魔の森の異常2
「静かだな」
この開けた場所は開けているだけで、魔物がいないということではない。騎士を見ると攻撃を仕掛けてくる昆虫の魔物や植物の魔物もいる。一つ一つは大したことはないが、とにかく数が多い。
木々の間から飛び出してくる魔物たちを警戒するが、いつものような攻撃がない。魔の森は不気味に静まり返っていた。
「なんか嫌な感じだ」
何とも言えない薄気味悪さにウィルフレッドは神経を尖らせた。それは彼だけでなく、騎士団員たちも同じように感じたようで、いつも以上に神経が張り詰めている。
「そうね、背中がゾクゾクするわ」
誰もが警戒をして進む中、ダレンがロルフに声を掛けた。
「ロルフ、お前の体調はどうだ? できればさらに奥に行きたい」
ダレンの言葉に、団員たちは顔を見合わせた。ダレンは誰も入ったことのない森の奥をじっと睨みつける。
「今まではこの辺りが限界だった。聖女の祝福のおかげで、この高濃度の魔素から守られている。今までの異常繁殖はその先で起こっているはずだ」
その言葉は、騎士団員達の気持ちを焚きつけた。この先に、いつかは進んでみたいと思っていた脳筋たち。今日というチャンスを逃すわけがない。
「ちょっと待ってよ。気持ちはわからなくもないけど、この祝福はいつまで持つかわからないのよ? もっと準備して出直してもいいじゃない」
ロルフが至極まともなことを言った。しかもおかしい状態にある魔の森に、よくわからないまま入っていこうとする。明らかに自殺行為だ。助けを求めるようにロルフはウィルフレッドを見た。
「祝福が誰か一人でも切れたらそこで終了するのなら」
「わかった」
本当にわかっているのかわからないほど猛った様子で、ダレンを先頭に団員たちが森の奥へと向かう。
「ちょっと待ちなさいよ! 今、道を作るから!!」
そう怒鳴るも、気持ちが高揚した彼らには聞こえなかったようで。剣を振り回し、どんどん遠くへと行ってしまう。
「ああ! もう、なんでそんなに馬鹿なの!? 警戒心とか、慎重にとかそういう騎士には絶対に必要な素養はどこに行ったの!!」
「はは、騎士としての冷静さは無理だ。今は戦うことしか頭にないと思うぞ」
「わかっているわよ! でもね」
ロルフがイライラして怒鳴り返そうとしたが、すぐに警戒心を上げた。
ぴんと空気が張り詰める。
ウィルフレッドも辺りを警戒する。じっと目を凝らし、耳を澄ませた。
少し離れた場所から、ダレンとその脳筋たちの声と獣の唸る低い声が届く。どうやら魔物と遭遇したらしい。大きな音を立てて、何かがぶつかり、木々がざわめいた。空気の揺らぎから、本気の対応をしているのが感じられた。
「あの声は……猪かしら?」
そこに奥から走り抜けてくる魔物。
ウィルフレッドは素早く剣を抜くと、飛び掛かってくる魔物の首を落とした。声を上げることなく、魔物は息絶える。ロルフも杖を手に持ち、電撃を放っていた。三体の魔物は体を痙攣させて、地面に転がった。すかさずウィルフレッドがその首を落とす。
「行くぞ」
「仕方がないわね、もう!」
二人はダレンたちを追って、森の中を走った。
だが心配をよそに、着いたころにはほとんどの魔物は切り捨てられていた。先日に湧いていた魔犬と同じく、小型の猪の魔物だ。普段から気性の荒い動物で、魔物化したことでさらに獰猛になったようだ。死体の数に、ウィルフレッドは眉を顰めた。
「随分と多いな」
「この猪、群れを作らないはずだけど」
「もしかしたら母親一匹から生まれた子供たちか?」
まさか、と顔をひきつらせた。魔物化して、繁殖したとしても一匹の母親から生まれるにしては数が多すぎる。
「おい、ロルフ。ちょっと来てくれ」
ダレンが離れたところから声を上げた。二人は周囲を見回しながら、ダレンのいるところまで移動する。足場の悪い森の中、そこだけ少し開けていた。騎士たちは中に踏み込まずに木々の間に立つ。どうしたのだろうと思いつつ、二人は開けた場所を覗き込んだ。
そこには円状に一定の間隔で置かれたランタンと、中央には石碑が建っていた。何かの儀式をした後なのか、石碑の前には沢山の骨が転がっている。
「これ、見てどう思う?」
「どう思う、って、生贄を使う魔術を使ったんでしょうね」
じっと目を凝らし、地面を見るが、落ち葉が降り積もっていてよくわからない。ロルフは杖を持ち直すと、微風を起こした。風に飛ばされて、地面がむき出しになる。土の上だろうと思っていたところは、石畳だった。そして白の塗料でびっちりと文字が書き込まれている。
「うわー。最悪だわ」
「何がだ」
「これ、召喚魔法陣よ。多分だけど」
召喚魔法陣は魔術の中でも特殊なもので、理論上はできるとされている。でも実際は、成功した人は一人もいない。
「はあ? 召喚魔法なんて眉唾物だろうが」
「そう思っていたけど。魔法陣の円の線、召喚魔法に使う線だったはず。後は……そうね、周りの骨を見て? 人骨もあるでしょう?」
人骨と言われて、ダレンは再び魔法陣へと目を凝らす。その周辺に落ちている骨の形から、人と思えるものがいくつかあった。骨の大きさは大きい物から小さいものまである。ダレンは不愉快そうに眉を寄せた。
「大人だけじゃなさそうだな」
「そうね。でもどうやってここまで生贄を連れてきたのかしら」
「……我が国の方からここまで来ることはできない。隣の国からも難しいはずだ」
でも現実には、人骨が沢山ここにある。ウィルフレッドは何も反応しない魔法陣について、ロルフに訊ねた。
「この魔法陣、まだ生きているのか?」
「どうなのかしら? 召喚魔法陣かもしれない程度しかわからないわ」
「あのランタンの意味は?」
「さあ?」
ロルフも魔術師として沢山の文献など知識を詰め込んでいる。それでも召喚魔法が成功した事例は聞いたことがないし、その手順も曖昧。特徴的な線を使うことは書いてあっても、具体的な記述はどこにもないのだ。ある意味、幻の魔法陣。
「団長! ランタンの一つに光が入りました」
三人で、どうしたものかと顔を突き合わせていれば、見守っていた団員の一人が声を上げた。
「なんだ、ありゃ」
ランタンの一つが勝手に光を放ち、そこから黒い大きな空間の歪みが現れた。
そして。
中から、大きな魔物が出てきた。




