新しい一歩
翌日。
冗談かと思っていたが、本当に婚儀が行われた。
昨日の今日なので新しいドレスは準備できなかったが、それでもソフィアの力技によって王都から取り寄せられた。別邸に保管されていたエリノアのドレスだ。初めて見る白のドレスは、肖像画でも描かれたことがない。
ドレスを着つけられて、鏡の前で首をかしげているイヴェットに、ソフィアが説明してくれた。
「これはね、エリノア姉さまがあなたのために用意したものよ。代々、同じ意匠のドレスを結婚する時に着るのですって」
そんな決まりがあったなど知らなくて、瞬いた。
「わたくし、本当に知らないことが多いのね」
「仕方がないわ。それと、宝飾品と一緒にこれが入っていたから持ってきたわ」
ソフィアは文箱を渡してきた。蓋を開けようとして、鍵がかかっていることに気が付く。
「鍵は探してもらったけど、見つからなかったのよ」
「鍵?」
記憶に引っかかるものがあった。しばらく悩んでから、カイラに木箱を持ってきてもらう。家を出る時に持ってきた数少ない荷物。その中に鍵があったはず。
カイラに渡された木箱の中から鍵を取り出し、文箱の鍵穴に差し込む。何の抵抗もなく、鍵はするりと回った。かちりというロックの外れる音が聞こえ、蓋が開いた。
「手紙?」
中には一通の手紙が入っている。しばらくそれを見ていたが、手に取った。宛名はイヴェットになっており、その筆跡からエリノアの書いたものだとわかる。
じっと見つめてから、恐る恐る封を切った。
流麗な文字で、様々なことが書かれていた。どうしてエリノアとジェレミーが結婚したのか、拗れてしまったのか。そして、パメラのことも。危険な人物だとわかっていたがジェレミーにはエリノアの言葉は届かなくなっていたこと等。そして、幼いイヴェットを中央教会に出した理由も。
この辺りは、ソフィアの推測とあまり変わらなかった。イヴェットをなるべく危険な場所に置いておきたくない、ただそれだけだった。あまり親として接してこなかったのは、最悪の事態を想定していたことも記されていた。
読み進めていくと、納得することばかりで、そうなんだという気持ちしか出てこなかった。
だけど、最後の方で、息を呑んだ。
「うそ……」
そこには、エリノアからイヴェットへの継承の儀式が終わっていると書かれていた。儀式を終えているので、クリーヴズ公爵家の血による固有の魔法はすべて使えるそうだ。固有魔法については、書物を用意してあると。書物のありかもしっかりと記されている。
当主が着けると言われているピアスについても説明がある。ピアスに使われていた赤い宝石を髪飾りに取り付けたと書いてあった。同じピアスにすると万が一のことがあるかもしれないと、誰の目にもつまらないものに見えるように、子供っぽいデザインの髪飾りに変えた。
何度も最後の文を読み直してから、便箋を封筒に戻した。
「どうしたの?」
何とも言えない顔をしているイヴェットにソフィアがそっと声を掛けた。
「わたくし、お母さまから正式に継承しているようです」
「どういうこと?」
ソフィアは訳が分からないと眉を顰める。イヴェットはおぼろげながら、髪飾りを貰った時のことを思い出していた。ひどく簡易的ではあったが、恐らくあれが儀式だったのだろう。
木箱の中に一緒に入っていた髪飾りを取り出して、ソフィアに見せる。
「花の真ん中にある二つの赤い宝石、これが当主継承者の証です」
「では、あなたの異母妹が着けていたのは」
「偽物なのでしょう」
エリノアが最悪のことを想定していたことに感心しつつ、それでもやはり親子としての時間が欲しかったと寂しい気持ちがこみ上げてくる。
エリノアがどれほど必死にイヴェットを守ろうとしてくれたのか。
今ならわかる、大人の考え。でも幼かったイヴェットの望みは違う。命の危険があっても、愛していると抱きしめてほしかったし、側にいてほしかった。もっと沢山――。
「支度は出来ただろうか?」
遠慮がちなノックの音と共に、扉が開く。顔を上げれば、ウィルフレッドが騎士の正装姿でそこにいた。
「どうしたんだ?」
ぎょっとした顔になると、ウィルフレッドは大股で近くにやってきた。ポケットからハンカチを取り出し、そっとイヴェットの目元を押さえる。その優しさがさらにイヴェットの涙腺を決壊させた。
「目が腫れてしまうのに、止まらないの」
「嬉し涙だと思われるさ」
「そうかしら」
何とか涙が治まってくると、カイラが手早く治してくれる。腫れぼったいまま、教会へ出向けば。
街の人が全員来ているのではないかと思うほど、人に溢れていた。イヴェットを聖女として受け入れてくれた人たち。誰もが笑顔で祝福してくれる。
自分の結婚がこれほどまでに祝福されるとは思っていなかった。驚きながらも、嬉しくて。止まったはずの涙が再び零れた。
「あちらを」
そっとウィルフレッドに促されて、少し外れたところを見れば。
見知った顔があった。城に居なくてはいけない人たちがいた。こちらに飛び出してこないように国王を押さえているのは、ハイド侯爵だ。付き添いで来てくれたのか、ロバートソン伯爵夫妻もいる。
イヴェットと視線が合うと、嬉しそうに笑った。
「落ち着いたらお礼を言いに行こう」
「はい」
祭壇にはソフィアとエドガーが祝福を与えるために待っている。
二人そろって足を踏み出した。
Fin.
完結までお付き合い、ありがとうございました!
特に誤字脱字報告!
いつも助かっています、本当にありがとうございました(人´∀`)
ブクマ、評価、拍手、ありがとうございました。連載中、途中で止まるのではないかとひやひやしていたのですが。とても励みになりました。
皆様の善意に感謝を(*´ω`*)
それでは皆様、よいなろうライフを!
 




