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決着


 声がした方を見れば、大きな亀裂ができていた。そこだけ窓ができたように別の場所と繋がっていた。こちらの物々しい様子とは対照的だ。


 地面に転がっているジェレミーは喜色を浮かべて、体を大きく揺らした。少しでも近づこうと芋虫のような動きをしている。もし口がふさがれていなければ、パメラの名前を呼んでいたことだろう。


 ロルフはパメラの方へ移動しようとするジェレミーの背中に足を置き、体重を乗せた。ジェレミーは首を持ち上げ、自分を踏みつけるロルフに憎悪の目を向ける。ロルフは困ったように首をかしげた。


「悪いけど、動かないで。お姫さまにここまで迎えに来てもらいたいのよ」

「お前えええ! わたしのジェレミーに何ということを!」


 パメラはなりふり構わず、穴からこちらへと乗り込もうとする。だが、側に控えていた侍女がパメラの体を抱き留める。


「いけません。まだ完全ではありません」

「でも、ジェレミーが! ジェレミー、ジェレミー!」


 パメラは髪を振り乱し、目を血走らせ、狂ったように叫ぶ。あまりの狂気に、体が自然と後ずさる。誰もがその異常さに警戒した。


「心配いりません。アリソン様が連れ戻してきてくださいますよ」


 ケイトがそう言うと、パメラの横をすり抜けて穴から魔物がのっそりとこちらに出てきた。体は熊のように大きく、黒い短い毛で全身覆われている。そして人の顔を持っていた。


「え? アリソン?」


 茫然と、魔物と融合したアリソンを見つめた。今までも魔物について学んできたが、その中に人間が融合した魔物など聞いたことがない。それは騎士たちも同じだったのか、動揺する。


 そのまま魔物として斬り捨てていいのか、それとも浄化で元に戻るのか。その判断すら誰も持っていなかった。


「あれは、魔物だ」


 騎士たちの混乱を断ち切ったのは、ダレンだった。彼の低い声が騎士たちの気持ちを落ち着かせる。彼らは剣を持ち直すと、アリソンの顔を持つ魔物と対峙した。ウィルフレッドも剣を構え、イヴェットを背中に庇う。彼は前を向いたまま、イヴェットに話しかけた。


「イヴェット、ゆっくりと後ろに下がって。きっと彼女の狙いは君だ」

「ええ、わかったわ」


 イヴェットは小さな声で、素直に返事をする。


「お義姉さまの臭いがする……どこに隠れているの、さっさと出てこい!」


 その声を合図に、騎士たちは一斉にアリソンの顔を持つ魔物に飛び掛かった。怒り狂ったアリソンは無茶苦茶に腕を振り回し、狂ったように怨念を垂れ流す。


「殺してやる、殺してやる。こんなことになったのは、お前が生きているせいよっ! わたしより惨めに死ねばいい!」

「イヴェット、お前の血を寄越せ。そうすればこの状態から俺たちは救われる」


 どこからか、ゴドウィンの声も聞こえてきた。姿が見えない彼の声に、イヴェットは動きを止めた。声の姿を探して、視線を彷徨わせる。だが目の前には熊と融合したようなアリソンしかいない。気のせいなのか、それとも別の空間が繋がっていて、そこから聞こえているのか。


「お嬢さま、もっと下がってください」


 カイラがアリソンの顔を持つ魔物から少しでも距離を置こうと、イヴェットの腕を後ろに引っ張る。


「今、ゴドウィン様の声がして」

「ええ。わたしにも聞こえました」

「でもどこにいるの? 気味が悪いわ」


 二人で囁き合いながら、アリソンの顔を持つ魔物から少しずつ距離を作る。ソフィアは、と視線を巡らせれば、ロルフと共にパメラと対峙していた。そうしているうちに、転移の魔法陣が光を帯びてくるくる回り始めた。


