解決に向けて
翌日、早い時間にイヴェットはソフィアに面会を求めた。彼らは彼らで騎士団の鍛錬場に魔物を送り込まれたことで、忙しくしていた。王城と同等の強い魔法陣で守られているはずの場所に魔物が送り込める。これは辺境伯領だけでなく、由々しき問題だった。国や教会とも連携を取り、様々な検討が行われている。
そんな多忙な中、ソフィアはイヴェットのために無理に時間を作ってくれた。イヴェットはサロンに足を踏み入れて、思わず目を見開いた。
教会の中でも接待に使われるサロンは優雅さは失われ、テーブルの上には沢山の書類、持ち込まれた武骨な作業台にも様々な魔術の本や魔法陣を書くための道具が無造作に積まれていた。ここで飲食も行っているのか、食べかけのパンや使い終わったグラスもある。
エドガーとロルフが目の下にクマを作りながら、文献を漁っていた。鬼気迫る様子に怯みながら、ソフィアを見る。彼女もいつもよりも疲れた顔をしているが、それでも生き生きしていた。もしかしたら、特製のポーションか何かを飲んでいるのかもしれない。
「少ししか時間が取れなくて、ごめんなさいね。それで、どうしたの?」
にこやかに、イヴェットを椅子のある方へと誘う。そのテーブルだけは何も置いていなかった。侍女が手早く人数分お茶を淹れた。エドガーとロルフはふらふらしながら、こちらにやってくる。
「昨夜、カイラと少し話をしていて気が付いたことがあったので」
そう前置きして、昨夜、まとめた内容を話した。
イヴェットの話をきょとんとして聞いていたソフィアたちだったが、次第に顔色を悪くする。
「え? つまり、どういうことなのかしら?」
「お父さまを取り返そうとして、昨日の魔法陣を使う可能性があります」
「魔物を召喚するあれを? 王都の療養所で?」
「そうです」
イヴェットは重々しく頷いた。もしかしたら、という希望もないことはない。だが、冷静さを失っているアリソンの様子を見ると、簡単に使いそうで怖い。
「大惨事じゃない! 昨日、何とかなったのは騎士団の鍛錬場だったからよ? あれが街中で起こったのなら、ひどい状態になっていたわ」
街中に魔物があふれ出した様子を想像したのか、ソフィアは顔色を失った。座っていられないのか立ち上がると落ち着きなくうろうろと部屋の中を歩く。
「ああ、頭がごちゃごちゃしてきたわ。あの後妻は本当にあの男を愛していて、奪われたから連れ戻すつもりでいる。それを可能にするのは魔道具よね?」
「イヴェット嬢にも何かしらの印がつけられていることを考えれば、クリーヴズ公爵にも付いていると考えられる」
エドガーの指摘に、ソフィアはますます難しい顔になった。
「魔道具があれば、本人に素質がなくてもどうにでもなるのかしら?」
「魔力の問題があるわよ。適性がない人が使うにはかなりの魔力を消費するから」
ソフィアの疑問に答えたのはロルフだ。魔術を得意としている彼はきっぱりと断言した。ソフィアもそうかと頷く。大きな魔術を使うのなら、それなりの魔力は必要となる。でも、アリソンにもパメラにも、それほど大きな魔力を感じたことはなかった。
「そうよね。それなら、心配いらないのかしら?」
「そうとも言えないわよ。魔の森の魔法陣には生贄を使った形跡があったわ。だから足りない分は生贄を準備するかもしれない」
生贄、と聞いて、イヴェットの頭に真っ先に浮かんだのは領民だった。二年ほど前から、イヴェットから領地での権限はパメラに移行していた。当主教育が大変だろうから、領地の方は任せてほしいというような感じで。
嫌な予感に、冷や汗が出る。
「どうにかしなくてはいけないことだけはわかったが……どうすべきか」
