売られた先の使用人達がゆうしゅう過ぎて、即逃げ出した件について
帝都から三日、馬車に揺られて到着した辺境伯領都は見事な堀と石壁に囲まれていた。
二つの堀と二つの門を抜けて、領都のメインストリートを通り抜けた先、領主館を目指して馬車は行く。
私をそこに売りに行くために。
館の前に到着した私を迎えたのは、二人の男性だった。
見るからに領主と執事といった風情の二人に、簡単に挨拶をする。
「お初にお目にかかります、ローレット伯爵家が娘アヤカと申します」
「私がこの地の領主ジンク・クロメルだ、今回は急な事となり申し訳ないが、よろしく頼む」
「こちらこそ、本日よりよろしくお願いいたします」
申し訳なさそうに微笑む領主様に差し出された手を握り返している間に、後ろに控えた執事が小箱を御者に渡しているのが見えた。
あれが私の代金なのだろう。
馬車を確認した執事に他に荷がないか訊かれたが、何も乗ってないのでそのまま帰ってもらうよう頼んだ。
手持ちの鞄一つの私を執事が怪訝そうに見ていたが、何をどう見ても荷物は増えないし、表情はもうちょっと隠した方がいいと思う。
領主様は館の中まで私を案内してくれると、仕事があるからと去って行った。
私は執事から紹介されたメイドの案内で客間に案内されたが、その間に向けられた視線は中々に不躾な視線で、この領地大丈夫なのかな…と思い始めた所。
「ねえ見た?あの不機嫌そうな顔」
「見た見た、噂通り目つきもきつくてヤな感じ」
「金で買われたお飾りなのわかってるのかしらね」
「荷物はなんかしょぼくれた鞄ひとつだって」
「えぇ、旦那様のお金で散財する気満々ってこと?!」
「名目上の妻にそんなお金渡さないでしょ」
「噂通りなら、体で篭絡して出させるつもりかも」
「とにかくアレをフェルマ様に近づけないようにしないと」
「旦那様の寵愛を受けてるフェルマ様に嫉妬してるでしょうからね…」
客間の外からメイド達が聞こえよがしに話す声が聞こえてきた。
なるほどなるほど、領主様の最愛とやらはフェルマ様と仰るのか、情報センキュー。
あと、ここのメイド達は帝都で流れていた私の噂をまるっと鵜呑みにしているらしい事がよくわかる。
嫁入り名目なのに案内された殺風景な客間といい、歓迎する気はないというアピールらしい。涙ぐましい努力だこと。
***
私、アヤカ・ローレットは、三日前までローレット伯爵家の嫡子だった。
素行不良ゆえに三日前に廃嫡され、嫁入りのために辺境まで来た事になっている。
よくある話ではある。伯爵家嫡子の母が婿入りした父を毛嫌いしており、父似の私を嫌っていたという話なので。
父の死後に伯爵家に迎え入れられた男と異父妹は、母の意向を汲んでよくよく私を軽んじてくれた。
母をすごいなと思うのは、異父妹が私と一歳しか違わなかった事だ。
私の世話は乳母に丸投げだったとは言え、よく出産直後に…いやそこは割愛しよう。
運が良かったなと思うのは、父の死が私の貴族学園入学後であった事と、私が父の血を受け継いで魔力が強かった事。
おかげで成人までは学園寮に逃げ込んでいられたし、成人後に実家に戻った後も男に手籠めにされずにすんだ。
色んな意味で身の危険を想定していた私は、実家に帰るにあたって護身用のカウンターマジックを幾つか仕込んでいたが、男は私の帰宅後すぐにそのカウンターを満遍なく発動させてくれた。
伯爵家エントランスで花火のように打ち上がった男は、なかなかの見物だった事を付け加えておく。
それでも懲りずに私の部屋に押し入った男は、念の為にと仕掛けておいた呪いによって素敵な禿頭へと変身。
母お気に入りのさらさら金髪が死滅したイケメン男は、私に夜這いをかけた事と相まって母の怒りを買い、伯爵家追い出された。
ついでに私の廃嫡理由もそちらになすりつけた手際に関しては感心している。
その後、母の私への当たりは強くなったが、もう他家に売られる事は確定していたので思う所はない。
異父妹は母似で父譲りの金髪が映える美人だった。母は自分の藍色の髪色が大層お嫌いで、金髪に恋焦がれていたらしい。人の好みは様々である。
ちなみに、婿入りした父は亜麻色の髪色だった。私も父より少し濃い亜麻色の髪をしている。
まあそんなわけで、金髪のかわいこちゃんを手元に置きたい母が、私を売り払ったという話だ。
個人的に、異父妹に思う所はない。
直接的な嫌がらせをされたわけではないし(なんか色々持っていかれはしたが)別にお家乗っ取りという形にもならないので。
学園内や市井で変な噂は流されたが、それは母も男もやっていたし、私の生活には影響がなかったので放置していた。
私の事をちゃんと調べたならすぐ嘘と気付くような内容だったし。
全員に流された噂をまとめると
金遣いの荒い、我儘で、傲慢で、乱暴な娘
であり
美しい妹に嫉妬して、嫌がらせを繰り返す姉
かつ
母の愛人を色仕掛けで篭絡し、それを罰せられて
嫡子の座を追われた、ろくでもない性悪女という事らしい。
うーん実によくある面白味のないやつですね…としか言いようがないわけだけど。
なんとまあここの使用人達は実に素直にこの噂を信じているらしい。実にぴゅあっぴゅあ。
それがメイド達だけではない事は、ちょっとうろついただけでもわかった。
特に執事と家令、執務室や 領主様の私室に近づこうとするとすごい形相で止めに来る。暇なの?
