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中央教会の使者

 エドガーに案内されたサロンには、ウィルフレッドとロルフ、そして教会の正装を身に纏った女性が待っていた。


 楽しげに話している三人、中央にいる女性を見て、思わず足が止まる。


「お母さま?」


 イヴェットは目を見開き、呟いた。


 淡い金の髪に、雲一つない青空を切り取ったような瞳。

 緩やかに波立つ長い髪。

 それはまさにエリノアの姿。


 イヴェット達に気が付いた彼女は立ち上がった。


「まあ! エリノア姉様に似ているなんて、嬉しいわ。もっと表情を隠した方がよく似ているとは思うのだけど、なかなか難しいのよね」


 彼女はくるくる回ってしまいそうなほど声を弾ませた。

 そのはしゃぐ姿に、母の姿と重ならなくなった。エリノアは常に淡々としていて、感情の起伏はほとんどない。辛うじて、うっすらと笑った顔を見たことがある程度だ。それに対して、目の前の女性は喜色満面の笑みを浮かべている。


 イヴェットはスカートを少しつまみ、右足を後ろに引いて挨拶をした。


「お久しぶりです、聖女ソフィア様」

「随分と大きくなって! すっかり年頃の娘ね」

「四年ぶりでしょうか? いつも沢山の贈り物、ありがとうございます。ソフィア様の温かいお心遣い、感謝いたします」


 誕生日や、季節の節目に贈られてくるドレスや宝飾品のお礼を続けて言う。ところが、ソフィアはとても悲しい顔になってしまった。


「まあ、そんな堅苦しい挨拶をしないでちょうだい。幼い頃のように、ソフィア姉さまと呼んでほしいわ。可愛いあなたに壁を作られているようで、悲しくて泣けてしまう」


 ウルウルと目を潤ませ、悲し気に項垂れる。雨に打たれた薔薇の花のような姿に慌てた。悲しませたいわけではない。


 ソフィアはエリノアの従妹で王妹。年が十歳も離れているにもかかわらず、エリノアを姉のように慕っていた。その縁で、中央教会に行った時には随分と目を掛けてもらっていた。幼い頃、惜しみなく可愛がってくれるソフィアにはとても懐いていた。


「ソフィア姉さま、会えてとても嬉しいです」

「わたくしもよ!」


 ソフィアはイヴェットとの距離を詰めると、そのままぎゅっと抱きしめた。甘い花の香りに包み込まれる。


 ソフィアの香りだ。

 その懐かしい香りに、不覚にも涙が出そうになった。


「ここまでの経緯を聞いたわ。ああ、可哀想に。どうしてすぐにわたくしを頼ってくれなかったの? すべてを放り投げてでも、助けに向かったのに」

「……お気持ちだけで」


 本当にやりかねないから、連絡など入れられるわけがない。

 そこまで切羽詰まった状況ではなかったこともあって、聖女候補でなくなってから一度もソフィアに助けを求めることを考えたことがなかった。


「そういう遠慮はいらないわ。あなたはエリノア姉さまの娘なの。それはすなわち、わたくしの妹ということ。いくらでも頼ってほしいのよ」

「ごめんなさい」

「助けてほしいということは恥ではないのよ。ついうっかり暴走して、ジェレミーを殴りに行くところだったわ」


 優しく頭を撫でられて、イヴェットは目をつぶった。エリノアから貰えなかった肉親の愛を惜しみなく与えてくれる。不穏な言葉も何故か嬉しくて。ソフィアはいつだって温かい。


「感動の再会はもういいかしら?」


 ソフィアの胸から顔を上げれば、ロルフが嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。


「ロルフも感動した? わたくしの可愛い妹なのよ」

「はいはい。もうその話はさっき耳が腐るほど聞いたわ。もう本題に入っていい?」


 ロルフに促されて、イヴェットは椅子に腰を下ろした。


「それで、聞きたいことはイヴェット嬢がつけていた魔道具についてよ」

「先ほどエドガー様に説明したのですが。残念ながら、わたくしは義母の交流範囲を知らないのです」


 イヴェットが申し訳なさそうに告げれば、ロルフは首を傾げた。


「では、どんな人が屋敷に訪ねてきたのか覚えているかしら? 友人でなくても、商人でもいいのだけど」

「どうかしら……カイラ、屋敷に義母の客人が来たことがあったかしら? 覚えている?」


 イヴェットは部屋の隅に控えるカイラに聞いてみた。カイラは難しい顔をして、記憶を探っている。本邸では蔑ろにされていたイヴェットであったが、それでも客人が来れば使用人たちの動きで察することはできる。カイラならば、イヴェット以上に自由に動き回っていたので、使用人たちの話を拾っているはず。


「本邸に客人を迎えた様子はなかったと思います。どちらかというと、年中遊び歩いていて。侍女たちは帰りは遅いし、ドレスもすぐに汚してくるから片付けるのが大変だとこぼしていましたね」

