猫も木から落ちるらしい
連載にしました。気まぐれ更新ですが、癒されたい時にのんびりほんわか書きたいです。
ソラは木の上で丸くなっていた。
あの剣をよく観察したいのに、勇者はいつも邪魔をする。
けれどさっき何を思ったのか、そんなに見たいならと勇者がひょいと剣を差し出した。それでつい、こちらもひょいと避けてしまった。
失敗だった。
そのあと慌てて走り回ったので、食卓から皿が落ちたし、ナイフは飛んだし、珈琲は椅子と床にぶち撒けられた。
でもそれは仕方がない。
それよりせっかく見せてくれたのに。
もう見せてくれないかもしれない。
何せ、女の姿でお願いしても、なんだかんだとはぐらかされるのだ。本当は勇者も見せたくないのだろう。
どうしたらいいだろう。
珈琲に濡れた尻尾から強い香りがして、考えが纏まらない。
ひげがしおしおと垂れた。
「貴女は、いつまで時間をかけるんです?」
咎める声がして、小さな影がさした。
ソラを見下ろすような位置で羽ばたくのは、灰色の小鳥。だがよく見るとツノがあり、ねじれた爪長く鋭い。
「あの剣に先代魔王陛下の力が封じられているのは確かめられたのでしょう? 早くそれを取り出さなければ」
もう何度も聞いた。
ソラは耳を伏せて寝たフリをした。
勇者なら、呆れながらそっと首の後ろを撫でてくれるだろう。
だが威丈高な小鳥は、ぎいぎいと耳障りに鳴いた。
「早くなさいませ、早く、早く! 貴女のためなのですから」
あまりにうるさい。
自分は勇者に会いたくないからと隠れているのに。
頭が痛くなる気がして顔を顰めていると。
パンッと軽い破裂音がして、小鳥がいなくなった。
ソラの鋭い目は、しっかり見ていた。
どこかからか飛んできた小石が、あの鳥を吹き飛ばしたのを。
数瞬遅れて、ぶわわわと毛が逆立ったと思うと背中が丸まって、ピョーンと飛んだ。
体が、勝手に。
ソラは木から落ちた。
「おわっ、危なっ」
そのまま落ちても、難なく着地はできたはずだ。
だから、ソラは自分を上手に受け止めて危ないだろうだの気をつけろだのと言っている勇者を、冷めた目で見た。
そもそも、この勇者が飛ばした石のせいで驚いたのだ。
てし、てしてし、と小さな前あしでソラは抗議した。
勇者はあの喧しい魔性の小鳥より、強いし口煩い。
だけど、こうして文句を言ってもいいのだと、ソラは知っている。
「なんだよ、鳥に襲われてるのかと思ったら。違ったか? お前には当たってないだろ? なんであんなに飛ぶの?」
文句を言いつつ、勇者は一番降りやすい高さでソラを放す。
着地していつもなら駆け去るところ。
にゃあと一声鳴いて、勇者の足の間を全身を擦り付けながら何度も通り抜けた。
わ、お、とと、と驚く勇者。
そのうち変に踏ん張ったのか、どさりと座り込んだ。
驚かされたのには腹が立つが、仮にも助けてもらったのだから、感謝を表してもいいかと思っただけだ。
決して転ばそうなどと考えてはいない。
だが、機会を見つけたら見逃すわけにはいかない。
ソラは近くなった勇者の肩に駆け上がり、今度は顔に擦り寄った。
そういえば最近、髭がない。
撫でられたら、尻尾から珈琲の匂いが消えた。
ソラにとって、誰かに親愛を示すのは勇者が初めてだ。擦り寄ったところから温かくて気持ち良い何かが染みて、無意識にお尻が上がった。
「お前、あざといなぁ。朝、肉の一切れをやらなかったから拗ねてると思ったのに。遊びたがってた剣にも見向きもせずに出てくしよぉ」
肉!?そんなに食い意地は張っていない!
にゃ、と抗議する。
けれど目の前に白身の肉を差し出されて、両目が吸い寄せられた。
「朝のは辛い肉だったの。お前にはこっち」
気がついた時には、勇者の手のひらに体半分乗り上げるようにしめ、夢中でかじっていた。
勇者が作る雑な料理には魔力が浸透していて、とても美味しいのだ。
はぐはぐとがっつくソラをそのままにして、勇者はどこか遠くを見た。
「はぁー、俺がこんなのに絆されるとはな。どうせなら、あの魔女さんが入り浸ってくれればいいのに。いい珈琲が手に入ったんだよな。……お前は珈琲飲めないしな」
あとで、変化して行ってやるか。
お砂糖とミルクを入れた香りの良い珈琲は、ソラも大好きになっている。