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辺境騎士団


 辺境騎士団は王都にいる騎士団とは少し違う。その名の通り、魔の森に接している街に置かれている騎士団で、役割も討伐に力を入れている。


 魔の森は大陸の中心にある大きな森で、奥に行くほど強い魔物が生息している。


 魔の森は魔力の元と言われている魔素が濃い場所。

 森にすむ動物が濃い魔素の影響を受け、徐々に変化していく。そして魔物が生まれるとされていた。生まれた魔物はさらに繁殖し、徐々に数を増やしていく。動物から魔物に変化するのには時間がかかるが、魔物同士の繁殖力はとても強い。

 少しでも異変を感じたら討伐を行うのがこの辺境のやり方だった。


 城門前の広場に集まった騎士たちを見て、イヴェットは少し興奮していた。


 今回、魔の森に向かうのは騎士団員のうち、ウィルフレッドとロルフを含め五人ほど。彼らは騎士団の紋章の入った鎧を身に纏っている。

 見掛け倒しではないその姿に尊敬の念を持つ。こうして平穏に暮らせるのは騎士たちが命を張っているからに他ならない。

 騎士たちの熱意を身近に感じたことで、イヴェットの胸の奥が熱くなった。彼らのためにできることがない事実に、がっかりしてしまうほど。


「お嬢さま、それ以上前のめりになると危ないです」

「あ、ごめんなさい」


 いつの間にか、ふらふらと騎士団に向かって歩き出してしまったようだ。カイラに腕を押さえられて、我に返った。


「イヴェット嬢は怖くはないのですね」


 保護者として付き添ってきていたエドガーが感心したように呟いた。


「怖くはないです。どちらかというと、こうお腹の底から何か熱いものがこみ上げてきていて? こういう感覚は初めてで、気持ちがふわふわしています」

「なるほど。気分がいいと」

「そうなるのかしら?」


 気分がいいと雑に表現され、イヴェットは眉間にしわを寄せた。カイラはじっと主を見つめ、額を触った。ひんやりとした彼女の手が気持ちいい。


「これから熱が出るのかもしれません」

「違うわよ。呪いのせいじゃないわ」

「ぼんやりし始めるのは熱の上がり始めなので。それにいつもよりも落ち着きがなくなっています」


 子供じゃないんだと訴えようとして、こちらを見ている視線を感じた。顔をそちらに向ければ、ウィルフレッドと目が合った。彼はイヴェットの様子を見ていたようで、ふんわりと笑う。思わず、小さく手を振ってしまった。


「熱い気持ちねぇ。そうだ、騎士たちに祝福を与えたらどうだろう?」

「祝福ですか? わたくし、元聖女候補なのですが、大した祝福を与えられません」


 聖女の祝福は最大の加護と言われていて、キラキラとした光が祝福を与えられた人たちの上に降り注ぐのだ。聖女の持つ魔力の色にも影響されて、とても美しい。


 イヴェットも祝福を与える練習はしていたけれども、途中で国に戻ってしまって合格は貰えなかった。そんな不出来な祝福を、これから討伐に行く騎士たちに与えていいものなのか。躊躇いしかない。


