これは運命の出会い、真実の愛3
伯爵家の娘としての立場を捨ててから、何もかもがグレーだった。
そんな世界に色がついた。
ジェレミーと会う時間がとても輝いていて。
ジェレミーと会うためにお洒落をする自分が愛おしくて。
何でもなかった毎日が、彼がいるだけでこんなにも違う。
「お嬢さま、ジェレミー様から贈り物が届いております」
ケイトが大きな箱を持ってやってきた。いつも使う商会よりも、さらに上、貴族に人気のあるドレスメーカーのもの。
ドキドキしながら、箱を開ければ。
とても素敵なデイドレスが入っていた。今流行りの、すっきりとしたシルエット。色はパメラに似合う、薄い桃色。裾に向かってグラデーションになっていて美しい。
「まあ! なんて素敵なの!」
ドレスと共に入っていたメッセージには、ジェレミーが選んだといういうことと、気に入ってくれると嬉しいと、どこか自信なさげな言葉もあって。
ジェレミーが選んでくれたという事実に、嬉しくて頬を上気させた。
「お嬢さまによくお似合いですわ。襟のレースも、なんて細やかなんでしょう」
ケイトも感心してしまうほどの逸品。それでいて、身分不相応にならないように布は最高級のものではない。貴族ならごく普通の、平民ならば少し手が届かない程度の品質。
「今日はこれを着ていくわ!」
「そうですね。では早速支度をしましょう」
ケイトも張り切ってパメラを磨き上げた。髪は少し緩めのハーフアップにまとめ、ジェレミーの贈り物の中にあった花を模った宝石の飾りをつける。
支度している間に、ジェレミーが迎えに来た。彼は大きな花束を持っている。
「思っていた以上に素敵だ。気に入ってもらえただろうか?」
「もちろんよ! ありがとう。わたしのことを思って選んでくれたことが嬉しいわ」
高ぶる気持ちをそのままに伝え、彼に抱き着いた。初めは躊躇いがちだったが、しっかりと抱きしめてくれる。
「キス、してくれないの?」
「いいのかい? その、僕は」
ジェレミーは瞳を陰らせ、言いよどむ。パメラはにこりとほほ笑んだ。
「ええ。わたし、ジェレミーを愛しているの。あなたが側にいてくれるだけでいいの」
「パメラ」
「だって、わかるでしょう?」
そういって、触れている部分に魔力を流す。こうして彼に魔力を流すと、不思議な一体感が湧いてくる。
「ああ、パメラ」
「わたしは決して魔力が多い方じゃない。でもこんなにも、お互いを高め合うことができるのよ? きっと運命に違いないわ」
「運命だなんて、ロマンティストだね」
「だってその方が素敵に聞こえるもの」
一線を越えれば、溺れるのも早かった。二人は隠すことなく、恋人として過ごした。一緒に出掛け、抱きしめ合ってキスをして。都合がつけば、一緒に夜も過ごした。寝過ごすジェレミーをキスで起こして。
毎日が楽しい。
毎日が幸せ。
ずっとこれが続くものだと思っていた。
だけど、そんなわけもなく。いつものように、家でジェレミーの訪問を待っていた。違うのは、彼の表情。絶望一歩手前の、青ざめた顔。
「どうしたの?」
「国に戻れと」
「……ジェレミー」
彼の素性は聞いていなかった。
ただ結婚していることは知っている。そして彼の振る舞いから、高位貴族であること、この国には仕事で滞在していること。結婚できないのだから、彼がどこのだれであろうが関係ないと思っていたから。
「ねえ、わたしを一人にしないで。愛しているの」
「僕も君を誰よりも愛している」
「だったら」
強く抱きしめられて、愛されていることを実感した。色々なことがあるかもしれない。でも彼はきっと自分を選んでくれる。その確信が、パメラの胸の中に生まれた。
「でも今、妻も妊娠中で」
妊娠中と聞いて、頭が殴られたような衝撃が襲った。
喚き散らしたくなくて、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。ジェレミーは肩を落として、ため息を漏らした。
「政略結婚なんだ。しかも、王命による婿入り。まあ侯爵家と言っても、三男だから仕方がないけどね」
「その、ジェレミーは奥様のことを愛しているの?」
