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辺境の街の聖女


 辺境の街は三日で門は解放され、再び人が行き来できるようになった。

 

 魔の森の奥にあった魔法陣は壊してしまったせいか、戻ってきた翌日には魔の森にのまれてしまったそうだ。心配していた魔物の異常発生も見られなかった。しばらくははぐれの魔物が出る程度だろうと街の住民に報告された。

 辺境の街はその結果を素直に受け入れ、五日も過ぎれば、警戒していた人たちもいつもの日常に戻る。


 隣国への馬車が動き出していたが、イヴェットとカイラはそのまま辺境伯の屋敷にお世話になっていた。というのも、予想以上に聖女効果が大きかった。エドガーの忠告通り、もう少しほとぼりが冷めてから出発することにした。


 カイラはイヴェットの髪を梳かしながら、今日の予定を告げる。


「今日はエドガー様が少し手伝ってほしいことがあるとおっしゃっていました。なので、ポーションの作成と住人との交流は午前中、午後はエドガー様のお手伝いに行きます」

「手伝い? なんだろう?」

「魔法陣についてではありませんか? 魔の森の浄化に行った後、ずっと籠って調べ物をされていますし」


 エドガーが浄化のために魔の森の奥に行って、ロルフと二人、写し取れるだけ、紙に写し取ってきたそうだ。その話を聞いた時に、少しだけ見せてもらったが、まったくもって謎の文字列だった。魔法陣であることぐらいしか、わからない。


「手伝えることなんてあるのかしら。エドガー様やロルフ様が知らないような魔法の知識なんて、わたくし、持っていないと思うのだけど」

「ですが、公爵家の継承に必要な技術ということで、特殊な魔法について色々と学んでいませんでしたか?」

「そうなのだけどね。お母さまが亡くなってしまって、わたくしは代々の継承者が残したノートでしか学んでいないのよ。だから自己流だし、正しいかどうかすらわからないの」


 公爵家には口伝の魔法技術がいくつかある。とても大切なものらしく、正式な書物としては残っていない。辛うじて、当時勉強した時にまとめたものと思わしきノートだけが沢山残されていた。イヴェットはずっとそのノートだけで学んできたが、正直よくわかっていない。それに身についているとも思えなかった。


 カイラも分かっているようで、小さく頷いた。


「ここで悩んでも仕方がありません。さあ、出来上がりましたよ」


 手鏡を使って後ろを確認すれば、美しい青のリボンが結ばれている。見覚えのないリボンに、瞬いた。


「このリボン、初めて見たわ」

「こちらはウィルフレッド様から頂いたものです」

「はい?」


 予想外の答えに、声が翻った。


「覚えていらっしゃいませんか? 護衛最後の日に、頂いたのですが」


 護衛最後の日、と言われて、記憶が蘇った。ウィルフレッドは国王から派遣されてきただけあって、公爵家にいる誰よりも信用できた。カイラとウィルフレッド、二人がいたから、冷ややかなクリーヴズ公爵家に居続けられた。二人に全力で寄りかかっていた。


 そのような状態の時、ウィルフレッドの契約が切れた。残ってくれるものだと思っていたが、彼は辺境伯の跡取り。悲しくて、寂しくて、不安で、目が溶けてしまいそうなぐらい大泣きした。


 その時に連れ出された散歩で、このリボンを買ってもらった。本当は彼を思い出させるような何かが欲しかったが、流石に婚約者のいる身なので選んでもらったという思い出を貰った。


 真剣に選んでくれたリボンを貰った後も、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに泣いた。ずっとそばにいてくれると思っていた彼がいなくなる、今日で最後なのだと思ったら、どうしようもなくなって。何も言わずに泣き止むまで付き合ってくれた。


 恐らく母が死んだ時よりも泣いたと思う。今は子供っぽい感情がとても恥ずかしい気持ちしかない。すっかり記憶の彼方に葬り去っていた。


「……恥ずかしい。なんでこれを出してきたの」

「先日、ウィルフレッド様がリボンのことを話題にしたので、ちゃんと使っているところを見せた方がいいかと」

「いつ?」

「お嬢さまが寝込んでいて、わたしが買い物に出た時に」


 余計なことを話しているのかもしれないと、項垂れた。



 教会に向かえば、入り口にはすでに何人かの街の人がいた。こうしてわざわざイヴェットに会いに来る。

 カイラが絶賛する祝福したのは一度きりだったし、見ていた人数もさほどいない。にもかかわらず、すぐさま街中に噂が駆け巡った。


 その結果。

 教会には沢山の人たちがやってくるようになった。何もないけれども、ただ聖女を見に来たという人も多い。ただただ顔を見て、雑談するだけでは申し訳ない。

 イヴェットは聖女見習時代によく使っていた加護をわざわざ来てくれる人たちに掛けるようになった。ちょっと調子が良くなるだけという、気のせいレベルの加護でも、結構な人気だ。


