水上バイクの動きを目で追っていた友が言った。


「うん。いいね」


「今日みたいな日は、飛ばしたらすっごい気持ちいいだろうな」


そういえば友は、自転車をかなりのスピードで走らせる。


将来バイクとか車とかを運転させたら危ないタイプだ。




4.水筒持っていけるかな


「大橋だ」


かなり交通量の多い道路が川を横切る。その橋の下は貴重な日陰だ。


「お昼食べようか」


「うん。お腹すいた~」


まだあまり歩いてないけど時間的には1時をとっくに回っているので、休憩もかねてご飯を食べる事にした。


自分のカバンからメロンパンを取り出す。


母親も働いているのでお弁当は作ってもらえず、テーブルの上に300円が置いてあった。隣からは奴が食べるおにぎりのいい匂いが漂ってくる。


遠足って、やっぱりおにぎりだよなぁ。


そう思って食べていたら、大好きなメロンパンなのにやけにパサついた感じがして、慌てて水で流し込んだ。


「さぁ、出発しよう」


自分は早く食べ終えると、さっさと立ち上がった。


「え、待って」


奴はおにぎりがまだ一口残っていたようで、モグモグ言いつつ立ち上がる。


「急ごうよ。まだ先は長いんだ」


「う、う~ん」


「……ノドに詰まったんだったら、飲み物飲んでからでいいよ」




橋を抜けると川岸にボートがたくさん並んでいる。


「ボート屋さんかな?」


おにぎりを包んであったホイルをリュックに戻しながら、奴が振り返って言う。


「すごく単純だけど、多分そうだろう」


近くの建物に『貸しボート 一日5000円より』と料金が書いてあった。


どうやら釣りをする人用らしい。


写真を撮りメモを書くと、すぐに歩き出す。


日陰から出ると、あっという間に汗が出てきた。


太陽は容赦なく照りつけ、舗装された道路は熱くてジリジリ身体を焦がす。


ノドが渇いたけど、出発の時点で半分だった水はお昼休みでほとんどなくなった。




そのまましばらく同じような景色が続き、ひたすら歩いていく。


「あぁ~暑い」


奴はゴクゴクと飲んでいる。それを横目で見ながら自分の水筒のひもを握りしめた。


それでもまだ二人で話をしながら歩く余裕があった。


「あ、エラーした」「自分達の方が上手だよな」


練習中の野球チームを見て、こっそりヤジったり、


「バーベキューだ」「肉食いてー」とか言いながら歩く。




5.もちろん! 行って帰ってこられるよ


お昼休憩から1時間以上歩いた頃だ。


「あれは消防車だね」


河川敷には消防車が何台も置いてあり、組んであるやぐらに登りながら消防士が訓練をしている最中だった。声を大きく上げて、キビキビと動く。


足を止めてしばらく見入ってしまった。


友は早速その訓練の写真を撮っていて、メモも書いていた。


「カッコイイな。消防士になろうかな」


「前は野球選手になるって言ってなかったっけ?」


僕にすばやく突っ込んでくる。余計なことを覚えているなぁ。


「なれなかったら消防士」


「全然ジャンルが違うじゃん。とりあえずカッコイイものになりたいのか?」


「いいだろ、目指すものが多いのは悪くないと思うけど」


「そーだなー」


「今、なれそうにない職業ばかりじゃしょうがない……とか思わなかった?」


「べーつーにー」


そう言って笑うと、さっさと歩き出してしまった。


「ちぇっ」


そりゃあ、ハッキリ言って友のほうが運動神経いいけどさ。


「ほら、見てみろよ」


友がすぐ近くにある看板を指差す。


『海から4,25km』


やっと半分まで来た。




それからしばらくは、あまりこれといった変化の無い景色が続いた。暑さも変わらず……というより、かえってキツくなってきたような気がする。


友はスタスタと先に歩いては、途中で写真とメモのために立ち止まった。


僕が歩いている間にメモしたことは、水上ボートに貸しボート屋。それと消防士の訓練くらいしかないのに。


ただでさえ暑いし足は痛いし疲れるし……よく出来るよなぁと感心する。


大体『宿題』だと思ってしまうと、こうやって歩くことそのものが面白くなくなってしまう気がする。宿題なんて面倒で嫌いだ。


そういうところ友はマジメすぎる。


せっかくの夏休みなんだし、今まで来たことなんかない場所を歩いてるんだぞ? もっと冒険気分で行きたいと思わないのかな。


『遠足』だ、って自分も言ってたくせに。


だけど汗をかきながら一生懸命な姿を見ると、そんな事は言えなかった。


まぁ、後で写真を見れば思い出すだろう。




6.君達の足が軽くて速ければ


写真を撮り、メモを書いたりしていると、なかなか進まない。しかし奴はメモを書いてる様子がなかった。


「ちゃんと書いてるのか?」


「大丈夫だって」


暑さと疲れで少しイライラしていた。


それは向こうも同じだったのだろう。強い口調で返ってきた。


それから一言も口を利かずに歩く。また水上バイクが通っても無言。


汗は止まらないし足が痛い。


段々何でこんな事するのだろう、とさえ思えてきた。




あと2.5kmの看板が見えたところだった。


「休憩しよう」


久しぶりに奴が口を開いた。


「急がないと」


「すごい汗だぞ。水飲めよ」


「もうない」


「何でいっぺんに飲んじゃうんだよ」


「いっぺんじゃない、お前待ってる間に飲んだんだ。暑かったんだからな!」


思わず大声で言ってしまった。奴は目を丸くしたあと口をギュッと結ぶ。


そして「ゴメン」と言いながら水筒を差し出した。


「え……」


「ここまで来て歩けなくなったら大変だ。一緒に『海』の看板見るんだろ?」


