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義姉のいない社交界3


「あら、早いお帰りね」


 ゴドウィンと別れ、屋敷に入ると、パメラが驚いた顔で奥から出てきた。上機嫌でとろけるような笑顔で出て行った娘が、今は怒りが爆発しそうな形相でいる。パメラはそんな娘の様子を観察して、すぐに何があったか、理解した。


「ふふん。もしかして、社交界の洗礼でも受けたのかしら?」

「何よ、それ」

「社交界のババアたちは新しい人間を虐めるのが趣味だからね。アリソンはとても可愛いから、目をつけられてしまったのよ」


 アリソンはむっと唇を尖らせた。


「お母さま、わたしが困るのがわかっていて欠席したのね?」

「嫌だわ、ジェレミーの体調が悪いからに決まっているじゃない。パートナーがいないのに参加してもねぇ」


 わざとらしい笑顔を見せてくるパメラに、アリソンはどうしようもない苛立ちを感じた。


「それよりも! お義姉さまがいなくなったらわたしが公爵家の跡取りだと言っていたわよね?」

「そうよ。あなたはジェレミーの娘だもの」

「この公爵家はお義姉さまの母親の家だから、わたしは継げないと言われたわ」

「はあ?」


 パメラは何を言っているのだと言わんばかりに呆れた顔をした。どうやら真実を知らないのは、アリソンだけではなさそうだ。少しだけ気持ちが落ち着く。


「お父さま、公爵家の婿養子で、お義姉さまが家を継いだらわたしたちは出て行かなくてはいけないとかも言っていたわ。ねえ、どういうことなの?」

「さあ? わたしは知らないわ」

「知らない!?」


 アリソンが再び気持ちが高ぶって、声が大きくなる。だが、パメラは他人事のように肩をすくめた。


「だって、わたしはすでにジェレミーの妻だし、公爵夫人ですもの。たとえあの女の娘が公爵になったとしても、わたしのことは前公爵夫人として扱わないといけないでしょう? ジェレミーとわたしの絆は切れないわ」


 この時になって、母の気持ちとアリソンの希望が違うことに気が付いた。アリソンは怒りでぶるぶると体を震わせる。


「お母さまはわたしが大切じゃないの?!」

「大切よ? だから我儘をちゃんと聞いてあげているじゃない。ちょっと思った通りにならないみたいだけど」

「だったら、わたしが公爵家を継げるようにしてよ!」


 パメラののんびりとした態度が気に入らず、髪を掻きむしった。パメラはため息をついた。


「そうはいってもねぇ。貴族法が関わってくるでしょう? 流石にどうにもならないわね。いいじゃない。愛し合っているゴドウィン様と結婚できるんだから」

「はあ? 公爵家あっての結婚でしょう?」

「うふふ、愛っていいわよ。わたしはジェレミーを愛しているから、ずっと一緒に居られる今が幸せ。だって彼はわたしの手を借りないと生きていけないんですもの」


 うっとりとした顔でパメラが息を吐く。パメラがずっとジェレミーを想っていたことは知っている。ジェレミーと結婚するまでは、鬱陶しいほど泣いて暮らしていた。でも、アリソンが欲しいのはそういう愛じゃない。身分も金も愛もすべてが欲しい。そして、すべてを手に入れたアリソンを悔しそうに見る嫉妬まみれの眼差しが欲しい。


 パメラも同じだと思っていた。愛の在り方が違うだけで。でもこうして話せば、二人の希望は全く異なっている。


「あなたもできもしないことにカリカリせずに、上手くやりなさいよ。あの女の娘を排除しても手に入れられないのなら、次の準備をしなくては」

「何よ、次の準備って!」

「アリソンは嫌がるけど、わたしの後継者になってほしいのよ」


 後継者、と聞いてアリソンは心底嫌そうな顔をした。


「イヤよ。お母さまの後継者ということは、あの古臭い本を管理することでしょう?」

「管理というほどでもないけど。とても価値のある本だから、取り扱いが難しいの。それに勘違いしているようだけど、本の管理よりも理解して使いこなせることが重要よ? 息を吸うように使いこなせるようになれば、世界だってあなたにひれ伏すわ」


 価値のある本だろうが何だろうが、アリソンの目には不幸が詰まったような本にしか見えない。ジェレミーと結婚する前、パメラの心の支えとなった本。パメラにとっては大切な本かもしれないが、アリソンにしたら不幸がぎゅっと詰まったものにしか見えない。そんな本を管理していくなんて冗談じゃない。


