1話闇に潜む囁き
夜の森は、昼間の残暑をすべて吸い込み、ひんやりとした空気で満ちていた。美咲は古びた地図を手に、祖母の家から続く小道を進む。月明かりは木々の隙間を縫うように差し込み、影が揺れるたびに地面に奇妙な模様を描く。
「…ここで合ってるの…?」
声に出して問いかけるが、返事はない。代わりに、森全体が微かにざわめき、低く響く囁きが耳元を通り過ぎる。風もないのに、木々の枝が揺れ、落ち葉がかすかに音を立てる。美咲の心臓は早鐘のように打ち、手に握った懐中電灯の光が微かに震える。
小道の先に、古びた石の門が現れる。苔に覆われ、ひび割れた表面には古い文字が刻まれている。触れるとひんやりと冷たく、金属か石か判別できないほどの感触が指先を貫く。
「…来るのを待っていた…」
低く、複雑な響きを持つ囁きが耳元で重なり、美咲の背筋を震わせる。影が揺れ、門の隙間から覗く闇が微かに形を変えて彼女を追いかけるように見える。
一歩踏み出すごとに、足元の落ち葉がかさりと音を立て、影は壁や枝を滑りながら揺れる。冷気が肩越しに流れ、息を吸うたびに背筋がぞくりとする。
門をくぐると、森の奥には小屋が一軒立っていた。壁は苔とひび割れに覆われ、月明かりがかすかに窓から漏れる。小屋の前で足を止めると、微かに低く、ささやきが響いた。
「…来るのを、待っていた…」
美咲は懐中電灯を握りしめ、恐怖と好奇心を胸に、ゆっくりと扉に手をかける。冷たさが手を貫き、微かな振動が床に伝わる。扉を押すと軋む音が響き、影が壁や天井を滑るように揺れる。
小屋の内部は埃に覆われ、古い家具や紙、奇妙な装置が散乱している。床に足を踏み入れると、軋む音が小屋全体に反響し、影が揺れながら美咲を追随する。懐中電灯を壁や天井に向けると、古い文字や模様が光に反応して浮かび上がる。
箱を見つけると、埃まみれで冷たい空気を発している。手に取ると、写真や手紙がぎっしり詰まっており、微かにひんやりとした空気が流れ、影が揺れ、低く重いささやきが耳元で響く。
美咲は箱を抱き、深呼吸する。背後の影は揺れ続け、囁きは低く、しかし温かさも混じるように変わってきた。それはまるで、美咲に全てを委ね、導こうとしているかのようだった。
「…もう逃げない…全部、知るんだ…」
小屋の奥に広がる闇は、まだ誰も知らない、影と過去の記憶が絡み合う世界だった。美咲は震える手で箱を抱きしめ、懐中電灯を握りしめ、恐怖と好奇心に包まれながら、一歩ずつ奥へ踏み出す――。




