アルバムの中のわたしとタマ
タマを膝に乗せて、わたしは古いアルバムを広げる。
一冊めのアルバムは、開くたびにページの端が少しずつほつれていく。だけど、この中にはわたしの時間がちゃんと残っている。
「タマ、見てごらん。この写真、覚えてる?」
タマはわたしの膝の上で丸くなって、尻尾だけが気怠そうに揺れた。ちゃんと聞いているのかいないのか、わからないところがタマらしい。
ページの真ん中には、薄いベージュのワンピースを着た若いわたしがいた。腕の中には、小さな黒い塊。この子もタマちゃんだ。
「この服、さっき納戸を整理してて見つけたの。ほら、タマの骨壷を包む布を探してたんだけど。そしたらこのワンピースが出てきてね」
指先で写真のわたしの頬に触れる。笑ってる。けれど、その笑顔がまるで誰かに縫い付けられたみたいで、どこかぎこちなく見えるのは、きっと今のわたしの目で見るからだろう。
「若かったのねぇ。おバカさんだったのねぇ。似合わないお化粧しちゃって・・・髪もずいぶん明るい色にしてさ。ちっとも似合ってないわね」
タマの背を撫でると、小さく喉が鳴った。
「ゴロゴロ・・・」と、私の声を肯定するように響いてくる。
「タマァ。こんな時はそんなことないよって言うのよ」
ページをめくる。母と並んで写った一枚が出てきた。母は小柄で、わたしと同じような顔をしているのに、わたしよりずっと強そうだ。
「お母さんよ。あんたのことも可愛がってくれたでしょ?」
写真の中の母は、わたしの肩にそっと手を置いている。あの手の温もり、もう思い出せなくなっていたと思っていたけれど、こうして写真を見ると、不意に蘇ってくる。
「わたしが風邪ひいて寝込んだとき、タマがずっとお腹の上に乗ってたでしょう? お母さん、あんたに向かって『お守り猫だねぇ』って言ってたの、覚えてるかしら」
タマは目を細めている。あのときのタマじゃないのに、こうしていると全部覚えているよって言ってる気がする。わたしの中に残っている思い出を、タマも一緒に思い出してくれるような。そんな気がしてくる。
ページをめくると、わたしがまだ二十歳そこそこの頃の写真があった。赤い口紅、露出の多い服、笑顔は幸せそうだ。当時の恋人との一枚。確かにこの時は幸せだった。遠い日・・・
「この人は、もういいの。あんたには話してなかったっけ?ずいぶん泣かされたけど、今思えば笑い話よ。あんなの恋でもなんでもなかったんだから」タマしか聞いてないのに、強がった口調になってしまった。
わたしはタマの耳をつまんで、そっと指を離した。タマはくすぐったそうに首を振る。
「そうそう、わたしの名前ね。リリ子っていうのは、女優さんからとったんだって」
ページの間に挟んだ父の古い葉書が見えた。「リリアン・ギッシュのファンだったのよ。散りゆく花って映画をネットで見て感動して母に頼み込んで、わたしの名前につけたんだって。その人の名前も映画も母は知らなくて・・・当たり前よね。昔すぎるもの。だけど父が言い張ってね。母は承知したんですって」
「『いい名前だろう、リリ子って。気品がある』って、得意げによく言ってたのよ。でもわたしは、小学校のときずっと『リリコちゃんって変な名前』って言われてたのよ?」
タマが「にゃ」と相槌を打つ。私はふっと笑って、その重みを少しだけ抱き直した。
アルバムの最後のページに近づくと、色があせて白く抜けた写真が多くなってくる。そこには、ずっと昔の家。まだ庭に古い柿の木があった頃。三つ編みのわたしが、庭先で小さな猫にミルクをあげていた。
「猫って不思議よねぇ。いつもわたしのそばにいた。誰かがいなくなるたびに、あんたたちは入れ替わるように現れて。だからわたし、一人でも寂しくなかったの」
窓の外が暗くなっていた。
わたしはアルバムを閉じて、表紙をそっと撫でた。手に残る埃の匂いが懐かしい。
「ねえ、タマ。今度はもう少し、ゆっくり時間をかけてわたしと一緒にいてちょうだいな。あっちに戻るのは、もう少し後にして」
膝の上のタマは、もう寝息を立てている。写真の中の猫たちと、今ここにいるタマが重なって見える。
誰もいなくなっても、わたしは一人じゃない。
わたしはそっとタマを抱きかかえて立ち上がった。障子の向こうには、夜の帳がすっかり下りていた。
「お茶を淹れようか。レモンパイも、まだ残ってたはずだから」
声に出してみると、部屋の空気が柔らかくなる。わたしの言葉に応えるように、タマが小さく「にゃ」と鳴いて、私の腕の中で身を丸めた。
窓の外を見上げる。星がいくつか、滲むようにまたたいている。風の音が聞こえる。
「ありがとう。連れて来てくれて」
風に感謝を伝える。
そのささやきを聞き届けるように、タマの喉が、ふたたびやさしく鳴った。
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