エドガーは眉間にしわを寄せ、こめかみを揉みこんだ。ここは辺境伯領だ。王都の状態など、すぐにわかるわけではない。それに王都の人員を動かすためにはそれなりの理由が必要だ。
「そうだわ。ジェレミーを森の中に連れてきましょう」
ソフィアがいいことを思いついたと言わんばかりに、両手を叩いた。
「は? 何を言っているの?」
ロルフがひどく低い声を出す。ソフィアは気にすることなく、笑った。
「だって、王都で発動されるよりもいいじゃない。魔の森に人はいないから、どうにでもなるし」
「そういう問題じゃないわ。この街が危なくなるじゃない。街には沢山の人たちがいるのよ」
ロルフの言い分はもっともで。噛みつかれたソフィアは真顔になった。
「わかっているわ。だからって王都の人たちを危険にさらすわけにはいかないでしょう?」
「ちっとも、わかっていないわよ。どうしてそんな危険物を引き受けないといけないの」
それは立場による違い。イヴェットはハラハラしながら二人を交互に見た。
「何も策もなく連れてくるわけじゃないわ。魔の森の奥の方に結界を張る。絶対に出てこられないようなものをね」
「可能なわけ? ここですら召喚できてしまったのに」
「心配な気持ちもわかるけれど、教会には秘匿されている魔法もあるのよ」
秘匿された魔法と聞いて、エドガーが驚いた顔になる。教会の秘匿魔法を知っている人物など、大聖女と大司教しかいない。
「大聖女様が協力してくれるのですか?」
「そうよ。中央教会にとっても、他国にとっても由々しき問題ですもの。今回のことで色々と話し合った結果、秘匿されている魔法を聖女が使えるように大聖女様が改良しているの」
「それでは許可しないわけにはいかないですね」
エドガーは仕方がないと、肩を竦めた。
「ちょっと、エドガー!」
「ロルフ、少し落ち着け。大聖女様が力を使うのなら、絶対に辺境は守られる」
ロルフは拒絶の言葉を吐こうとして、そのまま呑み込んだ。落ち着こうとしているのか、何度か大きく呼吸を繰り返す。緊迫した空気を破るように、カイラが手を上げた。
「カイラ、どうしたの?」
ソフィアがカイラへと注意を向けた。カイラはいつもと変わらない淡々とした様子で、訊ねた。
「ジェレミー様を誰が迎えに行くのですか?」
「ああ、その問題もあるわね。どうしようかしら」
「では、わたしが行ってきます。ジェレミー様も侍女にはあまり警戒しないと思いますから」
カイラの申し出にぎょっとしたのはイヴェットだった。
「カイラが行くなら、わたくしも一緒に」
嫌な役目を押し付けたくない、その気持ちだけで一緒に行くと告げた。だけど、カイラは首を左右に振った。
「わたしと、それから……ロルフ様の二人が妥当だと思います」
「私!?」
他人事のような顔をしていたロルフが驚いたように声を上げる。
「ええ。わたしは転移魔法が使えませんし、ジェレミー様を担ぎ上げる人が必要です」
「それもそうね。イヴェットを連れていくと、ウィルフレッドも行くことになるし、大所帯過ぎるわ」
ソフィアが頷けば、ロルフが喚いた。
「ちょっと二人で何勝手なことを言っているのよ!?」
「ふうん。ロルフでは難しい? だったらわたくしが行ってこようかしら」
「誰のことを言っているのかしらね、この聖女は」
売り言葉に買い言葉。ロルフとカイラが行くことにあっさりと決まった。
「お嬢さまはこちらで待っていてください。すぐに帰ってきますから」
「え、ええ」
言われていることはわかる。でも、心配で仕方がなかった。ジェレミーはイヴェットだけでなく、カイラにもきつく当たっていたから余計に。
「何か喚いたら、一撃食らわせて黙らせます」
カイラは拳を握りしめ、いい笑顔を見せた。




