1話 もう一つの囁き
次の日、美咲は祖母の家の庭で遊んでいた。桜の木の下で影と追いかけっこをしながら、笑い声が木々に響く。影は元気よく跳ね回り、美咲も思わず夢中になる。
ところが、ふとした瞬間、耳に聞き慣れない声が混じった。
「こっち…来て…」
美咲は立ち止まる。さっきまで一緒に遊んでいた影とは違う、少し低くてひそひそとした声。振り向くと、庭の影の中で、もうひとつ小さな気配が揺れている。
「え…誰…?」
影は美咲の手に飛び乗り、戸惑ったようにヒラリと跳ねる。どうやら、今までの友だちの影は、危険を知らせようとしているみたいだった。
美咲は恐る恐る声のする方向へ近づく。影もそっとそばを離れず、ひらりひらりと誘導するように動く。
庭の片隅、去年見逃していた小さな窓の下に、もうひとつの影がひっそりと現れた。その影は、遊びたいのではなく、どこか切なげで、寂しさをまとっている。
「どうして…ここに…?」美咲は小さくつぶやく。
その瞬間、影は美咲の肩にぴょんと乗り、心配そうに揺れた。美咲は気づく。――この影は、遊びたいだけじゃない。何かを訴えている。
夜になり、美咲は布団に入りながら考えた。
「この家には、まだ知らない秘密がある…」
窓の外の桜の影の下で、ふたつ目の囁きが、美咲の胸にじんわりと忍び寄る――。