2話 桜の木が呼んでいる
夏休みの朝。セミの声が元気よく鳴き響くなか、美咲は電車に揺られていた。窓の外には、去年も見た緑の山々が流れていく。
「やっと会える…」
胸の奥が少しずつ熱くなる。祖母の家に向かうのは、もちろん祖母に会うためでもあるけれど、本当の理由はひとつ。――あの“影”に、もう一度会いたいから。
駅を降りて田んぼ道を歩くと、懐かしい景色が広がった。大きな桜の木が、祖母の家の庭からこちらをのぞいている。去年と同じ場所に、変わらず立っている姿に、美咲は思わず小さく手を振った。
「ただいま!」
玄関を開けると、祖母のやさしい笑顔。荷物を置いて靴を脱ぐと、家のにおいが一気に蘇る。畳の香り、少し湿った木の匂い…。すべてが懐かしい。
けれど美咲の耳は、別の音を探していた。
夜になれば、きっと聞こえるはず。あの、小さな囁き声が。
その日の夜。布団に入り、静けさが広がると、美咲は息を止めるように耳をすませた。
――サワ…サワ…
風にゆれる桜の葉の音。その奥に、確かに混じっていた。
「…また来たね」
心臓がドキンと跳ねる。声は去年と同じ、でも少し寂しそうに聞こえた。美咲は布団を抜け出し、そっと窓を開けた。
月明かりに照らされた庭で、桜の木の影がふわりと揺れた。
そこに――待ちわびていた友だちの気配があった。
「今年も一緒に遊ぼうね」
美咲が囁くと、影はひらりと揺れて返事をしたように見えた。