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義姉のいない社交界2


 城で行われる王族主催の夜会。

 アリソンは今まで王族主催の夜会には一度も参加したことはなかった。アリソンはクリーヴズ公爵ジェレミーの娘ではあったが、後妻の連れ子としか認識されていない。それに今まではイヴェットがいたため、アリソンはお呼びではなかった。


 ただし、アリソンはイヴェットよりも夜会への参加経験は多い。ジェレミーはアリソンを目に入れても痛くないほど可愛がってくれて、気軽な夜会には何度も連れて行ってくれたからだ。煌びやかで豪華なドレスに身を包み、ジェレミーにエスコートされている姿は溺愛する娘としか見えない。心の中でどう思っていようが、誰もアリソンに不躾な目を向けてはこなかった。


 だから、今日も臆することなく堂々とゴドウィンにエスコートされ会場へと入っていく。それがまた、アリソンの気持ちにゆとりを持たせた。すべてが自分のためにあるようなものだと思えるほど。

 イヴェットの持っていたものをすべて手に入れ、さらにイヴェットよりも可愛がられる。そんな輝かしい未来しか見えなかった。


「ああ、こうしてアリソンをエスコートできるなんて夢のようだ」

「わたしもゴドウィン様と参加できるなんて、嬉しいわ」

「でも本当に大丈夫なのかい? クリーヴズ公爵はなんと?」


 ゴドウィンは嬉しいという気持ちは本当なのだろうが、どこか不安を滲ませる。王族主催の夜会で何か手違いでもあれば、悪目立ちしてしまう。二人は婚約しているわけではなく、本来ならばアリソンのエスコートは父親であるクリーヴズ公爵がすべきところだ。


「そんなに心配しないで。お父さまは最近体調を崩して寝込んでいるのよ。だから、これは仕方がないことなの。誰にも非難できないわ」

「そうだな、アリソンがそういうのなら間違いないはずだ」


 ゴドウィンはようやく安心した笑みを見せる。そして、いつものようにアリソンの肩を抱こうと手を伸ばした。アリソンはピシッとその手を軽く叩く。


「痛っ、叩くなんてひどいじゃないか」

「強くなかったでしょう? 今日はわたし、お義姉さまの代理なのよ。近すぎると変な疑惑が生まれるじゃない。もっと義姉の婚約者としての距離を保ってちょうだい」

「ああ、そうだった。嬉しさで、つい忘れてしまっていた」


 ゴドウィンは納得したように頷くが、その顔は不満だらけだ。婚約者の義妹のエスコートならば、腕に少し手を預ける程度。腰や肩に腕を回す行為はとても親しい間柄だと自ら告げているようなものだ。婚約者同士ならば微笑ましくても、アリソンとゴドウィンの関係ならば眉を顰められる。


「夜会が終わったら、ね。わたしもゴドウィン様の温もりを感じたい」


 扇子を広げ、不満げな彼に甘く囁く。思わせぶりな言葉に、ゴドウィンの目に欲が滲んだ。


「では、さっさと挨拶して帰ろう」

「いやあねぇ。初めてのゴドウィン様のエスコートなのよ? 素敵な思い出が欲しいわ」

「これからいくらでも……」


 適度な距離を保ちながら、そんな睦言を囁き合う。そうしているうちに、会場へ到着した。

 王城の一番広いホールで行われる夜会には全貴族に招待状が送られている。参加するのは、当主夫婦とその後継のみ。それでも会場には沢山の招待客で溢れていた。アリソンは目を輝かせた。


「まあ、素晴らしいわ! こんなにも素敵な夜会だったのね!」


 感動して、きょろきょろと辺りを見回す。ゴドウィンはイヴェットと参加する夜会と同じように、知った顔を見つけると挨拶に向かった。アリソンはゴドウィンのエスコートに従い、歓談している輪に近づいた。その中心にいる恰幅の良い男性がゴドウィンに気が付く。


「おや、ゴドウィン殿。今日はイヴェット嬢と一緒ではないのか?」

「ハイド侯爵、お久しぶりです。イヴェットは少し体調を崩しまして。彼女はイヴェットの代理です」

「アリソン・クリーヴズです。よろしくお願い致しますわ」


 アリソンも愛想よく挨拶した。ここにいる人たちは国の重要な役割を担っている高位貴族たち。イヴェットは次期公爵として、高位貴族とは親しく付き合っていた。


「ほう、イヴェット嬢が病気とは。クリーヴズ公爵が欠席なのも、病気と聞いたが」

「はい。父もずっと体調が悪くて。療養に専念しております」


 にこにこと愛想よく笑う。穏やかな空気に受け入れられていると肌で感じた。それがまた、アリソンの自信につながっていく。ゴドウィンも微笑ましい顔で、彼女を見つめていた。