「無事に帰ってきてもらいたいという気持ちがしっかりと込められていたらいいと思いますよ」


 エドガーにそう後押しをされて。

 イヴェットは顔を上げた。


「わかりました、許可を取ってきます」


 イヴェットはカイラの驚いた顔をしり目に、騎士たちの元に足を向けた。ずっとこちらを見ていたウィルフレッドが声を掛けた。


「どうした?」

「是非とも皆様に祝福したいと思いまして」


 ウィルフレッドはイヴェットが聖女候補であったことは知っている。だが、実際どの程度聖女の力を持っているかは知らない。

 戸惑いながら、イヴェットを見下ろした。


「今、イヴェット嬢は聖女候補ではないだろう?」

「そうです。でもエドガー様に気持ちが込められていたらいいと言われました。丁度、祭服も着ていますし」


 そう言って、祭服を見せつけるようにしてスカートを少し摘まみ上げた。教会関係者に見えるようにと、エドガーに借りた祭服だ。


 ウィルフレッドは眉間にしわを寄せる。


「気持ちは嬉しいが」


 やる気満々のイヴェットを諦めさせようと言葉を重ねる前に、隣で二人の会話を聞いていたロルフが口を挟んだ。


「いいじゃない。祝福。是非ともかけてもらいましょうよ。こういうのは気持ちが大事よ」

「しかしな」


 渋るウィルフレッドをロルフは背中を叩いた。


「独り占めしたいのはわかるけど。魔の森に入るのだから、加護はいくらあってもいいぐらいなのよ」

「本当に元候補なので、大した加護ではありませんが。精一杯気持ちを込めさせていただきます」

「うんうん、そういう純粋な気持ちは嬉しいわねぇ」

「それで、騎士団長様に許可をもらいたいのですが」


 話を分かってくれるロルフに訊ねた。


「騎士団長、あそこにいる厳つい男よ。紹介してあげる」


 ロルフはイヴェットを連れて騎士団長の元へ移動した。近づいていく騎士たちの輪の中に、騎士たちからの報告に耳を傾け、指示している男性がいる。


「ダレン、ちょっといい?」

「ああ、ロルフか。何の用だ?」


 ダレンと呼ばれた騎士は振り返った。


 ウィルフレッドよりも頭半分ぐらい身長が高く、がっちりとしている。歴戦の猛者なのか、右頬に大きな抉られたような傷跡がある。正直に表現すれば、手負いの熊。側に立っているだけで、怯んでしまいそうなほど恐ろしい圧力がある。


「ちょっと紹介したい子がいるの!」

「紹介だぁ? お前、今そういうことしている場合じゃねえだろう?」


 ロルフの軽口に、ダレンが不愉快そうに口元を歪ませる。そして、ロルフの隣に立つイヴェットを睨みつけた。何か言われる前に、イヴェットはスカートを少し摘まんで簡易的なお辞儀をした。


「初めまして、騎士団長様、元聖女候補のイヴェットと申します」

「元聖女候補? こんな辺境に?」

「はい。少し縁があって立ち寄らせていただいたのです」


 イヴェットは聖女らしい柔らかな表情で告げた。ダレンは彼女の言いたいことがよくわからず、首を捻っている。


「それで、その元聖女候補のあなたが何用で? 申し訳ないが、我々は非常に忙しい」

「すぐに終わりますわ。是非、皆様に祝福したいと思いまして。少しでも皆様の守りにしていただきたく思いましたの」

「いらん。今、金はない」


 返された言葉に、イヴェットは首を傾げた。


「お金?」


 微妙な空気を壊したのはロルフだった。ロルフは勢いよくダレンの頭を手に持っていた魔法杖で思い切り叩いた。鈍い音がして、イヴェットは顔を引きつらせる。


「お前、それで俺の頭を叩くな。さらに悪くなったらどうする」

「可愛いお嬢さんを悲しませるような男は滅して当然よ」


 ロルフは魔法杖を手のひらに当てて威嚇した。


「悲しませるつもりはないんだが、祝福を勝手にされてお金を要求されたら困る。まだ酒場の付けが払い終わっていないんだ」

「はあ? あんた、また付けをため込んでいるの?」


 真面目な顔をして己の寂しい経済状況を話すダレンに、ロルフが声を上げた。


「ああ。つい先日、いい剣を見つけて。そちらに金を使ってしまった」


 そんな世間話になり始めた頃。

 いつの間にか側に来ていたエドガーがため息をついた。


「イヴェット嬢は中央教会で教育を受けている。その辺の詐欺師と同じにするな」

「よお、エドガー。今回も怪我人をよろしくな」

「怪我はなるべくするな。私は聖職者であって聖女ほどの力はない。限界があるんだ」


 エドガーの小言など聞こえていないのか、ダレンは大声で号令を出した。魔の森に入る準備をしていた騎士たちが綺麗に整列する。騎士がぴしっと並ぶと、壮観だ。


 エドガーに促されて、イヴェットは両手を胸の前で握りしめた。


 これから討伐に向かう騎士たちが、怪我無く無事に役目を果たして帰還できるようにと祈る。

 体の中を温かく循環する魔力。

 習った聖文を唱えていくうちに、体を巡る魔力が自然と高められていく。徐々に濃度を上げていく力がひどく心地よい。


 その気持ちよさに酔いながら、祈りを捧げる。

 美しい光が空に向かって放たれた。


 まばゆい光は騎士たちの上に広がり、キラキラと落ちる。騎士たちを見送りに来ていた住人たちが、その様子を見て、どよめきと歓喜の声を上げる。


「お嬢さま?」


 カイラの不安そうな声が遠くから聞こえた。

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