「本当のことを言えば、愛せると思っていた」
愛していないという言葉を期待していたパメラはひどく傷ついた。これほど愛しているのに、同じだけの愛を返してもらえないことに憤りさえ感じる。だがすぐにその怒りもほどけた。
「だけど、パメラとこうして愛し合ってみて、あいつに感じている気持ちは愛なんかじゃないと知ったよ。確かに誰よりも綺麗で、優秀かもしれないけど……そういうのが愛だと思っていたんだ」
ぽつりぽつり、ジェレミーは気持ちを吐露する。
「ふうん。奥さん、綺麗なんだ」
「まあ、そうだな。王太子の従妹だ。あいつが僕の名前なんか出すから結婚することになったんだ。幼馴染といっても、上位貴族なんて皆幼馴染という感じなのに」
なんとなくジェレミーの置かれている立場が分かった。パメラは彼の首に腕を絡ませ、引き寄せた。
「別れられないの?」
「無理だ。今、妻は妊娠している。そんなことをしたら殺される」
それはパメラにも簡単に想像できた。パメラは彼に抱き着いたまま、逡巡する。
このままジェレミーと別れるつもりはない。どうしたらいい。考えて、考えて、考えて。
方法を見つけた。
あの力を使えるようになれば、きっと邪魔な妻は排除できる。
「ねえ、少し時間をちょうだい。わたし、いいことを考えたの」
「頼むから危険なことはしないでくれ。君を失ったら僕は」
嬉しい言葉を貰って、パメラは彼の唇にキスをした。
「大丈夫。何年かかっても、絶対に二人で幸せになりましょうね」
強く、強く願った。
**
「ケイト、あの薬、ちょうだい」
「どの薬ですか?」
「最上級のものよ」
一度しか飲まずに終わった薬を要求した。ジェレミーとの未来を切り開くには力がいる。財力じゃない、純粋な力が。
ケイトの戸惑いに、パメラは真剣なまなざしを向ける。
「貴女は言ったわよね? 主の力を自由自在に使えるようになれば、何でもできるって」
「ええ、そうです。ですが、一度目の薬もかなりの負担があったのです。あまり無理をさせるなと指示を受けています」
「わたし、どんなに辛くても使いこなして見せるわ。その代わりに、ジェレミーとわたしが幸せになるにはどうしたらいいか、考えて」
ジェレミーを手に入れるために、その力が必要だというのなら、いくらでも耐えて見せる。
――だから。
薬を飲んだ。
体がバラバラになっているのではないかというほどの激痛。
薬を飲んでも痛みを感じなくなった頃、お腹に子供がいることが分かった。
ジェレミーはすでに国に戻っていて、側にはいない。
大きくなるお腹を撫でて、ジェレミーを思う。
ここにはジェレミーとの愛がある。
早く、ジェレミーの側に行きたい。
ジェレミーを縛り付ける女をどうやって始末しよう。
すぐに死なないように、一つ一つ切り取って。ああ、生贄のための魔法陣がある。あれを体に刻み込み、少しずつ少しずつ肉体を溶かしていくのもいい。
ジェレミーの血を継いだ子供が、ジェレミーに似ているなら、似ているところをえぐり取ろう。同じ色の瞳をしていたら目を、同じ髪の色をしていたら頭皮を。
会えない時間、そればかりを考えていた。
誰からも憚ることなく二人でいることができるようになるまで、十二年ちょっと。
ジェレミーを取り戻すためにかかった時間は、とてつもなく長かった。
あの女に生贄の魔法陣を打ち込んだ時に魔法を使われて死んでしまったし、あの女の娘も同じようにしたかったけれど、ケイトたちは贄に育てるようにと指示してきた。聖女の資質のある贄は貴重なのだそうだ。
娘をそのまま生かすことは気に入らないが、あの女は全身から血を流し、苦しみながら死んでいった。ジェレミーはあの女の死体を踏みつけ、パメラに愛を囁いた。
ようやく、願っていた二人の時間を手に入れた。
熱に浮かれたように、血だらけになった両手で抱きしめ合い、貪るようにキスをする。
「誰よりも愛しているわ、ジェレミー。もう離さない」
「僕もだ。君とアリソンには長い間辛い思いをさせた。家族で幸せになろう」
「ふふ。娘は可愛いけれども。でも、まずはわたしをたっぷりと愛して」
きつく抱きしめながら、確かな幸せを感じていた。




