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魔の森の異常3


「なんてことだ……空間が歪んでいる」

「どこにつながっているんだ?」


 誰もが唖然と、その様子を見ていた。中から出てきたのは、誰もが初めて見る魔物だった。魔物の大きさはゆうに人の二倍ほどもあり、威嚇するように唸っている。熊のような丸い耳をしているが、二つの目の他に、額にも目がある。三つの目はそれぞれ意志を持って違う場所を見ているようだ。口は大きく裂かれ、中から蛇の顔を持った舌が蠢いていた。


 あまりにも異質。

 魔の森は色々な生き物が魔物化するが、ミックスされた魔物は初めてだった。

 魔物は騎士たちを見つけると、魔法陣の外へと一歩踏み出した。


「熊でいいんだよな? なんだ、あの大きさは!」


 ダレンは剣を持ち直した。それを合図に、団員たちも戦闘準備に入る。ウィルフレッドも剣を構え、辺りを見回した。今の所、一体だけ。だが、空間の歪みは残っている。


「お前たち、行くぞ!」


 その一言で、騎士たち全員が一斉に飛びかかった。過剰なほどの戦力で、巨大な熊の魔物の四肢を切り落とした。最後に大剣でダレンが首を斬り付けた。その巨体から、一撃で切り落とせるとは思っていなかったのに、あっさりと首が落ちた。


 どさりと首が前に落ちたのと同時に、手足を斬られた体が後ろに倒れる。魔物だから、まだ何かあると身構えたが。そのまま、さらさらと魔物は塵となった。


「は?」


 いかにも凶暴な魔物、騎士たちの戦闘能力が高いとはいえ、簡単には倒せないと覚悟していた。それなのに簡単に切り落とせてしまい、さらにあり得ないことに死体が塵となる。


 この森の魔物は殺してもそのまま残る。


「団長! 別のランタンが光り始めました!」

「何だと!?」


 茫然としている間もなく、先ほどとは違う場所のランタンが光っている。同じように空間が歪み、リスに見える小さい魔物が出てきた。ぶわりと溢れ出してきて、慌てて討伐をする。小さいがゆえにさほど力もなく、ただただ数が多いだけ。全員でリスの魔物を蹴散らした。


「どうやらランタンが光るとそこの空間が歪むようになっているのね。どこに繋がっているかは謎だけど。でも種類が違うから、違う場所なのでしょうね」


 ロルフは魔法で魔物を処理しながら、召喚魔法陣とランタンの関係を推測していく。


「次のランタンが光り始めた! 警戒しろ!」


 ウィルフレッドが溢れ始めた歪みに近づいた。人の頭と同じぐらいの昆虫の頭が見え、反射的に剣を突き刺した。そして、そのまま炎の魔術を放つ。虫のギシギシという叫び声にも聞こえる音に顔をしかめた。


 それを見ていた騎士たちは、自分の一番近い位置にあるランタンに飛びつく。そして光を放ち空間が歪んだところで、ウィルフレッドと同じように魔法を中に放った。溢れ出てくる前に処理しているせいなのか、一度出てこなければ、溢れ出ることがない。


「そろそろ面倒だな。もう魔法陣を破壊していいか?」


 ランタンの数だけ繰り返したため、ダレンがうんざりしたようにロルフに聞く。ロルフは大体のことを調べ終えたので、頷いた。


「ええ。大体わかったから、もういいわ。ランタンと魔法陣、同時に潰しましょう」


 騎士たちをランタンに配置する。ダレンが指示をしながら、ロルフを振り返った。


「中央にある石碑はどうする?」

「同時に潰した方がいいのだけど、流石に魔法陣の中に入るのはお勧めしないわ。ダレンでも死にそう」

「何が起こるかわからないってことか。俺はどうしたらいい?」


 ロルフは考えるように魔法陣に視線を落とした。書かれている文字は半分以上分からないが、それでもこういう魔法陣はある程度効率的なルールがある。ランタンが空間を繋ぐ役割をしていることを考えると、どこかにそれが明示されているはずなのだ。