「でも……」


それはお前が飲んでた水筒で。 姉ちゃんが言ってたけど、そういうのって間接……


「まだあるから飲めって」


ためらっていたが、奴は水筒を押し付けてきた。


奴の迫力とノドの渇きに耐えかねたのとで、水筒を受け取って中身を飲んだ。もう冷たくない麦茶だったけど、十分美味しかった。


「ありがとう」


お礼を言って水筒を返す。


「うん、あともう少しだよ。がんばろう」


水筒を首からかけ、ニカッと笑う。


やっぱりバカなことを言っても、遅刻をしても……奴と一緒に来て良かった。






一番暑い時間が過ぎたのか、だいぶ楽に歩けるようになった。風が吹くと気持ちがいい。遠くからでも見えていた電車の通る橋の下にやって来た。そこは金網になっていて、電車が良く見えた。


「初めて見た」


「すご~い。音も大きいなぁ」


電車はよく渡るので、面白くなって何本も橋の下から見送る。


川の反対側は住宅地から、倉庫や砂利が積んである場所に変わってきた。


それから遠くに白っぽい大きな建物と、そのわきに四角くて細く高い建物が見えた。




7.水筒の中身がなくなる前に帰れるよ


「秘密基地かな」


「バ~カ。あんな堂々と秘密基地があるかよ」


一応冗談なんだけど、やっぱりバカにされた。


「あれ、ゴミ収集車だね」


その建物に見覚えのある特殊な形の車が入ってく。


「ゴミ処理場だ」


細い建物は煙突らしい。


「もう海は近いよ」


看板は『海から1,0㎞』だ。


そして前方にはまた大きな橋が見える。


「あれは高速道路だ。通った事ある。向こうは海だった」


友は嬉しそうに声をあげた。


少しでも早くその先へ行きたい。歩くのが早くなる。




『海から0.75㎞』


高速道路の橋を潜り抜ける。


すぐ近くにさっきとは別の電車が走る橋があった。でも僕らはもう立ち止まらない。


『海から0,5㎞』


目の前が開けた。海だ!


『海から0,25㎞』


海も川もキラキラと光る。とても疲れていたはずなのに、いつの間にか走り出していた。道は下り坂で一気に駆け下りると、そこは河口だった。


目の前はテトラポッドの並ぶ海だ。周りには工場や倉庫があって、沖には船が見える。




「……着い、た?」


友は息を切らしている。


「着いたね」


僕も同じく息が苦しかった。それにまだ全然実感がない。


「看板は?」


「そうだ」


実感がないのは看板がないからだ。


「何もない?」


友は悲鳴のような声で小さく叫ぶ。


「道はまだある。行ってみよう」


サイクリングロードは左へカーブしている。岸に沿って歩くと普通の道路へつながっているようだ。


その道路の境目に今までのとは違う、木で出来た立派な看板が建っていた。


『永戸川放水路 0㎞』


目がチクチクするけど、これは海が眩しいからだ。


「ありがとう。二人だからここまで来られた……来てよかった」


じっとその看板を見ていた友はそう言った。そして今までで最高の笑顔を見せた。


「友は宿題のためなら一人でも来られるんじゃない?」


僕がドキドキしながらもそう答えると「バ~カ」とそっぽを向かれた。


今のはどうしてバカにされるの? 疑問に思っていたら、友が右手を差し出した。


僕はズボンで手の汗を拭き握手をする。


その時風が、麦わら帽子からのぞく二つに結んだ友の長い髪を静かに揺らした。




8.エピローグ


「来たら帰らなきゃいけないってこと、忘れてたわ」


「行きに4時間以上、帰りは3時間ちょっと。すっかり暗くなって怒られたよなぁ」


15年後、あの時と同じ夏に僕らは再び『0km』看板の前に立っていた。


今は大人なので自転車だ。僕は野球選手にも消防士にもなれなかったけど、ちゃんと別の職業についていて秋には彼女と結婚する。


あの日がきっかけで、口の悪い遊び友達を女の子として意識するようになった。


かといって「好きです」と告白をしたりされたりした訳でもなく、学年が上がると次第に一緒に遊びまわることもなくなり、中学生になると話しもしなくなってしまった。


相変わらず真面目に勉強して成績が良く、明るく活発な彼女が、何でも並み程度の僕からすると眩しくて遠い存在に思えたものだ。


高校・大学と別々に進学していたのだけど、大学卒業後に偶然再会する。


彼女は口が悪くておてんばだった面影はすっかりなくなっていて、普通の……というか結構カワイイ女性になっていて驚いた。


彼女も夏休みのロードムービーを覚えていたので数年ぶりにしては話しがはずみ、その後も連絡を取るようになって、後に付き合うようになる。


その時になって実は昔の面影が残っていた事に気づくのだが、それはまた別のお話。




前からここに来たいと話題にはしていたが、ようやく今日念願が叶った。


やはり感慨深いものがあったし、それに彼女からも当時何を思っていたのか少しだけど聞けて面白かった。


「あの時の自由研究、金賞だった」


「力作だったもんね」


「友美サマのお陰です」


「でしょ?」


そう言って彼女は笑う。


15年前、この『0㎞』看板の前で見た同じ笑顔で。




しばらく海を見ながら、たわいもない話をしていた。


「また二人で来ような、友」


「そうね。でも三人や四人になってもいいかな」


「……うん、いいね」


海辺から二羽の白い鳥が照りつける太陽をものともせず、青く広い空へ飛び立った。


あの夏の道を歩く、二人の小さな冒険者のように。

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