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国境の街

 騎士たちが乗る魔馬に先導される形で、馬車が街に向かって動き始めた。それを見届けてから、ウィルフレッドも魔馬をゆっくりと歩かせ始める。イヴェットは大人しく彼の前に座り、しっかりと前を向いた。


「乗り方が上手だ」

「最低限のマナーだと言われて、少しだけ練習したことがあるの」

 

 マナーだと押し切ってきたのは聖女の教育担当の神官だった。聖女は討伐についていくため、乗馬は必須。聖女候補たちはいやいやながらも最低限の馬術を身につけるのだ。とはいえ、イヴェットは一人で乗れると言ってもこれほど大きな馬には乗れない。


「それで、どうして乗合馬車に? それにその恰好。君の呟きを拾わなかったら、見逃すところだった」

「見逃してくれてよかったのに」


 ぽつりと呟けば、ウィルフレッドが声を殺して笑う。


「見つけてしまったから、諦めてほしい。先ほどのご婦人が言っていたことはどういうことだ? 家族とは上手くいっていないのは知っているが……婚約者とは良好な関係だと思っていたが」


 やはりその話になってしまう。イヴェットは俯いた。

 適当に誤魔化そうと思っても、ウィルフレッドは三年間、専属護衛として常に側にいたのだ。公爵家の事情なんて筒抜けだ。


「イヴェット嬢。黙っていては手助けできない」


 黙り込んでしまったイヴェットをウィルフレッドが優しく促す。言い逃れができないか、しばらく考え込んだが、何も浮かばない。仕方がなく、イヴェットは状況を説明した。


「わたくしも良好だと思っていたの。でもそう考えていたのはわたくしだけだったみたい。自分たちの真実の愛のために死んでほしいと婚約者に言われて」

「死んでほしい……?」

「家族には冷遇されていても、彼には嫌われていないと思っていたのに。わたくし、何も見えていなかった」

 

 何でもないことのように説明したはずなのに、胸がぎゅっと痛んだ。思わぬ痛みに、イヴェットは狼狽えた。

 イヴェットは忙しくしていたし、ゴドウィンと会うのも最小限。

 愛していたわけでも、恋していたわけでもない。仕方がない、そういう気持ちしかないと思っていたのに。目の前で二人に色々と言われた時よりも苦しく感じた。


「そのまま騎士団に突き出せよ。それぐらいはできただろうが」

「正直に言えば……どうでもよくなってしまって」


 自分の気持ちを持て余しながら、曖昧に答えた。


「陛下に相談は?」

「えっと。落ち着いてから連絡をしようと」

「なるほど。イヴェット嬢のことを娘のように可愛がっていたから、ちゃんと報告してほしい」


 それ以上は言いたくなくて、口をつぐんだ。ウィルフレッドもイヴェットの気持ちを汲み取り、それ以上は聞いてこなかった。


 沈黙が苦しくて、イヴェットは話し始めた。


「そういえば、ウィルフレッド様はいつから辺境騎士団に? わたくしの護衛を終えた後は、陛下の護衛に戻ったでしょう?」

「しばらくは王城にいたよ。でも貴族たちのやり取りがムカついて、護衛は向いていないとわかったんだ」

「ああ、そういえば茶会に参加している時は無表情だったわね」

 

 懐かしく思い出す。数少ない成人前の貴族子女が参加する茶会に護衛として側にいるときは、にこりともしないのだから。

 そんな不愛想な彼であったが、令嬢達に大人気だ。しかも未婚の令嬢だけでなく、愛人としたがる既婚夫人も沢山いたと聞いている。冷ややかな顔しかしない彼が、自分だけに甘く愛を囁くのを夢見ているらしい。


「社交界では氷刃の騎士と呼ばれていたのに」

「氷刃の騎士……誰だ、そんなあだ名をつけた奴は」

「一番始めに言いだしたのは、確か詩の朗読会の中心的な夫人だったと思うわ」


 くだらない世間話をしているうちに、先導の騎士が声を上げた。


「隊長! そろそろ街に着きます」

「聞き取りは終わったのか?」

 