「ソフィア姉さま! 魔法陣が動き始めています!」


 背を向けているソフィアに伝えれば、彼女は驚いたように振り返った。光は次第に強くなる。ソフィアは駆け足で転移の魔法陣の中に入り、力強く魔力を流した。


 黄金の光がいくつも伸び、その先端はこことは別の空間にいるパメラに向かっていく。捕らえるつもりなのか、向こうにいる二人の腰に巻きつき、そのままこちら側に引きずる。


「ジェレミー!」


 引きずられながらも、ジェレミーの横に差し掛かってパメラは手を伸ばした。ジェレミーは大きく体をくねらせ、パメラの方へと転がっていく。


 パメラはジェレミーに抱きつくと涙をこぼした笑みを浮かべた。


「ああ、よかった」

「パメラお嬢さま、戻ります。魔法陣を……」

「そうね、ジェレミーを取り戻したのならここにはもう用はないわ」


 ケイトに促されて、パメラは首に掛けていたペンダントの宝石に触れた。その動きを見ていたロルフはパメラの手を狙って小石のように小さく固めた魔法を飛ばす。


「させないわよ」

「きゃあ、痛い!」


 パメラは手の甲に魔法を当てられ、宝石から手を離してしまった。指が引っかかったのか、ペンダントの鎖が切れる。ケイトが焦ったように、宝石を落とすまいと手を伸ばした。


「残念」


 ケイトが受け止める前に、ロルフが宝石を掴んだ。信じられないと言わんばかりに、ケイトが大きく目を見開く。


 三人は碌な抵抗もできないまま、転移魔法陣の中に呑みこまれた。パメラたちがいなくなったことで、穴が揺らぎ、徐々に閉じ始めた。


 残るはアリソンの顔を持った魔物だけになった。


 アリソンの顔を持った魔物が騎士たちの攻撃を押しのける。その力はとても強く、しかもびっしりと生えた硬い毛が剣を弾いてしまう。それでも何度も何度も騎士たちに代わる代わる切り付けられ、次第に血まみれになっていった。


「邪魔するなぁっ!」


 イヴェットに近づきたいのに一歩も動けないアリソンは騎士たちに顔を向け、半円を描くようにして咆哮した。その声に、騎士たちの足が止まる。


 イヴェットはその時に初めて、アリソンの顔をした魔物の背中を見た。その背中にはゴドウィンの顔がある。背中に埋め込まれているゴドウィンはアリソンと違って融合しきれていないのか、顔だけでなく手も残っていた。


「イヴェットォォォォ!」


 ゴドウィンと目が合う。ゴドウィンの手がイヴェットを捕らえようと伸ばされ、背中の方が出っ張り始めた。正直気持ちが悪い。


「浄化して!」


 ソフィアが大声で叫んだ。はっとして、イヴェットは手を組んだ。ようやく馴染んできた浄化の祈り。一気に純度を上げ、ゴドウィンの顔に向かって放った。


「ぎゃあああああ、痛い痛い痛い」


 浄化をもろに顔に当てられゴドウィンは両手で顔を覆いながら、悲鳴を上げる。


「ふんっ!」


 アリソンとゴドウィンの動きにばらつきができ、ふらついたところでダレンが大剣を肩口に押し込めた。斬りつけられた痛みに耳をつんざくような悲鳴を上げた。その声に、体が竦む。


「イヴェットオオオ!」


 ゴドウィンの手が再び伸びてきた。彼の想いが変化をもたらしたのか、人の手が次第に魔物の手になり長く伸びてくる。手の届かないところへ逃げたいのに、委縮した体は上手く動かなかった。


 捕まる、と思わず目を閉じたところで。ウィルフレッドが二人の間に滑り込んだ。剣を振るい、ゴドウィンの腕を切り落とした。

 バランスを崩したところで、ダレンが思いっきり浄化の魔法陣に向かって蹴りを入れた。


 魔物は浄化の魔法陣の方へと倒れ込む。アリソンは憎悪に瞳を光らせて、怨嗟の声を上げた。刃となった咆哮を、ウィルフレッドは剣で叩き壊した。


 魔物は浄化の魔法陣に触れた場所から細かな塵となっていく。


「大嫌い大嫌い大嫌い。どうしてお義姉様だけ幸せになるの。こんなのおかしい。わたしだって」


 そんな言葉を残して、最後には跡形もなく消えた。騎士たちがすべての魔物を始末した後、一番外側の魔法陣が輝いた。くるくると光が回り始めた。魔法陣を通して、中央教会にいるはずの大聖女の祈りが満ちていく。


「これは……大聖女様の祈り」


 急に緊張が解け、その場にへたり込んだ。両手が震え、体が鉛のように重い。必死だったから気が付かなかったが、魔力を使い過ぎている。


「大丈夫か?」


 ウィルフレッドは剣を鞘に戻すと、イヴェットの前に膝を突いた。イヴェットは頷いた。


「イヴェットが無事でよかった」


 ほっとした笑顔を見せた後、ウィルフレッドの体がゆっくりと傾いた。慌ててその体を支える。


「ウィルフレッド様?」


 彼の顔はどんどんと青白く、血の気が引いていく。顔を覗き込めば、焦点が合っていない。嫌な焦りを感じ、彼の体を見れば。


 鎧の一部が黒く変色していた。鎧に広がった呪いはその表面をぐずぐずに溶かし始めた。そして、首や顔にまで急速に広がっていく。


「これは……呪い?」


 イヴェットは感情の赴くまま、力を全開に浄化をした。

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