13話 遺された真実
玄関の鍵がゆっくりと閉まる音がした。
だれも触れていないのに、錆びた金属が軋んで鳴る。
美咲は思わず息を呑んだ。背中を這い上がるような冷気。
窓の外では風が止まり、世界が一瞬、凍りついたみたいに静まり返った。
「……おばあちゃん?」
誰に呼びかけたのか、自分でもわからなかった。
返事はない。ただ、廊下の奥から、
乾いた足音が、ひとつ、ふたつ、ゆっくりと近づいてくる。
――トン、トン、トン。
祖母の遺した日記帳を抱えたまま、美咲は部屋の隅に身を寄せた。
日記の最後のページには、震える文字でこう書かれていた。
「この家の“もうひとり”を、見てはいけない。」
その言葉の意味を考える暇もなく、足音は扉の前で止まる。
美咲は唇を噛みしめた。
ノブが、ゆっくりと、ひとりでに回った。
「やめて……!」
しかし扉は開かず、ただ中から“何か”が爪でひっかくような音だけが聞こえた。
かすれた囁きが、耳の奥に直接流れ込む。
「……返して。あの夜を……」
美咲の心臓が跳ねた。
祖母の家の裏に、古い井戸がある。
幼い頃、祖母に「近づいちゃいけないよ」と言われた場所。
けれど今、その声は、まるでそこから呼んでいるかのようだった。
美咲は、足を引きずるように廊下を進む。
床板がきしみ、壁の影がわずかに揺れる。
灯りも持たず、闇の中で、ただその囁きを追う。
そして、裏口の戸を開いた瞬間――
生ぬるい風が吹き抜けた。
庭の中央、雑草に埋もれた井戸の口。
その縁に、祖母の形見の赤いスカーフが巻きついていた。
「……なんで、ここに……」
スカーフの下に、黒ずんだ木箱がある。
美咲が震える指でそれを持ち上げると、箱の中には小さな古い写真が数枚と、
ひとつの白い髪飾りが入っていた。
写真の中で、祖母の隣に立つ少女。
それは――間違いなく、美咲自身だった。
だが、そのはずはない。
撮影されたのは、美咲が生まれる前の年月日。
背後で、誰かが笑った。
「ずっと……いっしょにいたんだよ。」
美咲は振り向けなかった。
首筋を冷たい指がなぞる。
その瞬間、世界がぐにゃりと歪み、
視界の端に、**“もうひとりの美咲”**が立っていた。
笑っていた。
だがその笑みは、人の形をしていなかった。




