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辺境の教会


 


 辺境の街の教会は街の少し外れ、魔の森から一番遠い位置に建っている。宿から程よい距離にある。転移魔法での移動は早いが、体調の悪いイヴェットが魔力酔いを起こす可能性がある。体調を気にするよりは、ということで結局は馬車での移動となった。


 イヴェットはウィルフレッドに支えられ、向かいの席にロルフとカイラ。ロルフが楽し気に色々な話をしていたが、それどころではなかった。ただ座っているだけなのに、体が重くて仕方がない。


 でも、ウィルフレッドに寄りかかるのも嫌で、無理に姿勢を保っていた。もちろんそれに気が付かないウィルフレッドではない。無言でイヴェットの体を引き寄せ、自分の肩に寄りかからせる。


「まあまあまあ」


 ロルフが何かに気が付いて、はしゃいだ声を上げた。


「叔父上」

「うふふ、わかっているわよ。私は何も見ていないわー」


 恥ずかしい軽口に、イヴェットはひたすら無を貫く。カイラの視線すらも痛かった。色々な気持ちがぐるぐるしているうちに、馬車が止まる。


「あら、到着したみたい」


 ロルフが馬車の扉を開け、まず先に降りた。その後をカイラが続く。イヴェットはウィルフレッドの腕を叩いた。


「一人で歩けるわ」

「シーツを巻いたままで歩かせるつもりはないよ」

「う、確かに」


 家を出てきているから淑女らしくなくてもいいのだが、ウィルフレッド相手に主張しにくい。


「いいじゃない、抱き上げてもらえば。動けるような顔色をしていないわよ」


 ロルフが横抱きは女の子の夢よねー、と暢気に言っている。

 結局はウィルフレッドに抱き上げてもらって、馬車を降りることになった。恥ずかしい気持ちで悶えつつ、ようやく辺りに目を向けた。


「……ここ、教会?」


 馬車から降りて、イヴェットは唖然とした。


 繊細な曲線が特徴的な両開きの門扉、長い玄関アプローチと美しく整えられた庭。

 その先に見えるのは白亜の城。

 真っ白な壁は辺境の街で初めて見る色で、奥に見える鬱蒼とした森の濃い緑の中にくっきりと浮かんで見える。


 王都の貴族の別邸という佇まいに、場所を間違えたのではないかと思ったほど。


「教会よ。元々は前々辺境伯の後妻がわがまま言って作った屋敷でね。壊すのももったいないし、放っておくのも建物が傷むから、教会にしたのよ」

「よく知っているのですね」


 辺境騎士団は魔物討伐が主な仕事になる。当然、浄化を必要とする。教会とは深いつながりがあるだろう。そう思って聞いたのだが、違う答えが返ってきた。


「うふふ。実はね、私が我儘な浪費家の後妻の息子なの。あんな派手な流れの娼婦に引っかかる男ってどうよと思うわよね。ほんと、辺境の男って頭まで筋肉でできているのよね」


 ころころとロルフは笑う。ウィルフレッドを見れば、彼は苦笑いだ。


「だから遠慮せずに、どんどん使って、あ、悪い。もう帰る。ウィルフレッド、討伐の件は了解よ」


 ロルフは言いたいことを言って、さっと転移魔法で消えた。余りの慌ただしさに瞬く。


「おや、ロルフが来ていると思って出てきたのだが。入れ違いになったかな?」

 

 いつの間にか、祭服を着た男性がすぐ後ろに立っていた。

 優し気な笑みに、短く刈り込んだ髪は白髪交じりの黒。見慣れた聖職者の出で立ち。

 騎士のような大きな体をしているわけでもなく、凶悪な表情をしているわけでもないのに、彼の纏うその静かな佇まいに、ぴんと気持ちが張り詰める。


「エドガー叔父上、お久しぶりです。ロルフ叔父上は逃げました」

「そうか。それは残念だ。最近、ちゃんと顔を見せないから心配していたんだ」


 心配するような年齢でもないような、という疑問もあったが、イヴェットは口に出さない。彼はウィルフレッドといくつか言葉を交わした後、イヴェットを見つめた。


「辺境の教会へようこそ。ここの教会の責任者をしておりますエドガーです。ロルフの異母兄、ウィルフレッドの叔父です」

「初めまして。このような姿で申し訳ございません」


 やっぱり着替えてから来るべきだったと後悔しつつ、無礼を謝った。エドガーは気にすることはないと首を左右に振る。


「熱が少しあるようだ。ところでお嬢さんはウィルフレッドの恋人かな?」

「違います」

「おや、それは大変失礼した。ウィルフレッドが柔らかい顔をしているのでてっきり」


 そうだろうか、とちらりと上を見えれば、確かに心配そうな目とぶつかった。柔らかい顔というが、イヴェットの知っているいつもの彼と変わらない。


「彼はいつだって優しいですわ」

「ふうん。いつもね」


 意味ありげに言われて、とても恥ずかしくなった。思わず両手で顔を覆った。


「ちょっと、失礼」


 目敏くイヴェットの手首に嵌ったバングルを見つけると、そっと手を握られた。自然と顔が上がる。エドガーは険しい表情でバングルを見ていた。先ほどまでの柔らかな表情が消え、目を細めた。