ほんと大丈夫かなこの領地……
とは言え。
とは言えですよ。
私は売られた先に到着して、嫁入りしますよの名目は立ったわけ。
元より、領主様が最愛様との婚姻を親戚連中に認めてもらえず、とりあえず高位貴族のどうとでもできそうな娘を金で買ったというだけの話なのだから、私がここに居座る必要もない。
「居心地悪いし、色々心配になっちゃって精神衛生上もよろしくないから、さっさと出ていきたいよね」
そんなわけで、荷解きもしないまま館内をうろついて、呼ばれそうにない晩餐の席にお邪魔する事に成功した。
***
大変気まずそうな顔をした 領主様と最愛様の前にはおいしそうな晩餐。
私の前には急遽カトラリーが並べられている。
さて同じ料理が出てくるのかな?というのをちょっと楽しみにしているが、まあ本題はそこではない。
「私の晩餐は部屋に用意される予定だったのでしょうか?
連絡をいただいていなかったとは言え、失礼しました」
にこやかにそう告げると、領主様がひきつった笑顔を浮かべた。
いや来てほしくないなら先に言え。そうしたら来るのは食後にしたのに。
「い…いや、こちらの連絡もれだったようだ、すまない」
「まあ、私もこちらで晩餐をいただくのは本日が最後でしょうから、お許しください」
にこやかにそう応えて、並べられた(一応同じに見える)料理に手を伸ばす。
その言葉に領主様と最愛様が驚いたような顔をする。
毎回押しかけてくる気だとでも思ってたんだろうか?やらんわそんなめんどくさいこと。
「それは…どういう」
「私の役目は終わりましたので、明日の朝にでも出ていこうかと思っております」
「ぇ…?」
「役、目…?」
困惑しきりで単語しか出てこないお二人、ちょっとおもしろいな。
「えぇ、私の役目は『娶る予定の伯爵家令嬢が館に入った事実を作る』事ですよね?」
少なくないお金をかけてご苦労様です、とは思うも、そこまでは口にしない。さすがに。
「あとは私がこの館を出ていけば『立場を弁えない娘が捨てられて出て行った』みたいな感じで丸く収まるでしょう?」
「そんな…!」
「その手が…」
驚きの声を出すお二人に、こっちがびっくりする。なんも考えてなかったんかい。
え、じゃあ何?ここでこの話を出さなかった場合、私はお飾りの妻として冷遇(笑)されながら留め置かれ、お二人はそれを横目にイチャイチャするとかそういう計画だったわけ?いやだよ出てくよ。
「幸い、領主様の想い人であるそちらの御方と私の髪色は似てますし、入れ替わった所で気づかれないでしょう」
「いや、しかし君のご家族にはバレるのではないか…?」
「家族とは不仲ですし、おそらく私の顔なんぞ覚えていませんよ」
髪色は覚えてるだろうけど。特に母。
「もし結婚式に参列すると言われた場合は、髪色だけは私のものに合わせる用にしておいてください」
来ないだろうからその心配はない。とは思うけど一応ね、忠告はしておく。
「もしそちらの参列者でお相手様のお顔を覚えてる方がいらっしゃるようであれば、一時的に顔をごまかす魔法道具など用意してください」
それで事なきを得るはずです。
そこまで説明した私は食事を進めることにした。お二人は何か考えているようだが、必要な事は説明したので後は好きにしてほしい。
食事に毒は入っていないようだったので、味は魔法で整えながら食べた。材料が良いのでおいしかった。
私がデザートまで食べ終えたあたりで、ようやくお二人の中で気持ちが固まったらしい。
「アヤカ嬢、助言ありがとう、君の言う通りにしようと思う」
「どうぞお気になさらず、では私は夜が更けた頃合いに出ていきますね」
「ほんとうに、ありがとう」
冷める料理を物ともせず、お互いの手に手を取って目を潤ませるお二人、実に感動的な場面ですね。
「あ、名前だけはお気をつけくださいね、今からお相手様は『アヤカ』様です」
「!」
「私はこの館を出てからお二人とは全く関係のない名で生きていきますので」
必要な事はこれで伝え切ったはず。
お腹も満ちたし、用は済んだ。抱き合って一向に食事の進まないお二人を見ていてもしょうがないので一足先に食事室を後にした。