 騎士たちの返事から、聞き取りは終わったようだった。いつもの道を使っていて、突然魔犬に襲われた。事実としてはそれだけなので、聞き取るような内容がないと言った方が正確かもしれない。


「そう言えば、どうしてあれほどの数の魔犬がいたの? あの道には、はぐれしか出ないと聞いていたのに」

「原因はわかっていない。調査中だ。ここしばらく、国境に近い場所で魔物の大量発生が起きているから気を付けてほしい」


 先ほどの柔らかな空気がぴりっとした。


「魔力の淀みができているのかしら?」

「違うな。もし、魔力が淀んでいるのならもっと凶暴化しているはずだ」

 

 あれで凶暴化しているとは言えないのか、とそちらの方に驚いた。イヴェットには十分凶暴化しているように思えたから。もしかしたら、辺境と中央教会付近の森に出る魔物は強さが違うのかもしれない。

 

 ほどなくして、街の入り口に着いた。イヴェットの背よりも高い壁が街をぐるりと囲んでいる。

 王都にあるような華やかな街ではなく、魔物の襲撃があることを想定しての砦のような厳つい造りだ。


 入り口に乗合馬車が止まり、客人たちは降ろされる。その中にカイラを見つけた。ウィルフレッドは魔馬から降りると、イヴェットを支えて降ろしてくれた。


「ありがとう」

「何かあれば、騎士団に来てくれ。相談に乗る」


 それだけ告げて、彼は部下たちの元へと向かった。入れ替わりで、カイラが近くに来た。馬車に乗った時にはふらふらしていたのに、今は元通りになったように見える。少し休んだぐらいでは魔力切れは元に戻らないのに、と不思議に思う。


「カイラ、魔力切れは大丈夫?」

「はい。騎士様からポーションを貰いました」

「まあ、そうなの。良かったわ」


 だが、カイラは渋い顔をしている。


「ここのポーションはびっくりするほど、まずいです」

「まずい?」


 驚きに目を瞬いた。カイラはイヴェットの侍女として一緒に中央教会で暮らしていたから、ポーションの品質確認のために沢山のポーションを飲んできた。当然、未熟な聖女候補のポーションは失敗作も多く。


「聖女候補様たちのよりも不味いなんて、信じられません」

「ふうん。買ったポーションを飲んだことがないから知らなかったわ。そんな違いがあるのね」


 ポーションには二つのレシピがある。

 歴代の大聖女が改良に改良を重ねた大聖女オリジナルレシピと、薬師協会が作ったレシピ。

 どちらも似たような材料を使いながらも、効果が全く違う。やはり大聖女オリジナルレシピの方が祈りの力を込める分、効果は高い。ただしその分値段も張る。そのため、大聖女オリジナルレシピのポーションよりも、薬師協会のレシピのポーションの方が広く使われている。


「お嬢さま」

「なあに」

「街で必要なものを購入して、脱出予定でしたが。時間的に難しくなりました」


 ここで宿泊するか、それとも強行するか。ウィルフレッドに見つかっていなかったら、多少無理でも街を出ただろう。

 イヴェットは忙しくしている騎士たちの中心にいるウィルフレッドをちらりと見た。


「ウィルフレッド様に会ってしまったから、慌てて出て行っても仕方がない気がしてきたわ」

「それもそうですね。下手をしたら、行方不明になったと騒がれてしまいます」


 それはそれで不味かった。騒がれて、王都にいる家族に伝わればもう一度殺しに来るだろう。アリソンは魔道具で悲観したイヴェットが自殺していると思っているはずだから。


「では、お勧めの宿を聞いて」


 話の途中で、カイラは口をつぐんだ。不思議に思って彼女の視線の先を見れば、ウィルフレッドがこちらに歩いてくる。


「今夜泊る場所、決まっているのか?」

「まだよ。もっと早くこの街に着く予定だったから」

「そうか。決まっていないのならお勧めの宿がある。女性二人でも安心して泊れるはずだ」


 素直に宿の紹介を受けて、二人は街の中心部に向かって歩き始めた。

 

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