プロローグ
──なんの冗談だ。
そんな言葉を飲み込んで、俺はビルの廊下で走っていた。
何故……と、言われると理由は至極単純。
追われているからだ、敵に。
敵の数はチラ見して判明しただけでも、十以上。
ただの人間とは言え、一斉にかかってくれば簡単に制圧してされてしまうだろう。
ただの男子高校生の俺なんか、一瞬どころの話ではない。
まさに瞬殺、そうとしか言えない。
(なんでこんなことになった……)
と、心のうちで嘆いてみるが、よくよく考えてみれば、これは俺が招いた事態である。
──仕方がなかった。
そう言えるような事態だったはずだから。
ふと、突然走る俺の右耳に、差し込んだインカムから嘆くような声が聞こえた。
『ねぇ、数多いんだけど!?』
向こうで響く断末魔。
激突するような物理音と、割れるような轟音。
声とともにインカムの向こうからそれらが聞こえる。
「知らん!! そっちでどうにかしろ!!」
『アンタのせいでこんなっ……! はぁ……まぁ、乗った私も私だけど……さぁッ!!」
と、声とともに強い蹴りの音。
壁に激突し割れるような音。
間違いない、彼女の超強力な蹴りが繰り出された音だ。
(剣持ってるのに使わないのかよ)
なんて、何回も言ったようなことだ。
背負った剣は本気を出す時以外使わないのはどうかと思う。
なんて、考えている余裕は、突然なくなってしまう。
「こっちだ!!」
「いたぞ!! 追い詰めろ!!」
先の曲がり角。
そこに俺を追っている奴らの仲間が現れたのだ。
全員がこっちに向かって走り出す。
「っととととぉッ!? マジかッ!」
急に止まって辺りを見渡す。
隣は地上三十階の景色が広がるガラス。
真反対はまさに壁。
上には通気口のようなものは見えない。
要するに詰み、である。
「畜生……温存しときたかったんだが……」
『アレを使うつもりなの!?』
と、インカムからさっきの声とは別の声が響く。
幼い少女の声だ。
「構わないだろ、博士!」
『使ってもいいけど……わかってるよね!』
「ああ! 三回まで、だろ!!」
前から後ろから、追っ手が迫ってくる中。
俺は懐から簡易注射器を取り出す。
高校生の俺でも簡単に扱えるようなものだ。
中には紫色の液体が入っている。
「行くぜ、お前ら」
そしてその注射器を首に突き刺し、勢いよく押し込む。
それを見た追っ手たちの足が止まりざわつき出す。
奴らは驚愕と困惑に包まれ、右往左往していた。
「ぐ、ゥ……ぉオッ……!!?」
一方俺は、注射器を打つと同時に蹲っていた。
なんせ刺すと同時に、芯の底から湧き上がる痛み、体が膨張するような感覚。
地獄の苦痛としか例えようのないそれら。
それらが一斉に体内で押し寄せてきたのだから。
そしてその瞬間、俺の足はもう既に動き出していた。
「ぐわぁああああッ!!?」
繰り出した拳が先頭の男に突き刺さり、男は向こうの壁まで勢いよく吹き飛び、壁を突き破って気絶。
俺は追っ手の男たちの中央に立ち、男たちを見下ろしていた。
「う、撃てッ!! 撃てぇぇええッ!!!」
追っ手たちは一斉に銃取り出し、俺に向かって撃ち放ち始めるが、通らない。
肌が銃弾を受け付けない。
金属音とともに銃弾を弾いた俺の体は、170程度だった俺の身長を約1.5倍までに引き上げられていた。
体はまるで鋼鉄のような鱗に覆われ、その腕は大きく膨張し豪腕すらも通り越し。
全体の色は灰色に近く、顔はもはや人間の体をなしていない。
まさにバケモノ、そう言えるような状態だった。
「そんなもの、効かねぇぞッ!!」
声を張り上げ腕を振るう。
腕を振るえば簡単に追っ手たちは吹き飛び、壁に向かって飛んで行く。
飛べば地面が割れ、駆け出せばフロアが揺れる。
俺は壁を破壊しながら、ただ先へと突き進んだ。
周囲の敵を吹き飛ばす勢いで。
『変身したの!?』
最初の声がインカムから聞こえる。
息切れが聞こえるところを見るに、それなりに疲れてきているようだ。
それもそのはず。
向こうの役割は陽動、蹴って殴ってぶっ飛ばすのが役割だ。
「ああ!」
『じゃあこっちっ……来てよ!!』
「行けたらな!」
『絶対来ないやつ!!』
ベキッという蹴り飛ばすが音が向こうから響く。
それと同時にインカムからまた別の声が聞こえた。
『博士』の声とはまた違った声。
大人びた女性の声だ。
『奴らが逃げ出した!!』
「なにぃ!?」
『すまない、ワープされて捉えきれなかった! だがGPSをつけたから追える筈だ!』
(流石だな……)
相手にはワープする奴がいるんだ。
捉え切るのは不可能ってものだろう。
逆にその状況下でGPSを取っ付けられる判断力を賞賛したい。
(しかし問題は……どこにワープしたか、だな)
GPSを取っ付けた以上、場所は簡単に判明するだろう。
俺は暴れながら博士に聞く。
「どこにいる!? 博士!」
『三つ先!』
「三つ!? 部屋か!? 階層か!?」
『ビル三つ分!!』
と、窓の外、少し遠くの方で眩い光が放たれる。
右側で発せられていたため、発生源は見られなかったが……間違いない、奴だ。
能力とは無関係の光だが、理由はわかっている。
間違いなくワープ能力を持つ奴がいる場所を指し示している。
「ああどこかわかった!! だが誰が行く!?」
『お前だ』
『アンタでしょ』
『君だね』
「知ってたッ!!」
三人一斉のご指名に答えて、俺は力強く踏ん張って飛び上がる。
ビルの床を突き破り、上の階層へ。
そしてもう一度、さらにもう一度……何度も繰り返してビルの屋上へ。
夜、月光が照らす中、ビルの屋上にて風に吹かれ、俺は下に広がる街を見つめる。
キラキラと光り輝く街並み、眩しいくらいだ。
「……そっちは完全に任せていいんだな。三人とも」
『任せろ。全員叩きのめすさ』
『絶対拾って帰ってきなさいよ!!』
「わかってるよね! 変身できる回数は……』
「理解してるさ、後二回だろ。大丈夫……後二回で何とかするさ」
そう言い切って遠くに見える、三つ目のビルを見つめる。
深呼吸を一度、後ろに下がって走り出す準備。
その中で俺は色々と思い出す。
ここまでに至った理由を、戦い出すことになったワケを。
全ての始まりは、俺がこんな体になった日。
あの三人組によって拉致された、あの日からだ。