***
与えられた客間に戻って身支度を始める。
そこそこサイズの革トランクを開いて着替えを取り出し、トランクの中から抱えられるくらいのサイズ革袋を取り出す。
着替えと当座必要そうな小銭と食料を机の上に並べた後、トランクから順に革袋に収めていく。
空間拡張・重量軽減などの魔法を施した革袋に全ての品を収めて、あとは良さげな時間を待つだけだ。
ちなみに、嫁入り道具一式もこの革袋に入っている。
二階建て倉庫分くらいの収納量がある便利袋なのである。もちろん自作(ドヤ顔)
***
ほとんどの人は寝てるけど、起きてる人は起きている…くらいの時間になったのを確認して、客間を出た。
見られて困る事はないので正面扉に向かった所、エントランスに領主様たちが揃っていた…いやいつからいたんだ?お見送りいらんけど。
領主様と最愛様以外はと家令、執事、あとメイド長だろうか、お二人以外は不審そうな顔を隠しもしないんだけど。
普段からそうなの?もうちょっと取り繕って?
そんな私の内心を知るはずもないお二人は神妙な顔をして、小袋を差し出してくる。
「私達のためにありがとう、これはささやかだが餞だ」
「どうかお気をつけて」
「えーと…はい、ありがとうございます」
もらえる物はありがたくもらっておく。
「そんな物を与える必要が本当にあるのですか」
「出て行ったと思わせて、どこかに潜んで館を荒らすかも知れませんよ」
「まあ、まるで悪心を持った賊のように思われているのですね」
最後だし少し構ってやろうの気持ちで、丁寧に煽る。
すごい顔しているので顔面筋が柔軟だなあと感心してしまう。
「そのような心配があるのでしたら、私の魔力波長を拒絶する結界でも設置してくださいませ」
私の魔力波長サンプルを差し上げますね、と家令に小さな魔力石を渡す。
髪と同じ亜麻色の魔力石は見た目も美しいので良いお小遣い稼ぎになる、という事で常に幾つか作って持っている。
先ほどの餞の対価としてもちょうど良いのではないだろうか。
「館には戻らなくても、街である事ない事吹聴するかも知れません」
「大層罵詈雑言のフレーズが豊富なお方のようですし」
「魔力封じを施してどこかに閉じ込めておいた方が良いのではありませんか」
順に執事、メイド長、家令である。
不審人物は手元に置くのも怖いが、外に出して悪評触れ回られるのも怖い、と。
その不安はまあ妥当だと思うけど。
じゃあなんで館に入れるのを阻止しなかったのかを問いたい所。
「皆、控えろ、彼女は我々に救いを示してくれたのだ」
領主様が三人を抑えてくれる。しかし彼らを不安にした諸悪の根源も貴方なんですよね…
「まあ、よくわからないモノが怖いのはしょうがないと思いますので」
そう言って私は一枚の書類を取り出す。
なんかゴネられた場合にと用意しておいて良かった。
「こちらに、クロメル様とその周囲に不利になる行いをしない旨を認めた、魔法誓約書を用意しました」
魔法誓約書には、誓約を破った場合の罰が異なる三種類のものがある。
罰の軽いもの、罰が身体に痛みをもたらす類のもの、罰が周囲に見える形になるもの。
そして、罰の重さと価格が比例する。
私が取り出したのは一番高い誓約書だ。
「こちらに、私の血で署名と捺印致します」
「…本物です」
「誓約内容もまあ、これなら…」
「あとは言うように結界を用意しておけば」
私の出した誓約書の検分をしているが、特に問題はないはずだ。
領主様達全員が納得した顔で頷いたのを見て、署名捺印をする。
魔法誓約書は淡く光った後、私の署名捺印以外を残して見えなくなった。
「ではこちらは置いていきますね」
「あぁ、何から何まで…ありがとう」
ようやく解放してもらえるようなので、これで心置きなく出ていける。
最後に一つだけ助言を。
「そうそう、私の事を随分な性悪とお思いのご様子でしたが、情報収集と精査方法を見直した方が良いと思いますよ」
大きな失敗をする前に、是非。
「噂は侮れませんが、同時に操る事もできるものですので」
にこやかにそう告げた後、そんな事はわかっている馬鹿にしているのか等の叫びを無視して正面扉を出る。
ちょっと声を震わせて挨拶を。
