6話 2つの影
夜。祖母の家の古びた廊下は、月明かりだけでかろうじて照らされている。美咲は手に懐中電灯を握りしめ、静かに階段を上った。だが、足元の床板がギシギシと悲鳴を上げるたび、心臓が跳ね上がる。
「…だれ…?」
囁き声が聞こえた。最初は一つ、次にもう一つ。影は二つ、ゆらりと揺れて美咲を追いかけてくる。ひとつは去年遊んだ影。もうひとつは、寂しさと怒りに支配された影――。
廊下を走るたび、壁にぶつかるように影たちの形が歪む。暗がりに溶け込み、どこに影が潜んでいるのか、美咲にはわからない。
「こっち…来て…」
低く、震える声が背後から響く。美咲は振り返るが、そこには誰もいない。だが光が揺れるたび、影の輪郭がにゅるりと伸びて、美咲の肩や背中をかすめるように通り過ぎる。
美咲の呼吸は荒くなり、逃げる足が止まる。部屋の隅、階段の手すり、窓の影…すべてが彼女を見ている。影は二つ、同時に迫ってくる。目には怒りのような冷たい光が宿り、声は次第に重く、低く、胸の奥にずんと響く。
「逃げられない…」
美咲は震える手で懐中電灯を握りしめ、廊下の奥の扉を目指す。扉の向こうには、かつて見つけた秘密の部屋がある――。だが、影たちは彼女を追い詰め、廊下の出口を塞ぐようにゆらりと揺れた。
息が止まりそうになる中、影たちはほとんど音もなく、滑るように近づいてくる。その存在感は、冷たい空気とともに全身を包み込み、光を吸い取るかのようだった。
「…逃げられない…」
美咲の瞳の前で、影たちの輪郭が歪み、形を変えて襲いかかる。懐中電灯の光がわずかに揺れるたび、壁や床に映る影がまるで生き物のように蠢く。美咲は足をすくめ、逃げるべきか立ち向かうべきか、判断がつかなくなる。
廊下の終わり、秘密の部屋の扉が見える。その先に安らぎがあると信じて、美咲は震える手で鍵を握りしめた。影たちはゆらりと迫り、息の詰まる闇の中で、次の瞬間、美咲の選択を待っている――。