5話 夜の迷い道
夜の祖母の家は、昼間の顔とはまるで別人のようだ。廊下の壁は暗く、影が床に長く伸び、天井の梁からは不気味な影が垂れ下がっている。美咲は懐中電灯を握り、ゆっくりと歩を進めた。
「…どこに…行けば…」
声に出すと、かすかな響きが返ってきた。まるで廊下の壁が囁き返しているかのようだ。影が揺れるたびに、床や天井に形を変えて現れ、美咲を包み込む。息が詰まり、足が震える。
階段を上ると、暗い廊下はまるで迷路のように分岐していた。扉を開けるたび、床板がきしみ、影が一斉に揺れる。美咲は立ち止まり、耳を澄ませる。低く、震える声が重なり合い、どこから聞こえてくるのか分からない。
「…こっち…」
微かな声が廊下の奥から誘う。美咲は懐中電灯を掲げ、影をかき分けながら進む。影は壁や天井を伝い、手の届きそうな距離まで迫る。息を吸うたびに冷たい空気が喉を刺す。
小さな扉の前で立ち止まる。扉の隙間から、かすかに光が漏れている。美咲は手を伸ばし、ゆっくりとノブを回す。すると、扉の奥から低く、ひそやかな囁きが聞こえた。
「…やっと…来た…」
美咲は息を呑む。声の主は見えない。懐中電灯の光を奥に向けると、影が壁や床を滑るように揺れ、形を変えて浮かび上がる。人の形でも、ただの影でもない。意思を持った闇そのものだ。
足元から冷たい感触が伸び、美咲の足首に触れる。思わず悲鳴をあげそうになるが、口を押さえ、深呼吸する。影は手や指のように揺れ、全身を包もうと迫る。美咲は逃げられない。迷い道は文字通り、出口のない迷宮のようだった。
「…怖くない…怖くない…」
自分に言い聞かせるように、懐中電灯をしっかり握る。影たちは静かに、美咲を導くように揺れ、床や壁を滑りながら次の部屋へと誘う。そこは、古い家具や絵が散乱した、誰も入ったことのなさそうな部屋。
中央には、箱がひとつ置かれていた。箱の蓋には、細かい彫刻が施され、かすかに埃をかぶっている。美咲は手を伸ばすと、箱から冷たい風が吹き出し、影が渦のように舞い上がる。息が止まりそうになるが、意を決して蓋を開けると――
中には、古びた写真と手紙がぎっしり詰まっていた。写真には、この家に住んでいた子どもたちと、見知らぬ影の形が映っている。手紙には、孤独や不安、助けを求める声が書かれていた。
美咲は静かに読み進め、心臓がぎゅっと締め付けられる感覚を覚える。影たちは部屋の隅に揺れ、光を吸うかのように沈黙したまま見守る。
廊下に戻ると、夜の迷い道はまだ終わっていない。影はゆらり、ゆらりと揺れ、美咲を次の部屋へ導くように動く。恐怖は全身を包むが、心の奥に好奇心と決意がわずかに光を灯していた。
夜の祖母の家は、迷い道を通じて、少しずつ、美咲にその秘密を語ろうとしている――。