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13.

 紺野溝近のボディガードが長谷部時宗と言った男は、興味深そうに美鳥を見、腰を浮かして立ち上がった溝近を見、さいごにボディガードを凝視した。

 視線が長くそこで止まる。


「なかなか興味深い顔ぶれだな」


 明瞭な日本語で呟く。

 イントネーションも完璧、ネイティブの日本語で、外国人ではない。

 だがこの男が長谷部時宗だって?

 白人のような長身に、長い足。肩幅はあり、逆三角形のバランスよい肉体だ。

 凹凸のはっきりとした彫の深い日に焼けた顔に、ゴマ塩の短髪。深い知識と教養がにじみ出る、底なし沼のような瞳をしていた。

 美鳥の記憶にある男とは別人である。


 紺野溝近は立ち上がるとナプキンで口をぬぐい、苛立たしげに投げ捨てた。

 紺野溝近も長身だが、長谷部時宗の方がまだ背が高い。溝近はいままでの余裕はどこへやら、ほおを強張らせて緊張していた。

 親指で自分の背後に立っている黒服の男を指した。


「先に言っておくが、そいつのことはお宅のグレムリンは知っている。

 ヤツが紺良の神を通して、押しつけて来たんだからな」

「へえ?」


 長谷部時宗はにたりと笑った。

 端正な彫の深い顔が、子どもじみた人懐っこい顔になる――というより、この邪悪な笑い方はあの「桃城山のタヌキ」にそっくりだ。教師のタチの悪さが生徒に伝染しているじゃないか。


 時宗は両腕を組むと、にまにまと人を喰った笑みを浮かべた。

 溝近も黒服の男もバツが悪そうにそわそわとしている。悪戯を見つけられた悪ガキのような顔である。


「いやあ、色々と噂は聞いていたが、いい男じゃないか」

「噂?」紺野溝近は何かを警戒するように眉根をひそめ、露骨に嫌な顔をした。

「ゴキブリだとかウジ虫だとか、変態とか変質者とかマザコンとか。あとはそう、腋臭とか、カバとかバカのカバとか……。

 ま、それはそれ、これはこれとして、宜しく」


 時宗はにっと歯を見せて笑って手を差し出したが、溝近は動かなかった。気づいていないのだ。

 あわててボディガードが囁いた。


「若、時宗さまが手を出されています」


 あ、と溝近が顔色を変え、慌てて手探りで時宗の手を握ろうとするのに、時宗は「なるほど」と呟くと、両手で溝近の手を握ってぶんぶんと振り回した。


「なんだ、君、眼が見えないんだな」


 デリケートな事をデリカシーもなくズバズバと言う。

 溝近はくっと喉の奥でうめき、艶やかな髪を揺らしてうつむいた。その肩がわなわなと震えている。


「お宅のグレムリン仕業でしょーがっ」

「あァ、そういやァ、聞いた気もする、そりゃあ悪かった。

 すまん、すまん」

「ひ、ひとの一生の問題をそんな軽く謝られても……」

「だからすまんかったって」


 がははははと時宗は陽気に笑って、溝近の背をどんどんと叩いた。

 不意に溝近がか細い悲鳴を上げた。奇妙な格好をして、身をよじっている。

 良く見ると、時宗の手が溝近の尻をさわさわと撫でていた。

 溝近が叫んで逃げようとするのを、よほど気に入ったのかむにゅむにゅと力を入れて揉みはじめた。


「ち、ちょっと、公共の場で何してるんですかっ。

 や、やめてくださいっ」

「なんだ、生娘みたいな声あげて。密室ならいいのか? いやあ、予想外にいいカラダしているな。

 どうだ? うちの娘婿にならないか」

「はァ?

 いきなりなに言ってんです? だいたい、そちらの一族にゃ、オレなんかに声をかけなくてもいくらでも、もっといい男がわんさかいるでしょーが」

「いやあ、それが皆に断られて。

 志摩津にも声をかけたら、これいじょう恥をさらすなと、弟たちに止められたンだ」

「ったって、そちらの血筋なら絶世の美女でしょうが。いくらだって本当は婿候補がいるのでしょう。

 つか、触らないでくださいっ」

「減るもんじゃないし、ケチケチするな。

 ま、ウチの娘は正真正銘、鑑定書つきの立派なブスだからな。顔も悪いが性格はさらに悪い。はっきり言って、弟たちの方がよほど美人でしとやかだ。

 しかも学歴なしの無職、家事の類は一切だめ、取りえなし。特技なし。

 だからせめても若いうちに、それなりの男に押しつけたいんだけどなあ」

「そんな不良物件、門外不出にして、他家に押しつけないでください」


 長谷部時宗は豪快に笑うと、いきなり溝近の肩に腕をまわし、ぴたりと密着して抱きしめた。

 溝近の切りそろえられた艶やかな髪が揺れ、表情を隠した。

 傍から見たら、長身の美しい男同士、ゲイのカップルのようでもある。アナザーカントリー、モーリス、趣味の問題、耽美映画の名シーンのよう。


「じゃ、飲みに行くぞ」

「はあっ?」

「これから銀座のクラブに誘われているんだが、じじいばかりで面白くない。

 ちょうどいい、一緒に来い」

「勘弁して下さい、見て分からないんですか、デート中ですよ、デート中。

 野暮はやめてください」


 ふ、と長谷部時宗は奇妙な表情を浮かべた。

 顔を寄せて、溝近の眼を覗きこむ。息がかかるほどの距離である。まるで愛人に口づけをするかのような距離。

 だが、眼が見えないはずの溝近が、気圧された様に顔色を失った。


「見て分かったから、言っている。

 晄君、後は任せる。女性には恥をかかせるんじゃない。

 鈴城美鳥君、次に来る時はこそこそせずに、授業のある時に堂々と来なさい」


 長谷部時宗は一方的に言い放つと、露骨に嫌がってもがく溝近を引きずるようにして中年の男たちと合流し、出て行った。


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