「もういい!」


 アリソンは暢気に現状を受け入れるパメラに怒鳴ると、そのまま自室へと戻っていった。

 怒りのまま、乱暴に扉を閉める。靴を脱ぎ、苛立ちのまま壁の飾り鏡に投げつける。上手く当たらなかったのか、鏡は割れることなく靴が弾かれて床に落ちた。それがまた、自分のようで惨めな気持ちになる。


「全部わたしのものになると思っていたのに! このままでは何一つ手に入れられないじゃない!」


 出かける前までは自分の手の届くところにあったはずなのに。

 それは大きな勘違いで、イヴェットが持っていたものはすべて母親の血が保証していた。母だけが違う、それしかないのにその差が許せなくて。なのに、その母親に差があったのだ。


 部屋の中をうろうろしながら、がりがりと右手の親指の爪を齧る。血の味が口の中に広がるが、やめることなく齧り続ける。


「イヤよ、イヤよ、イヤよ。どうして、お義姉さま、ばかり」


 呪文のように繰り返していると、かちりと扉が開く音がした。誰が入ってきたのかと、顔をそちらに向ければ。


「方法はあります」


 陰鬱な表情で笑みを浮かべる侍女のケイトがいた。アリソンは胡乱気に彼女を見つめ、鼻を鳴らした。


「あんたはお母さまの下僕でしょう? わたしのことは放っておいて」

「先に継承の儀式をしてしまえば、たとえ国王であろうと後継者として認めなくてはいけません」


 期待が光のように差し込んだ。


「本当に? 嘘じゃないの?」

「本当でございます。ここに来て随分と調べましたから」

「お義姉さま、その儀式は?」

「まだでございます。正式に公爵家を継ぐときに行われるものらしく」


 アリソンは親指を齧りながら、考えた。


「本当に継承の儀式をすることはできるの?」

「はい」

「いつ?」

「準備に一か月ほどいただければ」


 一か月。イヴェットが呪いにかかってすでに半月。


「お義姉様が死ぬまで、三か月かかるのよね?」

「そうです。イヴェットお嬢さまは魔力が多いですから、時間がかかります」

「もっと早くできないの?」


 一瞬、ケイトに間ができた。いつもならよどみない口調で答える。それがほんの少しだけ言葉に迷ったように思えた。


「何を隠しているの? もしかして早くできるの?」

「……方法はありますが。少し、問題が」

「どんな問題?」


 ケイトは渋々と言った様子で話した。その方法はとても単純で、呪いに呪いを重ねることだった。


「今、イヴェットお嬢さまが近くにいないので、呪いを飛ばす必要があります。まだ実用段階ではないので、上手くいかない可能性が」

「別に失敗していてもいいわよ。一度に複数の呪いを重ねたら一つぐらい当たるでしょう」

「失敗したら、こちらも多少なりとも返しを受けますよ」


 術者の安全について言いたいのだろう。アリソンは鼻で笑った。


「失敗したかどうかわかりやすいじゃない」


 ケイトはため息をついて、恭しく頭を下げる。


「かしこまりました。急がせますので報酬は多額になりますが、用意できますか?」

「報酬を上乗せするつもりなの?」

「わたし一人で準備をするわけではありませんから」

「準備しているのはあんたの夫の家令でしょう?」


 適当なことを言ってみたが、当たりだったようだ。ケイトがわずかに身じろいだ。アリソンはにんまりと笑う。


「ねえ、お義姉様につけた魔道具。あれもあなたの夫が用意したのよね? ああいうものはよくわからないけれども、作り手がばれたら結構大変なのかしら?」


 違法な魔道具が取り締まり対象であることは知っている。そして、それを作った人間も捕まればどんな扱いをされるかなんて、想像すればすぐにわかること。


 ケイトの目に反抗的な色が見えた。アリソンはその反応に自分の想像が当たっていると知る。


「何のことでしょう?」

「まあ、しらばっくれるのね。まあいいわ。どうせ他の家から探りが来るから。わたしは被害者だわ。お母さまの信頼を裏切っていたなんて、酷い話よね?」

「……何がお望みですか」


 ケイトが押し殺した声を出した。


「黙っていてほしいのなら、二週間でお義姉さまを殺して、わたしに儀式を行いなさい」

「承知しました」

「ああ、それから」


 アリソンはケイトに近づき、彼女の目を覗き込む。どんよりとした暗い瞳がそこにあった。


「――できなかったら、お前とお前の夫、殺すわ」


 ケイトは無言で頭を下げた。アリソンは満足そうに笑った。

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