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夏の終わりを、虫がうたう

作者: 小塚千代

8月26日。もうすぐ、中学2年の夏休みが終わる。



「くだらねえよな」

プールの帰り道、幼馴染みの柏崎清司が、水着の入ったバッグを蹴りながら、いった。

ぼくは清司の怒りの矛先がなんなのか、よくわかっていた。それが、怒り、ではなく、妬み、であることも。

ぼくたちは、同じ町内の子供会に所属していた幼馴染み。中学に上がってからも、仲良くやっている。

しかし、昔からふたりきりでいたわけではない。以前は仲良し三人組だった。最近になって、ひとり抜けたのだ。

そいつの名前は、相島健吾。サッカー部で、顔もいい。あげくの果てに、今年度から家庭教師をつけられたせいで、成績もうなぎのぼり。そんなやつを、思春期の女子が放っておくわけもなく、健吾は、2年生になって、すぐに彼女をつくった。相手は、学年で一番かわいいと名高いアイドルみたいな子だ。しかも、噂によると、いろんなことを早々に済ませたらしい。しかし、そんな噂は遠くからしか聞こえてこなかった。健吾とは、このところまともに話をしていない。

ぼくらのような地味なタイプは、男同士で県営のプールにいくことくらいの娯楽しか、縁がない。

その対極的な者同士が、ついさっきプールで出くわしてしまった。

健吾は、ぼくらに軽く挨拶するだけで、すぐに彼女をつれて、ウォータースライダーの列に消えた。

彼女は、ぼくらを見ることすらしなかった。ぼくたちは帰り道、コンビニに寄り道して、かき氷を買った。

「お前さあ、進路どうする?」

公園のベンチで、かき氷をちびちびたべながら、清司がいった。

清司といえば、勉強がだいきらいで、夏休みの宿題だって、まだ半分も終えていないような奴なのだ。

まさか、進路の話をしてくるなんて。ぼくは、面食らった。

「まだ決めてないけど、公立かな。たぶん」

と、ぼくがこたえると、清司は「ふーん」といって、またざくざくとかき氷をかき混ぜ、ちびちびと口へ運んだ。


清司の家につながる路地の前。いつも、ぼくらはここで解散する。

最後に清司は、「実は、おれ、引っ越すかもしれないんだ」といった。

ぼくは耳を疑った。けど、意地っ張りで負けず嫌いの清司の目が、すこし潤んでいるのを見て、嘘じゃないとわかった。

ぼくは、小さく頷いた。



ぼくは、いつまでも同じような、子供の頃のような毎日を送れるものだと思っていた。

きっと、清司も、健吾も、そうだったろうと思う。

しかし、本人の意思とは関係なく、世の中は動く。ちっぽけなぼくたちは、その動きに必死でしがみついて、振り落とされないようにするほか、ない。



清司と別れ、家に着くまでの短い間に、ふと、セミが一匹も鳴いていないことに気がついた。この間まで、あんなにたくさんいて、煩く鳴いていたのに。日常の変化は、こうやって、知らぬまに激変していくんだ、と思った。

そのとき、ジジッ と小さい声をあげ、セミが飛んでいった。

夏においていかれてしまったあのセミは、今日、どこへ帰るのだろう。

ぼくは、セミと自分を重ねながら、家路を急いだ。

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