「本当かしら?」


 ひやりとした言葉を発したのは、同じ輪にいた貴族夫人。名前は憶えていないが、周りの態度から女性たちの中心的な人物だとわかる。


「ロバートソン伯爵夫人、あまり意地の悪いことは言わない。初日ぐらい、舞い上がってもいいじゃないか」

「ほほほ。男性は本当に若い娘にはお優しいこと。ですが、わたくしは不愉快すぎてそんな気持ちのゆとりなど、持てそうにありませんわ」


 ぎらりと強い目で睨まれて、アリソンはびくりと体を揺らした。すかさずゴドウィンがアリソンを背中に庇う。


「アリソンは初めての夜会なのです。至らぬところは、お目こぼしを」

「あら、所作が美しくないことは別によろしいのよ。わたくしが怒っているのは、どうしてエリノア様の大切にしていた宝石を、クリーヴズ公爵家の宝を、その女がつけているかということですわ」


 アリソンは反射的に自分の耳にあるピアスに触れた。

 アリソンは忙しく考え巡らせた。

 尖った視線を向けてくる貴族たち。彼らは知らないのだ、アリソンがジェレミーの血を引く娘であることを。だから、排除しようと動く。ここはきちんと知らしめないといけない。


 ゴドウィンの励ましに支えられながら、アリソンは胸を張って一歩前に出た。


「わたしはクリーヴズ公爵ジェレミーの実の娘ですわ。母と父は愛し合っていて、ずっと陰で愛を育んできたのです」

「だから?」

「それにこのピアスはお義姉さまから譲られたもので」

「イヴェット嬢が貴女に? そんなはずありませんわ。代々、クリーヴズ公爵家の当主として認められた時につけるもの。イヴェット嬢も今まで一度もつけたことはありません」


 ねえ、皆さま、と周囲にいる貴婦人たちに同意を求める。年齢様々な貴婦人たちであったが、誰もがイヴェットを認めてきた人たち。アリソンには厳しい眼差ししか向けられない。


 アリソンは悔しそうに口元を歪めた。


「本当です! そんなに疑うのならお義姉さまにでも確認したらいいわ!」


 思わず叫んで、しまったと口をつぐんだ。ロバートソン伯爵夫人はわざとらしいほどゆったりとした仕草で扇子を広げ、目を細める。


「では近いうちに、お見舞いに伺います。お断りになりませんわよね?」

「え、でも。もしかしたら病気をうつしてしまうかもしれないし」

「心配いりませんよ。わたくし、毎年、教会で加護を頂いているの。会う程度のお見舞いならば問題ありません」


 加護、と聞いて唇を噛みしめた。教会で与えられる加護は病気を払う。平民は経済的な理由で受ける人間はまちまちだが、高位貴族にもなれば毎年欠かさず受けている。よほどのことがない限り、病を貰うことはない。


 ゴドウィンも心配そうにアリソンの腕をさすった。


「アリソンは足りないながらも、イヴェットの代わりを務めようとしているのです。そのように皆様に責められては彼女のいいところが発揮できません」

「そもそも」


 ゴドウィンの言い訳をロバートソン伯爵夫人が語気を強めて遮った。


「イヴェット嬢の母君、エリノア様の血を引いていないこの女がどうして跡取りになれると思っているのです?」

「だから、アリソンはクリーヴズ公爵の娘で」

「話が分からない人たちね。ジェレミー殿はクリーヴズ公爵と呼ばれておりますけど、正式には当主代理。つまりイヴェット嬢が継ぐまでの中継ぎ。エリノア様の血を引いていることが後継になる大前提ですわ」


 ゴドウィンとアリソンは初めて聞く事実に、唖然とした。ゴドウィンは目を見開き、間抜けにも口まで開いている。


「は?」

「あらいやだ。知らなかったのかしら? クリーヴズ公爵は自分が中継ぎだときちんと知っているはずよ」

「で、でも! わたしだって父の血を引いていて、王族の血筋ですし」


 イヴェットが国王に大切にされていることを持ちだした。半分しか血がつながっていなくとも、同じ父親なのだ。自分だって王族の血が入っているはずだと訴える。


「……確かにクリーヴズ公爵は侯爵家出身。当然、何代か前の王女の血が入っている。だが、陛下がイヴェット嬢を大切になさっているのは、エリノア様が陛下の従妹だからだ。父親が同じでも、陛下に君を大切に思う理由がない」


 ハイド侯爵は気の毒そうな顔で、アリソンにもわかりやすく告げる。アリソンは信じられないとばかりにハイド侯爵を睨んだ。


「そんなはずないわ! わたしはお義姉さまよりも愛されているのよ!」


 的外れな訴えに、周囲の人は顔を見合わせた。ロバートソン伯爵夫人が代表して口を開いた。


「クリーヴズ公爵家の系譜をきちんと確認することをお勧めするわ。さあ、皆さま行きましょう。ここは空気が悪いわ」


 これ以上は時間の無駄と言わんばかりに、高位貴族たちが離れて行く。その後姿を見送り、アリソンは手を握りしめた。


「アリソン……帰ろう」


 ゴドウィンが気遣うようにアリソンに声を掛けた。アリソンはそれに応えることなく、先ほど歩いた道を乱暴な足取りで引き返していった。

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