「短い間ですが……お世話になりました…」
扉を閉め少し間を置いたあと、館を後に街まで走り去る。
街中では、門番やすれ違う人たちには顔がしっかり見えないよう、最愛様に寄せて少し黄色を強くするように幻影をかけた髪色が印象に残るように、うつむいたまま移動する。
適当な宿屋に駆け込んだらそこで本当に私の役目は終わりだ。
清々した気持ちで、追い出されたかわいそうな娘を装うためのワンピースを脱ぎ捨てた。
***
いつもの恰好に着替えて宿を出ていく。
向かう先は冒険者ギルド。
夜もそこそこ更けているが、ギルド職員は三交代制で一日中開いているので問題はない。
「こんばんは~、拠点移動の手続きに来ました」
受付でそう言って、身分証のプレートを出す。
上位ランクを示すプレートに刻まれた名前は『ティル』。
父が死ぬちょっと前に、冒険者登録の許可と冒険者用の名を貰った。
それからずっと私は冒険者のティルとしての活動がメイン、必要な時だけ学園生という生活をしていた。
母はこの事を知らない、男も。使用人は皆知っている。異父妹も…多分知ってるなあれは。
「あぁ、帝都から移動の方ですね!お話は聞いています」
壮年の男性が、そう応えながら奥に向かってギルマスを呼ぶ。
「おお、あんたがティルか、待ってた!」
隻腕の大柄な女性が出てきた。思っていたより大きい、見上げるためにのけぞってしまう。
「はい、私がティルです、今日からよろしくお願いします」
「帝都のギルマスと、ローレット家の新当主から連絡のあった手配については済んでるぞ」
異父妹よ…もう当主になったのか…あのこほんとゆうしゅうだなあ。
使用人に頼んでいた連絡を代わりにやってくれたらしい。ちょっと遠い目をしてしまう。
「ありがとうございます、では早速拠点移動の手続きをお願いします」
幾つかの手続きと受け取り対応を済ませ、用意された新しい住まいに移動をしてようやく一息ついた。
異父妹からは手紙も届いていたので、簡単な荷解きを終わらせてから目を通す。
連絡事項と、確認事項が数項ずつ。
まず、当主交代は済んだが母はそのまま伯爵家に住む事。
元々あの家は領地なしなので、当然と言えば当然だ。
次に、異父妹の婚姻の連絡。母も納得の金髪碧眼事務方優秀人材を見つけたらしい。
母は爵位や血筋にあまり拘らないので、良い商家の息子でも捕まえたのではないだろうか。
うまくやってほしい。
確認事項は、結婚式の日取りと参加できるかの確認。
『アヤカ』ではなく『ティル』での参加を求めてくるあたり、あの子も私と同じように考えたのだろう。
それと、私が冒険者として入手する可能性のある希少部材の優先購入権が欲しいという話。
購入権についてはギルドとのすり合わせも必要だろうから、返事のお届け依頼を兼ねて明日相談しようと思う。
伯爵家はあの子に任せておけば問題ないだろう。
私の方も今までの生活とほぼ変わらないはずだ。
母には蔑ろにされていたが、使用人達はそれに倣う事はなかった。
異父妹は母の意向を汲んだ形で私と関わっていただけだった。
噂が私の生活に影響を与えなかったのは、生活基盤がすでにティルとしてのものだったから。
私の事を確認したいなら、伯爵家の使用人を一人でも捕まえて確認をすればよかったのだ。
その程度の能力も伝手もない領主館なんて、一刻も早く逃げ出したくなるじゃないですか。
でも、明日からローレットの名を捨ててすっきり冒険者生活を始められるのは彼らのおかげ。
私を買ってくれてありがとう、と明日には忘れるであろう感謝を捧げて私は眠りについた。
***
後日、風の噂で辺境伯が身代を持ち崩し、お家取り潰しとなったと聞いた。
いやー…そりゃ一年やそこらで情報収集能力も上がらないかあ、ご愁傷様…と手を合わせる。
市井の噂を素直に信じる良い人達がいてね…という噂を、何か所かで流したら、美味しく食い荒らされてしまったらしい。
誓約?破ってないよ。良い噂を流しただけだから。
今度の領主様はちゃんとしてるといいね。
異父妹はシスコン
妹の話はこちら↓(花火の詳細もちょっと入ってる)
https://ncode.syosetu.com/n9394mb/