「そう言えば、ドレスも宝飾品も購入する時は、王都の商会に出向いていたわ」


 父ジェレミーが柔らかい笑顔を見せて、パメラやアリソンのおねだりを許していた。アリソンは当てつけで、手に入れたドレスなどをわざわざ見せびらかしにイヴェットの部屋まで押しかけて来たこともある。肌の露出の多い下品なデザインのものが多くて、羨ましいというよりもこれを着て本当にお茶会に参加しているのかと慄いていた。


「どこの商会だったかしら? 聞き覚えのない商会だったことぐらいしか覚えていないわ」

「その商会、俺、知っている」


 ウィルフレッドが口を挟んだ。全員の視線がそちらに向かう。


「確か、十年程前に他国からやってきた商会で、クリーヴズ公爵家の御用達だということで人気が出た店だ。ただ、品質がいまいちなようで高位貴族たちは利用しない」

「ふうん、中流向けの他国の商会ねぇ。魔道具の入手先としては非常に都合がいいわね」

「隠れ蓑ということもあるけれども、お兄さまに調べてもらうわ」


 ソフィアは自分の侍女にメモをするようにと指示をする。


「それで、イヴェットを殺すために着けられた魔道具のことなのだけど。魔力を吸うだけではなくて、禁呪もどきも使われていたということで間違いないの?」


 ソフィアは質問をエドガーに向けた。エドガーは軽く頷く。


「ここ最近、魔の森でいくつかの実験跡が見つかっています。そこに残されていた魔道具に刻まれた魔法陣とよく似た作りをしている」


 その説明にイヴェットは目を瞬いた。


「魔道具が残っているなんて……実験ならば回収していくのでは?」

「逆よ。実験だからこそ、魔法陣は完ぺきではないの。先日の魔物召喚を考えると、空間を繋いで、魔物を呼び出す実験だったはず。魔道具が残っていたということは、術者は食い殺されている可能性が高いわ」


 イヴェットの疑問にロルフが推測を話した。誰も驚いた顔をしていない。推測と言いながらも、ほぼ事実に近いようだった。


「魔力が空になるまで吸い上げるとは言っていたけど……もしかして、わたくし、危険でした?」

「それは間違いないわね」


 アリソンとゴドウィンの最後に見た歪んだ笑顔に、そこまで嫌われていたのかと気持ちが沈んだ。


「そのイヴェットがつけられたという魔道具、見ることはできる?」

「秘密部屋に置いてあります。魔の森にあった魔法陣を写し取ったものもそこに。後でご案内します」

「そうね、後で確認しましょう。それからイヴェット」


 名前を呼ばれて、エドガーからソフィアに目を向けた。


「念のため、祝福しておきましょう。そんな危険な魔道具を何日もつけていたなんて。下手をしたら、体の方に影響が残ってしまうわ」

「でも、もう魔道具は外れましたし、特に不調はありませんわ」

「呪いにはいくつか種類があるの。魔の森の魔法陣のことを考えると、質の悪い呪いも付けられているかもしれないわ」


 呪いに種類があるのは知っている。だが、質の悪い呪いと言われてもピンとこない。納得していない顔をしていたのか、ソフィアが目を細めて微笑んだ。


「そうね、例えば。徐々に体の内部に刻むタイプは質が悪いとわたくしは思っているわ」

「内部に刻む? そんなことができるのですか?」

「難しい魔術で、使いこなせる人間はほぼいないわ。でも、できなくはない。接している部分から少しづつ呪いを流し続けるの。魔力の根源と言われている臓器に、少しずつ呪いを刻んでいくのよ。一日の変化はごくわずかだから、外からわかりにくいのが問題点ね」


 あまりの恐ろしさに顔色を変えた。アリソンの性格からすれば、一番最悪な呪いを選んでくるような気がした。


「だから、念のためね」


 手を出して、と言われて素直に手を出した。

 両手を包み込むようにして握られる。ソフィアの魔力が手を伝って全身を巡る。彼女の唇からは祈りの言葉が零れ落ちた。

 優しく温かな聖女の祈りを通して、心の奥底に隠れていた不安や不満がゆるゆると解けていく。


 これが聖女の祈りなのか。

 イヴェットは先日の自分の祈りとは異なる包容力に、恥ずかしくなった。初めてこんな風になりたいと願った。


「さあ、これでいいわ。おかしなものはすべて弾き飛ばして、十倍返しにしておいたから」

「それ、やり過ぎじゃない?」


 ロルフが過剰と言える対応に、顔をひきつらせている。


「わたくしの可愛い妹のためですもの。まだまだ足りないぐらいよ」

「ソフィア姉さま、ありがとうございます」

「うふふ。もう可愛い! ああ、それから」


 ソフィアはぎゅっと両手を握ってから、イヴェットの隣に座るウィルフレッドを見る。


「しばらくの間、イヴェットの護衛をお願いね。イヴェットの魔力狙いのような気がするのよ」

「わかった」


 ウィルフレッドが護衛に付くことになって、ぎょっとした。


「ちょっと待ってください。ウィルフレッド様は騎士団の仕事もあるでしょう?」

「問題ないですよ。騎士団には頼れる人材が沢山いますから」


 エドガーがにっこりと笑うので、それ以上の反論は出来なかった。

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