犬
くしゃくしゃな顔がおかしくて、父親のことをパグと呼んでいた。あるとき風呂場で、パグに「お前犬なんだろ」と呼びかけた。「お前いうな。それに違うわ」と父親は返した。
チャポンチャポン、と風呂場に小さな波ができる。僕は「それじゃさ、どっちが先に『わん』『わおーん』っていうのか。——先にいった方が、犬だ」と提案した。
パグは頷いた。
「カウントダウンゲームしよ」僕はパグにゲームを誘った。カウントダウンゲームとは、ある一定の数、例えば30から、一人最大三つまで数字を交互に行っていくゲームで、例えば29,28,27と相手が言って、僕が26,25と返して、相手が24——といった具合で、実はこのゲームには、この話では詳しく書かないが必勝法があったりする。
1戦目は何事もなく終わり、波乱は2戦目に起きた。
「英語でやろー」相手に1——ワンと言わせる作戦だった。前回僕は23,22,21といった。
ならば——。
先攻は僕だ。
「29,28,27」
「26」
「25」
「24,23」
「22」
次は、父親のターンだった。
「トゥウェンティー、ワン」
何もない、といったふうにパグが返すが、僕は「あ、いったね」と指摘する。まんまと作戦勝ち——。僕はしてやったのである。
パグは、悔しがりながら、「もっかい!」といった。
新しい風が、浴槽に吹き込んでくる——不意に、そんな予感がした。
そして、それは嵐となるだろう、とも予感は告げた。