12.
煌めくシャンデリアの下、シェフ・ド・ランが恭しくメインの肉料理を運んできた。ワインは白から赤へと変えられている。
果実の香り高い赤ワインを口に含むと、意識が陶然としてくる。
紺野溝近は身を乗り出して、皇帝というものについて熱っぽく語っていた。秦の始皇帝からはじまってナポレオン、オスマン=トルコのオルハン皇帝…………、帝王学から無能な皇帝の存在意義、生まれた時からの君主たること、紺良帝国のプリンスである自分の自慢のようにも聞こえなくもないが、そんな男の子っぽさも可愛らしい。
なにより博学である。
歴史、文化、政治、なにを話題にしても途切れることはないし、独自の解釈や、着眼点も鋭くて面白く、美鳥自身が勉強にも刺激にもなる。
こんな男が世の中に居たこと。
いま、自分を前にして饒舌に上機嫌でいること。
この世の中のありとあらゆること、すべてに感謝したい。
先ほど、一瞬とはいえ、あのファンシーリングを外したことに怯えた自分が恥ずかしい。あんなちゃちな指輪がお守りになるはずがない。
あれをとっさに外せた勇気と機転が、分岐点だったのだ。だから今、自分はこの場所に居る。
これから、もっと高い場所に行ける。
うっとりとしながら紺野溝近の一方的な話題にあいづちを打っていると、不意に下卑た男たちの声が響いてきた。
この空間には似つかわしくない、酔っ払いの中年男たちだ。個室からどやどやと塊で出てきている。その中にはジーンズの男もいる。この店にジーンズで入店できるのか? どうしてドレスコードにひっかからなかったのか。
見るともなしに見てしまう。
他の客たちも振り返っている。
あ、と思わず息を呑んだ。
見覚えのある顔がいくつかあった。
大手出版社の名物編集長と呼ばれている顔ぶれた。役員になった男もいる。年甲斐もなく楽しそうに上機嫌ではしゃいでいる。
男たちが取り囲んでいるのは、長身の、ラフなジーンズ姿の男だった。
ハリウッドのスターのような長い足に、彫の深い顔立ちの、白髪混じりの男だ。
だからか。
こういう名門店は有名人には存外に弱い。マスコミの権力者もそうだ。一般人がジーンズをはいてきたならば、慇懃無礼に追い出すが、白人の著名人ならば特別ということなのか。美鳥がいちばん嫌いなパターンである。
ジーンズ姿の男がこちらへ顔を向けた。
なぜか美鳥と眼が合ったような気がする。
気のせいだろう。そんなはずはない。
だが。
どこに隠れていたのか、黒服の男がひどく慌てた様子で、紺野溝近に音も立てずに擦りよっていた。
紺野溝近のボディガードの男である。
「すみません、気づくのが遅れました。
長谷部時宗さまがいらっしゃいます――アっ、来られました…………」
黒服の男が言い終えるよりも前に、ジーンズの男性が美鳥たちのテーブルの脇に立っていた。