 魔法陣にランタンに当てはまりそうな文字がないか探すが、反復されている文字が見つからない。ある程度の素養がある人間にならわかるような、単純なものではないらしい。

 思うように解読できずに、ロルフは眉を寄せた。


「んー、読めそうで読めないのよね。だから、魔法陣をここから反対まで石畳みごと抉ってちょうだい。中央の石碑も破壊してくれると嬉しいわ」

「ちょっと待ってください。未知の魔法陣を壊すなんて、何が起こるかわからない」


 ウィルフレッドは躊躇いなく破壊しようとしているロルフに待ったをかけた。


「そうだけども、このまま放置していたら何が湧くかわからないじゃない。それに、私にわからないということは、わかる人間はいない! 結果、壊すしかない!」

「ロルフ、いい判断だ。お前たち、準備は良いな!」


 うおおおっ!!! と呼応するように叫ぶと、それぞれの担当の場所を破壊した。









「バカだ、バカだと思っていましたが。本気で脳みそを入れ替えた方がいいかもしれない」


 日が傾き始めた頃に転移魔法で戻ってきた騎士たちを見て、エドガーは静かに怒っていた。

 騎士は全員、穢れまみれになっていた。


「参ったわね。ランタンを潰したのはさほど問題無かったけれども、中央の柱を壊したら、沢山の魔物が湧いてきて。全部潰したけど、大変だったわ」


 のほほんと説明するロルフに、エドガーは今にも血管が切れそうなほどの怒りを見せた。


「禁呪が使われていた可能性を考えましたか?」

「禁呪は物理破壊がいいと、エドガーが言っていたじゃない」

「そういうのはちゃんと理解してからでないといけない」


 二人の言い合いを聞きながら、騎士たちは気まずげに視線をそらしている。早く終わってほしいという願望がありありと窺えるが、あまり反省の色はない。


「もう壊しちまったんだから、今さらグダグダ言うなよ。あそこに転移魔法陣を置いてきたから、しばらくは行けると思う。後始末、よろしくな」


 ダレンも反省など全くしておらず、後処理をエドガーに依頼する。それもまた彼の怒りを強めただけだったようで、極寒の空気が辺りを圧迫した。


「あの」


 騎士たちとエドガーのやり取りをのぞき見していたイヴェットが声を掛けた。


「イヴェット嬢。心配いりません。こいつらは一晩、ここで反省の祈りを捧げればいいだけの話です。さあ、ここにいては穢れてしまう。あちらに行って、夕食を頂きましょう」


 そう言って、心配そうなイヴェットを連れ出そうとした。


「よう、聖女のお嬢ちゃん。俺たちは見ての通りすごく疲れた。すぐにベッドで寝たい。穢れを落としてくれないか?」


 ダレンが全身をドロドロした穢れを纏ったまま、親戚のおじさんのような態度でイヴェットに話しかけた。イヴェットはびっくりしながらも、しっかりと答える。


「申し訳ありません。わたくし、まだ穢れを払うだけの力がありませんの」

「団長、イヴェット嬢はこの街の人間じゃないんです。無茶なお願いはしないでください。いつものように一晩ここに入ればいいだけの話ですし」


 呆れたようにウィルフレッドが口を挟んだ。彼も他の騎士たちと同じように、全身穢れまみれだ。討伐した魔物が残す穢れまみれになるのは、聖女見習時代にはよく見ていた。だから恐ろしいとも、厭う気持ちもない。ただ穢れを身に纏っていると生命力が流れ出てしまうことが心配だった。下手をすれば、穢れを落としても数日は動けない。


「大して役には立たないのですが」


 そう前置きして、聖女候補の時に得意だった聖魔法をかけることにした。


「甘やかさなくていいのです。貴女は魔力がようやく回復したところなのですから」

「本当に気持ちだけです」


 やらなくていいというエドガーを宥めてから、さっと聖魔法を唱えた。穢れを小さくして取り除く魔法だ。浄化と同じ効果が望めるが、一瞬で消えるような強さはない。聖女候補が最初に習う魔法だ。


「はい?」

「穢れが……消えた?」


 真っ先に気が付いたのはロルフだった。そして、ウィルフレッドも驚いたような顔になる。他の騎士たちも驚きながら、自分の体を確かめている。


 よくわかっていないのはイヴェットもだった。騎士たちと同じように、首を捻っている。


「うん? 消えたの?」

「よし、穢れは落ちた! 今日は街に酒を飲みに行くぞ!」


 単純に喜んだのはダレンだった。彼は騎士たちに向かっておごりだと叫ぶ。喜んだ騎士たちがうおおおお、と歓喜の声を上げる。

 理解していたことと現実がかみ合わず、ぼんやりしているイヴェットの肩にウィルフレッドが触れた。


「イヴェット嬢、疲れているところ、ありがとう」

「どういたしまして?」

「もう他の連中は酒場に行ってしまうから、部屋まで送ろう」


 ウィルフレッドの申し出に、イヴェットは首を左右に振った。


「わたくしは大丈夫だから、ウィルフレッド様も皆様と一緒にどうぞ」


 そう断ったが、彼は笑顔で流し、イヴェットの手を取った。躊躇いながら、彼の横を歩く。


「イヴェット嬢は」

「ここでは平民と同じ扱にしてほしい。ここで敬称をつけられるのはちょっと」


 ずっと言おうと思っていたことを、ようやく言えた。ウィルフレッドは少し固まったが、すぐに復活する。


「イヴェットの体調は? 疲れているところに魔法を使っただろう?」

「あの聖魔法は初級なので、そこまで魔力を使わないの」

「それならいいんだが」


 二人でゆっくりと歩く。改めて、ウィルフレッドを見た。どれほどの魔物を屠ったのか、わからないが、彼の鎧は血のような黒いこびりつきで汚れ、所々爪のようなもので引っかかれた跡がある。先日、助けてもらった時には少しも汚れていなかったから、今回の魔物が強かったのかもしれない。


「無事でよかった」


 イヴェットの口から、安堵する気持ちが自然と零れ落ちた。ウィルフレッドはぽかんとした顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑みを見せる。


「イヴェットの祝福のおかげでとても楽な討伐だった」

「わたくしの祝福、役に立ったの?」

「とても」


 確かに気持ちは高揚していたけれども。効果があったと言われて、くすぐったくなる。


「ふふ。よかった」

「だからといって、団長や叔父上たちに無茶を言われても聞かなくていいから。断り切れなかったら俺に言ってほしい」

「無茶は言わないと思うけど」

「団長はとりあえず頼んでみる人だ。全部流していい」


 楽しくおしゃべりしているうちに、イヴェットの部屋についてしまった。もう少し、話していたいと思っていたから距離の短さが残念だった。

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