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初めてだらけ


 魔の森と隣国に接している国境の街は沢山の人たちで賑わっていた。洗練された華やかな王都とはまた違った、独特な雰囲気がある。この街は隣接している国と様々な取引をしており、取り扱っている商品も見たことがないものが多い。行き交う人々が着ている服もイヴェットのとは少し違っていた。

 イヴェットの行動範囲が狭かったため、すべてが新鮮に映る。


「マルメロの宿は中央通りの二つ目の角を曲がったところにあるようです」

「マルメロが好きな人なのかしら」


 マルメロは生では食べられない果実の名前だ。果実酒やジャムにして食べるもので、孤児院や教会で作って売っている。マルメロが風邪予防にいいようで、庶民には結構売れるのだ。


「どうでしょう? 単に側にマルメロが育っているとか、そういう程度では?」


 確かにそれもあり得ると思いながら、目的地に向かって歩く。だけど、どうしても足が止まる。中央通りには屋台が出ていて、美味しそうな匂いが辺り一面に漂っているのだ。しかも今日は緊張の連続で、最後には魔力も使ったことからひどく空腹だ。


「カイラ、あれ、何かしら? とても美味しそうな匂いがするわ」

「魔物肉の串焼きらしいですね」

「魔物肉、食べられるの?」


 魔物を食べたことがなかったイヴェットは目を丸くした。王都で食べる肉は主に家畜の肉だ。魔物肉を扱っている店も見たことがない。


「王都では食べませんね。実はわたしも話だけで、食べたことがありません。食べてみますか?」

「いいの?」

「わたしもお腹が空きました」


 きりっとした表情でカイラは頷く。それならば、と二人は屋台へと近づいた。


「おじさん、二人分ちょうだい」

「はいよ。温め直すから、少し待っていてくれ」


 手早く串焼きにたれをつけ、焼いていく。たれを追加したところで、さらに香ばしい匂いが立ち込めた。甘じょっぱい香りに、イヴェットのお腹が急激に空いてくる。じっと食い入るように串焼きを見つめていれば、屋台の主人が微笑んだ。


「串焼きは初めてか?」

「ええ。こんなにも美味しそうなものを知らずに生きてきたことを後悔しています」

「はは、そんなに楽しみにしてもらえると嬉しいねぇ」


 そんなその場限りの世間話をしているうちに焼きあがった。出来立てを手渡され、代金を払う。


「これどうやって食べるのかしら?」

「そのままかぶりつくんだよ。最初は縦で、二つ目からは横から」


 イヴェットの疑問に答えたのは屋台の主人だった。屋台の主人の仕草をまねて、イヴェットはそのままかぶりついた。


 思っていたよりも柔らかく、濃厚な味わい。

 余りのおいしさに目を丸くする。


「美味しいわ。それに柔らかい。甘じょっぱい味がよく合うのね」

「そうだろう! 自慢のたれなんだ」


 嬉しそうに屋台の主人が笑う。カイラは黙々と食べながら、時折屋台の主人に訊ねる。イヴェットはその会話を聞きながら、串焼きを堪能した。少し多いかと思っていたが、思っていた以上に美味しかったのと、それから空腹であったことから、あっという間に食べ終わった。


「ごちそうさま」


 美味しかったと告げてから、二人は宿に向かった。宿までの距離はそれほどないはずなのに、見るものすべてが物珍しくて、ついつい足が止まる。近くで見てみたいものが沢山あって、きょろきょろしてしまう。

 カイラに注意をされて足を動かすが、すぐに止まる。何度かそれを繰り返して、とうとうカイラがため息をついた。


「お嬢さま、明日買い物に来ますから。その時に存分に見てください」

「ごめんなさい。知らないうちに足が止まってしまって」


 申し訳なく肩を竦めれば、カイラが首を左右に振った。


「興味が持てることは良いことだと思います。ですが、今日は宿の確保が先です」

「そうね、急ぎましょう」


 陽が落ち始めていて、宿が満室になる可能性もある。ここは人の出入りの多い街、飛び入りで入ってくる客も多いはずだ。


「流石に野宿は嫌だものね」

「最悪、教会に突撃すれば場所は貸してくれると思いますが……硬い床で寝ることになります」


 想像して、イヴェットは顔色を変えた。


「それは嫌だわ。今日は疲れたもの。贅沢は言わないけど、それなりに柔らかいベッドで寝たい」

「では、急ぎますよ」


 カイラにせかされて、二人はお勧めの宿を目指した。


 ◆

 

