絶対に守り抜く
「いいか、今度そいつが何か言ってきたら、黙って従っておけ。あー、この…お姉さんがいれば怖くないし、お前が来たらすぐ分かるしだな」
勇者が子供に珍しくしつこく声をかけている。
お姉さんとはソラのことだろう。
確かに、眷属なら位置を把握することも必要か。
ソラは納得して頷いた。
「ほらな、だから安心して連れてこい、わかったか?」
何故か子供は、うーんと唸っている。
自信がないのかもしれない。
「大丈夫、テッドならできる」
なにしろ、ソラの眷属ともなる人間だ。
目をまんまるにしてないで、働くといい。
そして卵と乳、蜂蜜や砂糖を運んでくるといい。
自信に満ちた足取りで子供は去った。
去り際に、勇者が卵と乳を注文しているのが聞こえて、ソラの口元が緩む。
子猫だったら、勇者の足元にすり寄っていたかもしれない。
椅子に珈琲の染みがあるのには心当たりがある。黙って見なかったフリをした。
いつもはよじ登るのに苦労する食卓に肘をついて、長い黒髪をいじりながら、鎧戸を上げるだけの窓から外を見る。
もう見慣れた森が見えるだけ。
けれどこの小屋の中から眺めると、別の世界のようで気に入っているのだ。
今日は、窓辺に花瓶が置かれていた。一輪だけ挿された花はくたりと昼寝している。
つられて、はふ、とあくびが出る。
伸びをしたいような心地だ。
「今日の珈琲をどうぞ、魔女殿。それで、いつからテッドと仲良しなのか聞いてもいい?」
実は先ほどから良い香りがしていた。
待ってましたと姿勢を良くして、ソラはミルクで優しい色になった珈琲を受け取った。
そっと食卓に置いて、もう一度、勇者を見上げた。
キラキラと、大変な期待を込めて。
「……ごほっ、聞いてないね。うん、これは、今日焼いてみたベリーのタルトと、溶かして固めただけのチョコだが、いかがかな?」
いかがかなと言われても大体は実際に食べたことはないし、正直、勇者の説明はあまり聞いていない。
なぜなら、何が出てきても美味しいからだ。
艶々と紅く煌めくゼリーから、たっぷりのカスタードクリームを通り抜け、しっかりした土台のタルトまで、一気にフォークで割ってすくう。
こぼさないように慎重にパクリと口に入れると、ベリーの甘味と酸味、それを包むカスタードクリームの甘さと、タルトのバターの香りが一気に口の中に広がった。
「つやを出すのにジャムもかけてあるんだけど、どう? ……ぶっ、いや、ごめん。もしかして魔女殿、ベリー苦手?」
無理しないで、と皿を回収されそうになったので、さっと皿を両手で持って避ける。
確かに、甘みの中に不意打ちで襲ってくる酸っぱさに顔はしおしおに萎んだけれど、絶対に、全部食べるのだ。
どことなくソワソワとした勇者に、もう帰るの? また来てよ、と見送られ、ソラはご機嫌で歩いていた。
森の凸凹道は、裾の長いワンピースと高いヒールの靴では歩きにくい。
いつもはすぐに猫の姿になるのだが、今日は大切な荷物がある。
タルトで満腹になったので、チョコはお土産にと持たせてもらったのだ。
「ないと思うけど、もし森で猫に会ってもチョコは分け与えないようにね。猫にチョコは毒だから。……今日はほんと来ないな、あいつ」
勇者が教えてくれたので、これは今の姿のまま食べようと思う。
両手の上に乗せてもらった、ひんやりする魔法をかけた箱を、いつどこで開けようか。
ふと、ソラの意識を青みがかった剣がよぎったが、ちょうど木の根につまづきそうになって忘れてしまった。
「うーん、不便!」
思わず小さな牙が出てしまう。
だが、箱は小さくても子猫のサイズでは運べない。ソラの亜空間に収めたら、味が変わってしまうかもしれない。
もう少し考えて、ソラは思いついた。
ひょいと足を上げて、ヒールの靴をそっと撫でる。それだけで、底の丈夫なハイカットの黒い靴に変わる。
勇者が時々履いている靴に似せてみたのだ。
「歩きやすい!」
ソラはご機嫌で、お気に入りの陽だまりを目指して歩き出した。
書いてる人はお菓子作れません。いいなぁ。