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後編


 後編



 前編を読んだ人は、あれっ、でもそうしたらこの話を書いているのは誰?となってしまう。実は死者が書いていましたという”オチ”ではない。僕自身が書いている。

 この後、不思議な事が起こり僕らは助かった。僕が本当に書きたかったのは、その事だったんだ。



 * * *



 もう僕の顔まで沈もうとしていた時、ドプンという大きな音がした。それはトミジの体が沼から飛び出した音だった。沼から宇宙ロケットのように飛び出したトミジは斜面の上に落ち、ぶはぁーっと息をした。そういえばトミジは水泳の授業で素潜りが得意だった。トミジはそのまま斜面を這い上がり九死に一生を得る。僕は、ああ良かったと思った。これで僕が沈んでも何時か見つけてもらえる。親にとって生死も分からず居なくなるより、見つかった方が良いだろう。そんな風に思った。そう思っているうちに僕の顔は沼に沈んだ。口を閉じ必死に息を止める。無駄な事とは分かっているが最後まで抵抗してしまう。リュックサックに竹筒を入れておけば良かったと最後に後悔した。そうすれば忍者のように水の中で息をして、トミジが大人を呼んでくるまで粘れたのに……。


 もう我慢の限界と思った時、何か足が押し上げられる感覚があった。そして、ズボッと体が泥から抜ける感覚が続く。息が楽になった。

 僕は打ち上げられた魚のように沼の周りの斜面の上でもがいていた。そこで、ハッと気付き斜面の上に這い上がる。そこで、同じく生還したトミジと手を取り合って泣いていた時、沼の方に何かの気配を感じて振り向いた。


 そこには見てはいけない物が、沼から出て来て立っていた。


「ひぃぃぃーーーっ 」


 僕らは声にならない悲鳴を上げた。立っていたのは”骸骨”。沼から上がったばかりの骸骨は水や泥が滴り落ち、水草が絡みつき、更に一部肉体が残っている。その骸骨が一歩一歩近付いてくる。僕らは逃げようとしたけど、あまりの怖さに足がすくんで立ち上がることさえ出来なかった。せっかく人喰い沼から生還出来たのに……。

 骸骨は、震える僕らの前まで来ると、その目でじっと見つめる。そう、頭蓋骨の中には左目だけ残っていたんだ。骸骨はギョロッとした目で僕らを見ながら、口をカタカタ動かす。でも声は出なかった。しばらく骸骨は何か考えているようだったけど、その骨の指で地面に何か書いていた。僕らが恐る恐る覗いてみると、地面に文字が書かれていた。


 ぼくは たけし あぶなかったね


 僕とトミジは驚いた。もしかして、この骸骨が僕らを助けてくれたのか。


「あの…… 君が僕らを助けてくれたの? 」


 僕は勇気を出して骸骨に訊いてみた。すると骸骨はまた地面に文字を書く。


 うん まにあってよかった


 僕とトミジは顔を見合わせた。でも、助けてくれたのならお礼を言わなきゃ。


「助けてくれて、ありがとう 」


 二人で骸骨にお礼を言って頭を下げた。骸骨はなんか照れたように見えた。そして、また地面に文字を書く。


 おねがいがあるんだけど きいてくれる


 僕とトミジは、もちろんと答えた。命の恩人のお願いをきかない訳にはいかない。それでどんなこと?トミジが骸骨のたけし君に訊いた。魂をくれとかじゃないよね、一応僕が念を押す。骸骨のたけし君は、ニコッと笑ったようだった。


 ありがとう ぼくをいえまでつれていってほしいんだ


「なんだ そんな事なら大丈夫だよ 」


 僕とトミジは、胸をドンと叩くと任せなさいと大見得をきった。でも、骸骨のたけし君をそのまま連れて歩くわけにはいかない。きっと大騒ぎになるだろう。そこで、たけし君には窮屈だけど僕のリュックサックに入ってもらう事にした。リュックサックの中身を出してたけし君に入ってもらう。そして、僕がパンパンに膨らんだリュックサックを背負う。少し重いけどなんとか歩けそうだ。


 僕らは沼を離れ、獣道を歩き出した。踏み切りを越えてからが勝負だ。人に見つからないように気を付けなければならない。

 獣道を下り、踏み切りを渡る。そして、左手の林に入った。僕の前をトミジが銀玉鉄砲を構えながら忍者の真似をして抜き足で歩いている。僕もキョロキョロと辺りに注意しながら付いて行く。


「異常なし 」


 トミジは林の木の陰から陰へ移って歩き、ついに林の終わりまで来た。ここからは大通りを歩かなくてはならない。大通りと云っても、バスがやっと一台通れるだけの道だけど村の中では唯一自動車が通れる道だった。

 僕とトミジは縦に並んで普通に歩く。たけし君はリュックサックから目だけ覗かせて外の景色を眺めていた。

 僕は、たけし君に帳面に書いてもらった地図を確認する。


「どうする? 学校の庭、抜けて近道する? 」


 僕はトミジに言う。


「校庭は誰かいるかもしれないから、郵便局の方を通って行こう 」


 トミジの提案に僕も賛成する。好奇心旺盛なクラスの連中に見つかったら膨らんだリュックサックの中身を見せろと言われるだろう。それに今日は学校のプールが使える日だ。間違いなく誰かいる筈だ。