 その噂も祝福と同じように広がっていき、加護を受けに教会に足を運ぶ人が増えた。実は魔の森に隣接しているこの教会には浄化の魔法陣が置いてある。教会に来るだけでも、知らないうちに受けてしまった穢れが落ちる。


 結果的には良いことだとエドガーは笑顔だ。


 イヴェットの姿を見つけた一人の女性がにこにこと手を振った。イヴェットも最近はここの女性たちとのお喋りがとても楽しく、急ぎ足で近づいていく。


「おはようございます、お待たせしました」

「待っていないよ。聖女様、はいこれ」

「まあ、すごく美味しそうだわ!」


 イヴェットは笑顔で差し出された野菜籠を受け取った。沢山の種類の野菜がどっさりと入っていて、イヴェットには重いぐらいだ。さりげなくカイラが受け取ってくれる。


「わたしの作った野菜は美味いんだよ。沢山食べてほしい。もちろんウィル様と仲良くね!」


 ウィル様、というのはウィルフレッドのこと。街の人は不思議と愛称で呼んでいる。

 そして何故か、イヴェットはウィルフレッドの恋人として認識されていた。確かに彼は三年も護衛として側にいてくれたから、気安い。それにとても親切だ。その態度が周囲から見れば甘いらしい。


「ええっと。ウィルフレッド様は恋人では……昔、護衛をして頂いただけで」


 しろどもどろになりながら、何度目かの否定を試みた。自分に婚約者がいるとは言いたくないし、かといって、このまま誤解されていると、イヴェットがこの街を去った後、ウィルフレッドの結婚の邪魔になる。彼は次期辺境伯なのだ。結婚はしなくてはいけないし、その時にイヴェットとの噂を聞いたら気分が悪いだろう。


「んん? もしかして、ちゃんと結婚を申し込まれていない?」

「結婚!?」


 話が飛躍しすぎて、大声を上げた。それを聞いていた周囲の人たちが生ぬるい笑みを浮かべる。


「聖女様、気が付いていないの? いつも側にいるのはウィル様しかいないじゃない。さりげなく、街の若い男性は排除されているし」

「イヴェット様は聖女様ですもの。もしかしたら、大っぴらに求婚するには色々な障害があるのかも」

「ああ、そういう可能性もあるかも? ここで気が付かれたら、引き裂かれてしまうとか?」

「すぐ側にいるのに語れない愛! なんか素敵!」


 好き勝手言われて、イヴェットは地面にめり込みたくなった。顔を真っ赤にして、その場に蹲る。


「可愛いわぁ。聖女様、真っ赤」

「それにしてもウィル様、案外、粘着質そう。やっぱり辺境伯の血を引いているということかしら?」


 温かく見守られて、ますます顔が上げられない。そうしているうちに、地面に影が落ちた。誰が来たのだろうと、顔を上げると。


「どうした? 顔が赤い」


 心配そうに覗き込むのはウィルフレッドだ。もちろん周囲も一瞬の沈黙の後、ものすごい喜びの悲鳴が上がった。


「ウィル様、ちゃんと好きだと言葉にすることは大切ですよ?」

「ん? 何の話だ?」

「だって囲い込んでいますよねー? わかりますよ、ああいう露骨な態度! でも気持ちはちゃんと言葉にしないと! 女はいつだって愛の言葉を待っているんです」


 女性陣はあれこれと恋のアドバイスを始める。ウィルフレッドは神妙な顔をしながら、女性陣の色々を黙って聞いている。


「あ、あの」


 居た堪れなくて、イヴェットはそろそろとウィルフレッドに声を掛けた。女性たちからイヴェットに視線が移ったので、用件を聞いた。


「わたくしに何かご用ですか?」

「ああ、そうだった。叔父上が今から手伝ってほしいと」


 わかりました、とイヴェットは頷いた。とりあえずここから逃げ出せるなら、理由は何でもよかった。だけど、ウィルフレッドと一緒に並んだことで、女性たちの目が輝いてしまった。


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