14話 鏡の中の自分
美咲は息を殺して立ちすくむ。
もうひとりの自分――鏡に映る姿と同じ顔をした存在が、ゆっくりと廊下を歩いてくる。
しかし鏡には、もうひとりの美咲の姿しか映っていない。
「……これは、夢?」
耳元で囁きが響く。
「違うよ。本当の私、ずっとここにいた」
美咲の視界が揺れ、床も壁も歪み始めた。
目の前の空間は、家なのに違う場所のように広がり、天井は無限に高くなった。
廊下の奥には、子どもの頃に閉められたはずの小さな扉がぽっかりと開いている。
足を踏み入れると、そこには無数の鏡が並んでいた。
鏡の中の美咲は、微笑み、手を伸ばして呼びかける。
しかしその手は、だんだんと影のように濃くなり、顔は歪んで笑い出した。
美咲は叫ぼうとしたが、声が出ない。
鏡の中の自分は、まるで本物よりも力強く、彼女の動きを真似て動く。
壁や天井、床に映る影も、全てが“もうひとりの美咲”を取り囲むようにうねり、
美咲の心臓は破裂しそうに高鳴った。
「ここにいて。ずっと……」
影の声は家全体に響き渡る。
光のない廊下で、美咲は自分がどちらの世界にいるのか、どちらが本物なのか、分からなくなった。
そのとき、鏡のひとつに、祖母の写真と髪飾りが映る。
写真の少女――生まれる前の自分――と鏡の中の“もうひとりの自分”が、互いを指さしている。
美咲は悟った。
家に閉じ込められていた怨念と、自分自身の記憶が交錯し、
鏡の中の存在は、家と自分の境界を壊すために生まれたものだということを。
手を伸ばすと、鏡の中の自分も手を伸ばしてくる。
触れた瞬間、冷たい感覚が骨まで染み渡り、闇の中に引きずり込まれた。
美咲は泣きながら叫ぶ。
「やめて……お願い……!」
しかし声は、家の奥深くに消えていった。