 僕らは学校を避けて郵便局の横を通り、たけし君の家に近付いた。途中、大人にはすれ違ったけど、特に何を言われる事もなかった。


「あと少しだよ 」


 僕はリュックサックの中のたけし君に声を掛けた。たけし君が頷いたのが感覚で分かった。


「ちょっと あんたたち なにその汚いかっこ 」


 突然、声を掛けられ僕らはドキッとして立ち止まる。恐る恐る声のした方を見ると、学校の水着姿で手提げ袋を提げたサトミがこっちを見ている。その格好から、これから学校のプールに行くつもりだと推測できた。


「うるさいな 戦争ごっこしてたんだよ 」


 トミジがごまかそうとする。僕ら、沼に落ちたまま来たので水分は夏の太陽の力で乾いたけど泥が乾いてランニングや半ズボンは茶色くカピカピになっていた。


「ふうーん なんなの? そのでっかい荷物 」


 サトミは近付くとリュックサックに触ろうとする。


「やめろっ これは重要機密書類だっ 」


 トミジが銀玉鉄砲をサトミに向って構える。サトミは馬鹿じゃないのという顔で平気で近付き触ろうとした。不味いと思ったトミジはサトミに向って発砲した。


 パン、パン、パン


「ちょっと 痛いじゃないの よけい見たくなったわ 」


 サトミは構わず僕に近付いてくる。トミジがいくら鉄砲で打っても手提げ袋を盾にしてズンズンと迫ってきた。


「来るなっ これを頭につけるぞ 」


 僕は腰からある物を取りサトミの顔の前に出した。サトミの顔が恐怖で歪む。


「ほーら つけるぞっ 」


 サトミの目に涙が溜まる。


「いいわよ 先生に言いつけてやるから 」


 サトミは捨て台詞を残して、学校の方に走っていった。僕はホッとため息をつくと、手に持っていた”ゴマダラカミキリ”を腰の虫篭にしまった。

 サトミを撃退した僕らは急いでその場を離れ、たけし君の家を目指す。


「この小道の奥だっ 」


 僕が地図を見ながら言うと、トミジがあれっという顔をした。


「この奥って…… たしか…… 」


 トミジが何を言いたかったかすぐ分かった。小道の奥は、もう何年も人が住んでいない廃屋だった。僕も親に聞いたことがある。本当にここ?。でも地図の通り間違いない。リュックサックの中でたけし君がごそごそと動いている。外に出たいようだ。僕はリュックサックを降ろし、たけし君を出してあげた。

 たけし君はしばらく廃屋の前で立ち尽くしていたけど。廃屋の玄関に向って歩いていき玄関の戸を開けると中に入った。そして、僕らを振り返るとペコッと頭を下げた。その時、たけし君の前に白いもやもやとしたモノが現れた。白いモノはたけし君の前でだんだんと人型になっていった。そして、その二人は抱き合っていた。お互い長い間会えなかった人にやっと会えた。そんな気持ちが僕らにも伝わってきた。

 この廃屋は小川さんという家で、僕が生まれる前にこの家の子供が行方不明になり一人残されたお母さんも心労で倒れ亡くなってしまったと僕のお母さんが言っていた。

 そして、僕らの見ている前で白いモノは消え、それと同時に骸骨のたけし君もバラバラと崩れていった。

 僕らは慌てて廃屋の玄関に行ってみると、土間に転がった骸骨のたけし君はもう動かなかった。


「きっと お母さんと行ったんだ 」


「そうだね やっと会えたんだ 」


 僕とトミジは、土間に転がったたけし君に手を合わせた。そして、この後最後にやる事を確認する為、顔を合わせて打ち合わせした。



 * * *



 僕らは村の駐在所に走りこんだ。そして、探検していた廃屋の中で人の骨を見つけたと注進した。慌てて駐在さんが廃屋に向かい、土間に転がる人骨を見て大騒ぎになった。僕らも駐在さんや、お母さんお父さん、先生から、そんな危険な場所に遊びに行くなと大目玉をくらった。サトミは、いい気味という顔で舌を出していた。

 でも、これで警察が調べて骨があの家のたけし君だと分かり、お母さんと一緒のお墓に入れるだろう。

 僕らの命の恩人のたけし君がお母さんと一緒にいられるなら怒られるくらい何でもなかった。それに僕らはもう二度とあの人喰い沼には近付かないと誓った。



 * * *



 小学生の時の忘れられない夏休み。大人になった今でも時々思い出す。今ではあの人喰い沼は埋め立てられ学校の校庭になっている。雨が続くと何時までもぬかるんで足が掴まれるような感覚があると云う。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 少年探検団の帰り道ミッションとでもいうのでしょうか、骸骨を恩人と見なすところが、いかにも童話(あるいは子供向け説話)で、筋立て自体は何の変哲もないのに、独特な味がありました。
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