 マルメロの宿と書かれた看板。

 可愛らしいデザインで、とてもお洒落だ。辺境の街に使われている武骨な石造りの宿であったが、教会で使うようなステンドグラスを使った扉は看板とよく合っていて、女性が好きそう。


 街自体が古い砦を中心に発展していったため、すべての建物は石造り。当然、この宿も石造りなのだが。

 不思議と周囲と溶け込んでいない。


「……変なところはないし、可愛らしいとは思うのだけど。どうして違和感があるのかしら?」

「その気持ちよくわかります。でも、ここが一番安全だと乗合馬車の乗客たちも言っていました」

「そうなのね。ウィルフレッド様だけではないのね」


 当初、貴族向けの高級宿を考えていた。警備の面でも、従業員の質としても、やはり高級なところの方が安心できる。そう考えていたのだが、誰もが高級宿よりもマルメロの宿の方が安全だと口をそろえて言う。

 浮いた宿の雰囲気に忌避してしまう気持ちを押さえつけ、二人は宿の扉を開いた。


「いらっしゃーい! あなたたちが家出したお嬢さまと侍女ね。待っていたわよ」


 扉を開けた途端、歓迎された。

 紫のうねる長い髪を無造作に一つにまとめ、緑の羽で作ったイヤリングで耳を飾っている。体の線がわからないたっぷりとしたローブを纏っているところから、魔術師に間違いない。柔らかな雰囲気は女性を想像させるが、明らかに男性。

 気安い態度に、二人は戸惑った。


 そもそもこの魔術師は宿の従業員なのか。

 そこからが疑問。


「……一晩お世話になりたいのですが」


 カイラが我に返ると、すぐさま空室があるか、確認する。彼は片目をつぶって、ばちんと音が鳴りそうなウィンクをした。

 

「ウィルフレッドがしっかりと面倒を見てくれって、お願いしてきたからぁ。ちゃんとお部屋を取っておいたわよ」


 所々間延びした喋り方に、圧倒されてしまう。それでもイヴェットはじっくりと彼を観察した。砕けた態度だが、彼が強い魔術師であることはすぐに分かった。存在自体はとても怪しすぎるが、それだけである。


 入り口で見える範囲では、清潔感があり、手入れが行き届いている。それに細々と飾られた小物がとても可愛らしい。時折、よくわからない造形のお面が飾ってあるが、ちゃんと馴染んでいて雰囲気をピリリと引き締めていた。何よりも。この宿には城でもよく使う警備の魔術が施されていた。


 イヴェットは素直に驚いた。目で追っていけば、城も真っ青なほど厳重な警備。その緻密に編み上げらえた魔術に、気が遠くなりそうだ。イヴェットも細かい仕事は嫌いじゃないが、これを組めと言われたら泣く。


「まあ、すごい。わかるの?」

「え、ええ。もしかしてこれ貴方が?」

「そうよ。こういうのは得意なの」

 

 得意であっても、簡単にできることではない。イヴェットは詰めていた息を吐いた。ウィルフレッドがお勧めするわけである。


「うふふ。貴女、気に入ったわ。私、ロルフよ。この宿の主をしているわ。二人のお名前、教えてくれないかしら?」

「わたくしはイヴェットですわ。こちらが侍女のカイラ」

「イヴェット嬢にカイラね」


 確認するように名前を呼ばれ、彼は宿帳に名前を書きつける。待っている間、イヴェットの目は再び魔法陣を追っていた。


「すごいわ! 勝手に転移されないようにもなっているのね」

「もちろんよ。安全安心が売りなの。変な奴が来ても追い返してあげるわよ!」


 胸を張って頼ってほしいと言われて、思わず笑ってしまった。


「ありがとうございます。今日は疲れたので、ゆっくりできそうです」

「食事は有料だけど、どうする?」

「先ほど串焼きを食べたので、朝だけお願いします」


 二人に食事に関していくつか質問しながら、ロルフは宿帳にメモをする。書きつけられる文字はやはり魔術師の好む書体を使っていた。滑らかな文字はとても美しい。


「もし明日以降も泊まる場合は声を掛けてね。優先してあげる」

「明日には隣国に行くつもりですわ」

「それでも何があるか、わからないから。いつでも頼ってちょうだい! あなたたちは甥っ子のお客様だから、サービスしてあげる」

「甥っ子?」


 驚きにロルフをまじまじと眺める。彼は二人の反応が楽しいのか、にこにこと笑顔だ。


「そう、私、ウィルフレッドの叔父なのよ。似ていないから言わないとわからないけどね!」


 確かに、全然似ていなかった。

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