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イヴェットの婚約事情

 一人、サロンに残されたイヴェットは体から力を抜き、椅子にもたれかかった。


「参ったわね」


 先ほどのアリソンの歪んだ笑顔を思い出し、ため息を落とす。

 アリソンを恐ろしいと思ったことは今までなかった。時々、優越感に浸る顔をして突っかかってきていたが、それだけだった。まさか、殺したいと思われていたとは。それほどまでに、ゴドウィンを愛しているということなのだろうか。


「ゴドウィン様とのことを相談してくれれば、何とかしたのに」


 イヴェットとゴドウィンの婚約はエリノアの葬儀の後にすぐに調った婚約だった。エリノアが用意していた婚約ではなく、父ジェレミーが決めた相手。


 当時、聖女の資質があるからと中央教会で暮らしていたイヴェットは戸惑ったものだ。エリノアからは十五歳の誕生日に行う継承の儀式の後、相性のいい魔力を持つ相手と婚約すると聞かされていたから。

 そのことをすぐに伝えたが、ジェレミーは嫌そうな顔をしただけで、話をまともに聞いてくれなかった。


 何はともあれ、婚約したのだから、誠意ある対応をすべき。そう気持ちを切り替えて、ゴドウィンと交流を始めた。


 ゴドウィンは可もなく不可もない相手だった。派閥や経済的な問題のない伯爵家の三男というだけ。何かに秀でているわけでもなく、クリーヴズ公爵家に婿入りするのだからとがむしゃらに努力をすることもなく。ただ、イヴェットにはそれなりに気遣いをしてくれた。


 二人の気持ちは燃え上がるような愛ではないかもしれない。でも、お互いに尊重し合っていれば、それなりに幸せで、穏やかな家庭が築けるのではないかと考えていた。

 それなのに、自分たちの犠牲となって死んでしまってもいいと思われていた。


 これからどうしたものかと悩んでいると、扉が開いた。顔を上げれば、侍女長に呼びだされていたイヴェットの侍女が入ってきた。


「カイラ、おかえりなさい。随分と早かったわね。もっと時間がかかるのかと思っていたわ」

「大した用事ではありませんでした。それで、お嬢さま、ゴドウィン様はどうされました?」

「アリソンと腕を組んで出て行ったわ」


 余計なことを省いて説明すれば、カイラの眉間にくっきりとしわが刻まれた。


「どういうことです?」

「話すと長いのだけども」


 できる限り穏便に伝えようと、少し考え込む。どう説明しても、カイラは怒りそうな気がする。

 腕にある禍々しいバングルを掴んで、くるくると回していれば、カイラが首を傾げた。


「そのバングル、ゴドウィン様からの贈り物ですか?」

「ゴドウィン様ではなく、アリソンからのプレゼント? わたくしを弱らせて殺すためのものらしいわ。魔力を吸い上げる魔道具ですって」


 カイラによく見えるように、腕ごとバングルを目の高さまで持ち上げた。カイラは不審そうな顔をしてそれを見ていたが、次第に顔色が悪くなってくる。魔道具の性能が誇張でも何でもないことがわかったのだろう。


「確かによくできているわ。魔力も程よく吸っているし」

「感心している場合ではありませんよ! 早くそれを外さないと」

「あら、心配してくれるの? 嬉しいわ」


 普段冷静なカイラが慌てる様子が新鮮で、思わず揶揄ってしまう。彼女は面に怒りを滲ませた。


「茶化している場合ではありません! 何かあってからでは遅いのですよ!」

「ごめんなさい」


 イヴェットはバングルについている魔石に人差し指を押し付けた。鍵はないと言っていたが、こういう魔道具は許容範囲以上の魔力を流せば簡単に壊れる。二人は知らなかったようだが、イヴェットの魔力は非常に多いのだ。


 強めの魔力を流してやれば、バングルが軋む。だが、それ以上の変化はない。


「あら、意外。壊れないわ。ちゃんとした店から買ったようね。もう少し魔力を込めてみようかしら?」

「ちょっと待ってください。魔石の色がおかしいです」


 魔石に目を落とせば、透明から薄い黒味のある赤茶色に変色している。空の魔石が魔力を吸い込むと、色が変わる。それは魔力の色で、イヴェットの場合は乳青色になることが多い。


「市販の魔道具を改造した物ではないのかしら?」

 

 不思議に思いよく見れば、見慣れない文字が刻まれている。透明だった時にはわからなかったが、色がついたことで文字が浮かび上がっていた。何が書いてあるかはわからないが、呪術の一種のように思えた。

 カイラは不安そうにイヴェットを見つめる。


「アリソン様は一体これをどこで……」

「さあね。アリソンとも後妻とも、交流がないからよくわからないわ」


 アリソンの母パメラは、エリノアが亡くなってすぐに後妻として入ってきた。前妻の娘であるイヴェットのことを嫌っていて、遠目で見ることはあっても、会話をしたことがほとんどない。


「……単純に魔力を吸うだけでなく、呪いがついているかもしれないわね。教会で浄化してもらってから外した方がいいかもしれない」


 呪いの種類はいくつかあり、間違った方法で解除すると思わぬ被害を受ける。イヴェットは壊すことを諦めた。


「ですが、体調は大丈夫なのでしょうか?」

「少し体が重いかしら。でも、しばらくは大丈夫よ」


 魔力を入れたせいか、先ほどよりも随分と吸い取りが弱い。ずっとつけているわけにはいかないが、問題ないだろう。

 カイラは不安そうな顔をしたが、それ以上は言わなかった。


「喉が渇いたわ。お茶を淹れてちょうだい」


 雰囲気を変えようと、カイラに新しくお茶を淹れてもらう。温かいお茶を一口飲むと、気持ちがほっとする。

 落ち着いたところで、先ほどの出来事をかい摘まんで説明した。カイラは唖然として目も口も大きく開いてしまっている。


「え? お嬢さまを殺して、アリソン様が跡取りに? 正気ですか?」

「そうみたい。流石にこのままなかったことにはできないわよね」

「当然です。酷い裏切りです」

「普通なら、お父さまに報告するところなのだけど聞いてくれなさそうだわ」


 ジェレミーはイヴェットを見ると不機嫌な顔をする。話を聞くどころか、アリソンに譲ればいいと言い出しそうである。


「それに、アリソンは異母妹みたいなの。どう転んでも、お父さまはアリソンの肩を持つわね」

「異母妹? 本当に?」

「アリソンの言葉を信じるなら。年齢も数か月しか差がないから、お母さまの妊娠中に愛を育んでいたのね」


 婿養子なのに何をしているんだと言いたくなる。ただイヴェットにしても、ジェレミーの気持ちはわからなくもない。


 エリノアは氷の女王と社交界で言われたほどの女性だ。頭の良さと魔力の強さ、さらにはその地位と美貌。現国王は従兄であり、王族と確かな信頼関係があった。


 羨まれるものだけでできている人だった。すべてがごく普通で、邪魔にならないからという理由で選ばれたジェレミーがエリノアに劣等感を抱かず、愛を囁けるとは思っていない。ジェレミーは顔がいいだけの、残念なほど器の小さい男なのだ。


 そうであっても、最低限のマナーは必要だろう。妻の妊娠中の浮気はいくら何でも最低すぎる。


「アリソンはクリーヴズ公爵家がお父さまの実家だと思っているようだったわね」

「どこからそんな勘違いを」


 パメラも公爵家代理の後妻として社交界に出ているのだから、真実などすぐにわかると思うのだが。

 都合のいいことしか耳に入らない彼らが正しい情報を得ることは難しいのかもしれない。


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