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大変なことが起こりそうな予感


 何が起きているのかわからない。

 それでも、クリーヴズ公爵家で何かが起きていることは確か。


 イヴェットは寝台から起き上がった。騎士団の鍛錬場から戻ってきた後から休んでいたせいで、夜なのに眼が冴えてしまっていた。


 魔力が戻り、体調もさほど悪くなくなれば、色々と考えてしまう。少し前に魔道具が嵌められていた手首をさする。

 ロルフやソフィアが言うには、イヴェットに印になる何かついているのだろうということだった。そうでなければ、魔道具も何もない状態で空間が繋がるわけがないそうだ。

 この街にはソフィアだけでなく、魔術が得意なロルフがいる。彼の宿と同じぐらい強固な警備の魔法陣が主要な場所に張られているのだから、無理やり転移魔法陣を張ることもできないだろう。


 ソフィアの祝福でも消えない印、可能性としてはアリソンに嵌められた魔道具ぐらいしかない。禁呪については、教会もあまり知識を持っていないそうだ。時々現れるそれを、手さぐりに寄せ集めているだけなのだそう。


 イヴェットは大きく息を吐いた。


 魔術についても禁呪についてもイヴェットが思いつくようなことは何もない。ただわかっていることは、クリーヴズ公爵家について放置したままでは駄目だという事。イヴェットが勝手に死んだふりをして国から出て行けばいいというものではなくなってしまった。


 クリーヴズ公爵家を出て行くきっかけになったあの日を思い返す。

 得意気になっているアリソン、初恋なんだとどこか夢心地のような顔をしていたゴドウィン。イヴェットには随分なことを言っていたが、空間の裂け目から見えた二人は仲たがいしているようには見えなかった。


 でも。

 イヴェットは眉を寄せた。イヴェットに向けて伸ばされた魔物の手は、アリソンの感情に従って動いているように見えた。


「一体何があったのかしら」


 乏しい知識でこれからを想像し、頭が痛くなってくる。ぐりぐりとこめかみをもみほぐしていると、扉をノックする音が耳に入った。寝ているなら起こさないように、控えめな音であったが、イヴェットはすぐに返事を返す。


「お嬢さま、どうしましたか?」


 カイラの問う声に、イヴェットは起きていると伝えた。静かに扉が開き、カイラが入ってくる。彼女はお仕着せを着ていた。カイラがこんな時間にまできちんとした格好をしていることに驚いた。


「変な時間に休んでしまったから眠れなかっただけ。カイラは気にせず休んでちょうだい」

「お嬢さまが起きているのに休むことなどできません」

「でも、今日は疲れたでしょう?」


 カイラも騎士たちに混ざって魔物を退治していた。一人ではなかったとはいえ、数が多かった。疲れたはずだ。


「大丈夫です。わたしには超眠気覚ましという強い味方がいますので」

「超眠気覚まし……何、それ」

「ソフィア様の力作です。寝ていないのに、熟睡したのと同じ状態になるポーションです」


 それって人を駄目にするポーションでは、と思ったが、艶やかな顔色を見ているとやめてほしいと言えなかった。彼女がそんな飲んだら危険なポーションを飲んだのは、イヴェットの側に付いているためだから。


「……今日だけにしてね。カイラの体調が心配だわ」

「ええ。ソフィア様にも一日一本、連続は三日までと言われております」


 一日何本飲むつもりだったのかと、体が震えた。


「ちゃんと守ってね」

「もちろんです。起きてしまったのなら、ホットミルクでもお持ちしましょう」


 カイラは部屋を出ていくとすぐさまホットミルクを持って戻ってきた。イヴェットは窓際にある椅子に腰を下ろし、カップを手に取る。


「ねえ、カイラ。つながった先で睨んでいた女性、アリソンだったわよね」

「間違いなく」

「何が起きているのかしら?」


 カイラは思案するように唇に指を当てた。イヴェットはじっと彼女の答えを待つ。


「わたしの想像でしかありませんが」

「それでもいいわ」

「アリソン様、魔道具をつけられているのではないかと」


 イヴェットは眉をひそめた。一度は考えたが、あのアリソンが魔道具を自ら使うとは思えなかった。


「アリソンが魔道具を? 侍女のケイトや弱い立場の使用人につけるのなら、わかるけど……」

「ケイトはパメラ様の侍女ですよ。アリソン様は彼女に対して命令できません」

「なんだか認識の違いがあるわね。わたくしにはアリソンの我儘をすべて叶えていたように見えていたけれど」


 カイラは侍女として屋敷の中を動き回っていた。部屋に引き籠っているイヴェットよりはケイトの動きを見ているのかもしれない。


「どう言ったらいいのか……。ケイトの中で、パメラ様が最上位、次にジェレミー様、最後にアリソン様という感じです。ジェレミー様を優先しているがゆえに、娘を愛しているジェレミー様の気持ちを満たすためにアリソン様の我儘を叶えて満足させているというのか」


 訳が分からず、瞬いた。


「どうしてお父さまの方がアリソンよりも上なの? ケイトは後妻と一緒にクリーヴズ公爵家に来た人でしょう?」

「パメラ様がジェレミー様を愛しているからです」


 愛している、とはっきりと言い切られて、目を丸くした。


「え、え? 確かにわたくしから見ても、仲の良い家族だわ。でも、後妻はお父さまの財産目当てで、入り込んだのではないの?」

「わたしも初めはそう思っていたのですけどね。どうやら真実の愛というものらしいです」


 真実の愛、と言われてなんとなく納得した。

 アリソンはパメラから真実の愛についてずっと聞かされていて、ゴドウィンもその話を聞いていて、だからこそ二人の関係を「真実の愛」と表現した。どこかの演劇や小説に影響されたと思っていたが、ジェレミーとパメラの関係から憧れたのかもしれない。


「パメラ様が本当にお父さまを愛しているのなら、わたくしは勝手な勘違いをしていたことになるわね」


 ゆっくりとホットミルクを飲みながら、しみじみと呟く。カイラは何かに気が付いたかのように、はっとした顔になった。


「もしかしたらアリソン様が魔道具を嵌めさせられた原因はジェレミー様かもしれません」

「どういうこと?」

「ですから、ロバートソン伯爵夫人が突撃して、ジェレミー様を保護したわけですよね?」

「そう書いてあったわね」


 国王からの手紙を思い出し、頷いた。

 治療院に運び込まれた時は衰弱しきっていたようだが、手厚い看護を受け、前のように動けなくても意識ははっきりするようになった。ただ動けなくても口が元気なので、毎日のように屋敷に返せ、パメラの側に戻りたいと喚いているらしく。

 看病している周囲も大変である。しかも、どうして衰弱したのかとか、どんな生活を送っていたのかといったような問いには沈黙しているそうだ。


「パメラ様にとってジェレミー様が一番大切です。そのジェレミー様が療養所に連れていかれた。つまり、パメラ様の側からいなくなった」


 カイラの言いたいことがわかってしまった。


「そもそもロバートソン伯爵夫人がクリーヴズ公爵家に来たのは、アリソンがやらかしたから、つまりお父さまが療養所に行くことになったのはアリソンが原因」

「その通りです! ああ、すっきりしました」


 カイラがいい笑顔を浮かべた。だけどイヴェットは素直に喜べなかった。パメラはどのような経緯か知らないが、禁呪の入った魔法陣が使える。


「ねえ、カイラの理屈からすると、療養所、とても危ないんじゃない?」


 カイラの笑顔が固まった。

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