「また随分と酷い真似を。体調はどうですか?」

「昨日、熱を出しました。それまではさほど変化はありません」


 何も問題はない、と言おうとしたが、その前にカイラが答えてしまう。エドガーはカイラに質問を重ねた。


「これはいつから?」

「九日前です」

「なるほど。もしかして壊そうとしましたか?」

「はい。魔道具は過剰魔力で壊れるので……できませんでしたけど」


 どうしてわかったのだろうと、驚いていればエドガーは教えてくれた。


「この手の魔道具は壊そうとした場合、魔石が変色するのですよ。それでお嬢さん」

「イヴェットです」

「イヴェット……もしかしてクリーヴズ公爵家の」

「今は事情があって」


 濁した言葉から、エドガーはイヴェットの言いたいことを理解した。安心させるように微笑むと、教会の中に入るように促した。


「まずはその忌々しい魔道具を外しましょう」

「外せますか? 一度魔力を通してしまっているので、おかしなことになっているかもしれません」

「仕組みを知っていれば、すぐに外れます。心配いりません」


 エドガーの不安のない態度に、三人はほっとした。



 エドガーは教会の礼拝堂の奥にある応接室に三人を招くと、すぐさま道具を取り出した。細工用の道具で、細い針金を取り出す。


「針金? つなぎ目がないのに?」

「このタイプの魔道具はちょっとコツがあって」


 イヴェットは若干不安に思いつつ、言われた通り腕に嵌ったバングルがよく見えるようにテーブルの上に腕を乗せる。エドガーは浄化の魔法を掛けながら、くるくると魔道具を回した。じっと見ていれば、バングルのつなぎ目がうっすらと見えてくる。


「え? つなぎ目が見える」

「単純な造りでよかった。これならすぐに外せますよ」


 そう言いながら、針金を魔道具の隙間に差し込んだ。バングルを押さえ、差し込んだ針金をさらに奥に押し込む。ばきっと何かが折れる音がして、バングルは外れた。余りに簡単に外れたので、呆気にとられた。

 それはウィルフレッドも同じで。彼もぽかんとした顔で外れた魔道具を見ている。


「は? 力技?」

「おや、ウィルフレッドは外すところを見るのは初めてかな。単純な造りの魔道具はつなぎ目さえ見えれば、簡単に壊れるのだよ」

「力技なら、騎士でもできるのか?」


 ウィルフレッドは何やらブツブツと呟き、眉を寄せて考え込んだ。そんな彼を放置して、エドガーは従者にお茶を用意させる。


「気分はどうですか? 魔力の戻りは?」

「気分は悪くないですが、少しふわふわしているような?」

「締め付けていたものがなくなったからでしょうね。しばらくの間、こちらに滞在してください」


 滞在と言われて、カイラと顔を見合わせた。教会に滞在したら、色々な理由をつけて引き延ばされる可能性がある。それはあまり望ましくはなかった。城門が開いたら、すぐに出国してしまいたい。


「今、マルメロの宿に泊まっているのです。そちらでは問題がありますか?」

「問題はありませんよ。ただ、禁呪を使われた後、体調がどう変化するか、わかっていない。できれば私の目の届くところにいてもらいたいのです」


 ごく当たり前のように禁呪の話をするので、イヴェットは首を傾げた。


「あの。この辺境では禁呪がごく普通に使われているのですか?」

「普通ではないが、禁呪を信奉する人間にとって魔の森は実験場になっています」


 エドガーの説明に、イヴェットもカイラも目を見張った。

 中央教会で教育を受けていたのは六年前。その間に随分と変化があったようだ。


「禁呪についてはすべて教会に封じられていると聞いていますが」

「それで間違いありません。でも、不思議なことに禁呪は()()が知っている。その魅力に取りつかれた人間はそれなりにいるのです。もちろん、机上だけで満足するわけもなく。改良を加え、魔の森で実験を繰り返す」


 エドガーはそう困ったようにため息を落とす。

 禁呪は人を操ったり、魔力で別の生き物にしたり、そういう明らかによくないもの。

 そういう力を望む人の手に渡るということだろうか。


「どうやって手に入れるかはわかりません。ですが、この辺境だけではなく、魔の森に近い他の領地でもたびたび実験をしている痕跡があります」

「そんな」


 否定したいけれども、魔の森で遭遇した魔犬を見ている。明らかに知っている魔犬とは違っていて、変化していた。それに大量に発生していて。


「……もしかして、討伐はとても危険なのでは?」


 辺境の街を封鎖してまで行われる討伐。

 その危険性に気が付いて、思わずウィルフレッドを見た。

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